69:文化祭当日
文化祭当日。
午後二時半を過ぎ、広い講堂では白雪姫の上演が行われていた。
客席には陸先輩や有栖先輩の姿もある。
由香ちゃんも乃亜も椅子に座って舞台を見上げている。
私も由香ちゃんの隣に座り、ゆっくり劇を鑑賞しているはず……だったんだけれど。
「そんなこと言わずにさ。一口だけ。どうか、一口だけ」
「わかりました、では、一口だけ……」
なんと私はドレスを着て、舞台の中央で白雪姫を演じていた。
こうなったのは舞台に上がる直前、吉住さんが突発的な腹痛を訴えたからである。
動揺を見せたのは王子役の拓馬だけで、他の演劇班の皆はさも白々しく「あらあら大変」と騒ぎ、代役として私を指名した。
白雪姫の台詞は覚えていた。
というのも、事前に吉住さんから「もし万が一私に何かあったときのために白雪姫の台詞を暗記しておけ」と言われていたのだ。
全ての衣装が完成した後は毎日遠し稽古を見守って来たし、一度は用事があるからといって先に帰ってしまった吉住さんに代わって白雪姫を演じたこともある。
だから私が演じることに問題はない。
しかし、何故吉住さんは私に白雪姫役を譲ったのか。
愛する拓馬の相手役をあれほど切望し、ジャンケンに勝ち抜いたときは大喜びしていたのに。
皆の反応を見る限り事前に根回ししていたとしか思えず、私は更衣室で吉住さんに「なんでこんなことを?」と尋ねた。
すると吉住さんは「私はあんたが嫌いよ」と前置きしてから答えた。
「でも、あんたは夏休み、しつこいナンパ男から私を助けた。私はあれだけあんたを虐めたのに、それでも私を助けてくれた。あんなこと私にはできない。それに何より、黒瀬くんはあんたといるときが一番いい顔をする。悔しいけど認めるしかない。黒瀬くんに相応しいのはあんただ。あんたが白雪姫を演じることに反対する人は誰もいなかった」と、不貞腐れた顔で言って、脱いだ衣装を私に押しつけた。
「あーん……」
王妃兼魔女役の江口さんからリンゴを受け取り、一口齧ったふりをして、私はばたんと倒れた。
受け身も取らない、見事な転倒っぷりに客席からどよめきが上がる。
私は吉住さんにこの役を託されたのだ。完璧に演じ切ってみせる。
実を言えば凄く痛かった。側頭部にたんこぶができてないか心配だ。
「きーっひっひ、まんまと騙されたわね、愚かだこと! ざまあみなさい白雪姫! これで私がこの国で一番美しい女よ!」
高笑いしながら、江口さんは軽やかにスキップして去っていく。
そしてナレーションが入り、幸太くんを始めとした七人の小人たちが白雪姫を取り囲み、その死を嘆いていたときに偶然隣国の王子様――拓馬が森を通りがかる。




