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社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。  作者: 星名柚花


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55/58

55:決戦の放課後

 放課後。

 私と由香ちゃんは同じ衣装班の子たちに「先輩に呼び出されている」と謝って、文化祭の衣装作りに参加することなく教室を出た。


 六時間目の授業が終わった後、スマホを見ると「視聴覚室を押さえた。放課後になったらおいで」と有栖先輩から連絡が入っていた。


 幸太くんや陸先輩が正気に戻ったかどうかは書かれていなかった。

 幸太くんは昼休憩中に有栖先輩に呼び出された後、教室に戻って来ても変わらず乃亜に笑顔で話しかけ、ときには拓馬と乃亜をめぐって火花を散らしていた。

 だから、判断が難しい。


「……なんだかドキドキするね」

「うん」

 特別校舎にある視聴覚室に向かう途中、由香ちゃんと交わした言葉はそれだけだった。

 二人とも会話する余裕がないほど緊張していた。


 渡り廊下を渡って特別校舎に入り、三階の端にある部屋の前に立つ。

 何の変哲もない扉が、異様なほどの存在感を持って聳え立っているように感じた。


 由香ちゃんと顔を見合わせ、頷き合う。


「失礼します」

「どうぞ」

 有栖先輩の声を聞いて、扉を開く。


「やあ。よく来たね、二人とも」

 整然と白い長机が並ぶ教室の前方、垂れさがったスクリーンの前に、優雅に微笑む有栖先輩がいた。

 陸先輩と幸太くんも有栖先輩の近くにいる。

 会話していたらしく、ちょうど三人で三角形を描くような形だった。


「ののっち来たー!」

 三角形を崩し、幸太くんがすっ飛んできて、ぱちんと勢い良く顔の前で両手を合わせた。


「ごめん! オレののっちが挨拶してくれたとき、すげー冷たく『話しかけないで』とか言ったよな! この一週間無視しちゃったし、傷ついたよな、ほんとごめん! マジでどうかしてた!」

 幸太くんは手を合わせたまま頭を下げた。


 幸太くんに親しみを込めた愛称で呼ばれるのは一週間ぶりだ。

 というより、彼と話すこと自体が。


 乃亜は拓馬だけではなく、攻略キャラ全員の私への好感度を下げたらしく、この一週間、人が変わったように皆が私に冷たく当たり、失恋も相まって、非常に辛かった。

 でも、それは彼らのせいじゃない。


「ううん、いいよ。神さまに操られてたんだからしょうがないよ。ののっちって呼んでくれて、またこうやって話しかけてくれて、凄く嬉しい。洗脳が解けたみたいで本当に良かった」

「うん、ありがと。笑って許してくれるなんて、ののっちマジ女神だわ」


 幸太くんは私の手を取り、ぶんぶん振った。

 子犬のような笑顔につられて、私の頬も緩む。

 良かった、明るく無邪気な幸太くんに戻ってくれた。


「俺も謝らないといけない」

 幸太くんが手を離したところで、陸先輩が歩み寄って来た。

 陸先輩は四人の中で最も長身なので、傍に立たれると威圧感がある。


「三日前の朝、昇降口で挨拶されたのに、無視して悪かった」

 陸先輩は律儀に会釈した。


「いいえ、謝らないでください。陸先輩も乃亜に洗脳された被害者なんですから、悪いのは乃亜です」

 一色さん、と呼ぶのはもう止めた。

 加害者に敬称をつける義理はない。

 昼休憩以降、由香ちゃんも彼女を呼び捨てにしている。


「乃亜か……」

 陸先輩は苦々しい顔つきになった。


「おとついの茶会で、俺はパウンドケーキを作った。乃亜を喜ばせたい、その一心で作った力作だった。だが、有栖から全てを聞いたいま、もう二度とパウンドケーキは作らないと心に決めた」

「なんてことを言い出すんですか!」

 私は慌てて陸先輩の腕を掴んだ。


「陸先輩のパウンドケーキは頬っぺたが落ちるほど美味しいのに! 『ブルーベル』のパウンドケーキより、ううん、どんなお店のケーキより美味しいのに! 私、お茶会のお土産に貰った陸先輩のパウンドケーキを食べたとき、一口で泣いたんですよ!? 世の中にはこんなに美味しいパウンドケーキがあるんだなあって感動したんです!」

「……そんなに気に入ったのか?」

 陸先輩はじっと私を見つめた。


「はい!」

 陸先輩の腕をがっしと掴んだまま、大きく首を縦に二度振る。


「乃亜のせいでもう二度と作らないなんてもったいなさすぎます、どうか考え直してください!」

「……そうか」

 陸先輩は無表情で頷いて。


「お前がそう言うなら、また作ろう」

 私を見つめて、小さく口の端を上げた。


「!!!」

 凄まじい衝撃が脳天から足のつま先まで突き抜けていく。

 無表情キャラが笑顔になったときの破壊力を、私は身を持って知った。


「は、はい……掴んじゃってすみませんでした」

 私はぎくしゃくとした動きで陸先輩から離れ、頭を下げた。


「ぐらっと来たでしょう、いま」

 有栖先輩がくすくす笑っている。


「!!? いいえ、来てません!」

「隠さなくていいよ。こうやって無自覚に女の子を落とすんだよねー陸は。罪作りな奴だよ全く」

「何の話だ」

「いいや、なんでも?」

 有栖先輩は肩を竦めてから、私に向き直って苦笑した。


「僕も野々原さんには謝らないとね。冷たくしてごめんね」

「いえ、それはもういいんです。それより」

「うん」

 有栖先輩が真顔になり、和んでいた空気が引き締まる。


「中村さん、大福は呼べる?」

「はい。大福!」

 由香ちゃんが呼ぶ。

 私の目には何の変化も映らないけれど、他の四人の目にはその出現が見えたらしい。


 四人は由香ちゃんの右肩を凝視していた。

 陸先輩は目を丸くし、幸太くんは口を半開きにしている。 

 有栖先輩だけが冷静だった。

 恐らく彼は昼休憩中に大福と会話していたのだろう。


「……うわー、すげえ……ハムスターが喋ってる……」

 由香ちゃんの肩を見つめて、幸太くんが呆然と呟いた。

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