68:可愛い嫉妬
文化祭の前日、十月四日。午後八時半過ぎ。
私は拓馬の部屋に招待され、テーブルを囲んでいた。
部屋の調度は落ち着いた色合いのものが多く、白・茶・黒が基本の三色。
机の上にはノートパソコンがあり、その脇に小さなスピーカーやその他機械類がまとめて置いてある。
でも、リビングに入ってまず驚くのは本棚の多さだろう。
どの本棚にもびっしり本が詰まっていて、入り切らない本が上部に重ねられていた。
拓馬曰く「電子書籍は便利だけど本は手に持って読みたい派」だそうだ。
「……どう?」
私がカレーライスを一口食べると、拓馬が心持ち頭を下げ、不安げに尋ねてきた。
正直に言う。決して美味しくはない。
水を入れ過ぎたのか、ご飯はべちゃべちゃ。
ルーは水っぽいし、野菜の大きさも不揃いで、大きめにカットされた人参は完全に火が通ってない。私の口腔内で『私は生です』って激しく自己主張している。
一方で玉ねぎは黒焦げになっている箇所がある。
でもそれらがなんだというのか。
料理下手な拓馬が私のために作ってくれた――それだけでこのカレーライスはどんな店も敵わない至高のカレーライスなのだ。
「美味しい」
固い人参の塊を噛み砕き、飲み込んで、笑顔を作る。
「嘘つかなくていいのに。どう考えてもまずいよこれ」
拓馬は苦笑し、スプーンでカレールーをつついた。
「でも一応食べられないこともない出来栄えだったからさ。一番最初にお前に食べさせたかったんだ」
「うん。嬉しい。ありがとう」
再びスプーンを入れて、口に運ぶ。
「無理して食べなくていいよ?」
「ううん。せっかく拓馬が作ってくれたんだもの。たとえお腹を壊してでも完食するよ」
「いや、お腹壊したらダメだろ。明日文化祭だぞ。お前と一緒に見て回るの楽しみにしてるのに」
「……へへ」
ストレートな愛情表現が嬉しくて、ついにやけてしまう。
「そうだね。じゃあ食べたら胃薬飲んでおくよ。私、身体は丈夫なほうだし、多少野菜が生でも平気平気。拓馬の初の手作りカレーライスを食べ残すほうが大問題だもの」
にこにこしながら、カレーを食べ続ける。
なんだか「じゃりっ」て音がしたけれど、気にしない。
現在まで進化した胃薬の力を信じよう。
「やっぱりお前の作ったカレーには敵わねえんだよな。分量もきっちり図ってるのに、なんでだろうな?」
「そりゃあ愛が籠ってるからねー」
「……それだったらおれの料理だって美味しくならないとおかしいんだけど」
カレーを見下ろして不満げな顔をする拓馬を見て、私は内心、喜びに悶えていた。
ああ、幸せだなあ。
悪夢の一週間が遥か遠い出来事のようだ。
幸せを噛み締めていると、視界の端――テーブルの上に、何の前触れもなく、白いハムスターが現れた。
大福は右手につまようじを持っていた。
多分、私の家の台所から持参したのだろう。
「半生だな」
つまようじを人参に突き刺し、口へ運んで咀嚼して、大福はそう批評した。
「ルーも水っぽいし。12点」
「……おいネズミ。勝手に人の家に入ってきといて何偉そうに採点してんだ。そのヒゲ引っ張るぞ」
「ネズミじゃない、ハムスターだ!」
拓馬にジト目で睨まれて、大福はかっと口を開けた。
大福はネズミ呼ばわりされるのを嫌がる。
ジャンガリアンハムスターも立派なネズミの一種なんだけど。
「そもそも食卓に乗るなよ。行儀が悪い……って、ネズミには人間の行儀なんて通用しないか」
「だからネズミって呼ぶな! オイラだって好きでネズミじゃないんだぞ!」
つまようじを振って怒りながらも、拓馬の意見を聞き入れて、大福はカーペットの上にワープした。
「オイラだって本当はリスが良かった」
私に背を向け、大福は不平を漏らした。
「そうなの?」
「……だってお前、目を輝かせて可愛いって連呼してたじゃないか。オイラは悠理からあんなに可愛いって言ってもらったことないぞ」
胸がきゅんとなった。やばい、何この子可愛い。
「もういい。帰る」
大福の姿が消え、拓馬が怪訝そうに呟く。
「……何の用だったんだ、あいつ」
「多分、一人で寂しかったんじゃないかな」
家に帰ったら、撫で回して可愛いと褒め称えることにしよう。
大福は大切な私の家族だし、彼がいなければ、いまこうして拓馬と共にいられることもなかったのだから。




