53:私の味方
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騒がしい教室の一角で、ひときわ明るい笑い声が弾けた。
私の席の斜め後ろ、窓際から聞こえたそれは、拓馬の声だった。
幸太くんの声もする。
今日も乃亜は二人を傍に侍らせて笑っていた。
聴覚が「お茶会」の単語を拾い上げる。
おとついの日曜日は有栖先輩のマンションでお茶会があったらしい。
逆ハーレム状態で、乃亜はさぞ楽しかったことだろう。
私は手元のスマホに視線を固定し、そちらを見ないようにしていた。
でも、声は勝手に私の耳に飛び込んで来る。
「有栖先輩がまた来週も集まろうって言ってたよ。陸先輩が乃亜のためにモンブラン作るって」
「そうなの? 嬉しい。私モンブラン大好きなんだ」
「なら今度『ブルーベル』で買ってこようか? おれも乃亜と一緒に食べたいし」
「あっずるいぞ拓馬、乃亜と二人で食べる気だな!? 言っただろ、抜け駆け禁止だって! 乃亜はみんなのものなんだからな!」
「やだ、恥ずかしいからそんなに大きな声出さないで。幸太とはスイーツ食べ放題に行きたいと思ってるんだよ?」
「えっマジで? 行く行く! いつにする!?」
イヤホンを忘れたことを後悔した。
音楽でも聴いていれば、聞かなくてもいい声を聞かずに済んだのに。
由香ちゃんはいつ帰って来るんだろう。
拓馬たちの声を意図的に耳から締め出して、私は昼休憩時間が残り半分を切ったのに戻ってこない親友のことを考えた。
今日は用事があるから先に食べててと、彼女は昼食も食べずにどこかへ行ってしまった。
由香ちゃんは朝から様子がおかしい。
校門の近くで出会い、いつものように「おはよう」と笑顔で挨拶した途端、彼女は怒りと悲しみが混ざったような、複雑な目で私を見つめた。
かと思えば、彼女は急に俯き、葛藤を断ち切るように激しく首を振って、ようやく「おはよう」と返してきた。
何かあったのかと聞いたけれど教えてくれなかった。
彼女は明らかに隠し事をしている。
私、何かしたかな。
いくら考えてもわからない。
「緑地くん」
と、由香ちゃんの声が聞こえて、私はスマホから目を上げた。
斜め後ろを振り返れば、いつの間に戻って来たのか、幸太くんの傍に由香ちゃんが立っている。
「白石先輩が用事があるって。特別校舎の屋上で待ってるから、すぐ来てほしいって言ってたよ」
「何だろ。わかった」
幸太くんが教室を出て行く。
何故か由香ちゃんは身体の前で手を組み、同情するような眼差しでその背中を見送った。
そして拓馬と一色さんに「お邪魔しました。どうぞごゆっくり」とやけに礼儀正しく頭を下げ、こちらへ来る。
私と目が合うと、彼女は満面の笑みになり、私の腕を引っ張った。
「ちょっと付き合って!」
「へっ? 何? 何なの?」
私は強制的に立ち上がらされた。
右手でスマホをスカートのポケットに入れる間にも、由香ちゃんはぐいぐい私の腕を引っ張り、廊下に出ていく。
彼女がこれほど強引な行動に出るのは珍しく、私は目を白黒させた。
「いいから早く! 休憩時間終わっちゃう! 私も白石先輩も今日は昼食抜きを覚悟してるんだからね! 全部悠理ちゃんや黒瀬くんのためなんだから!」
「どういうこと? なんで有栖先輩の名前が出てくるの?」
由香ちゃんは困惑する私の手を引いて、一階へ下りて行った。
靴を履き替え、校舎から遠く離れた裏庭へ直行する。
裏庭といってもベンチも何もない。部活棟の後ろに広がる空き地だ。
「これだけ離れれば大丈夫だよね。一色さんは黒瀬くんとのお喋りに夢中だろうし。大福くん! 聞こえたなら出て来て!」
「はっ?」
呆気に取られた私を放って、由香ちゃんは自分の左肩に右手をやった。
手のひらを上に向け、大切な何かを受け止めるような動作をし、その手を身体の前へ移動させる。
「私の右手の上には白いハムスターがいます。昨日の夜、この子は私に助けを求めてきたの」
由香ちゃんは右手を私に近づけた。
でも、私には何も見えない。
その疑問を解消するように、由香ちゃんは早口でまくし立てた。
「大福くんはいま、ずっと前に黒瀬くんの感情制限が外れていたことを神さまに報告しなかった罰を受けてて、悠理ちゃんの目には見えないようにされているんだって。悠理ちゃんには聞こえないし触れない。だから、私が通訳するね。『久しぶりだな悠理。オイラがいなくても元気だったか』」
滑るように由香ちゃんの口から出てきた言葉に、私は目を剥いた。
大福が「オイラ」という一人称を使っていたことなど、由香ちゃんが知るわけがない。
本当に大福がここにいるのだ。
由香ちゃんは自分の右手を見下ろして、そこにいるであろう白いハムスターを見つめながら喋り続けた。
「『そんなわけないよな。オイラがガムテープでぐるぐる巻きにされた後も、ずっと泣いてたんだろうな。ごめんな。オイラ間違ってた。最初からお前の味方をしてやれば良かったって、凄く後悔してるんだ。いまさら許してくれなんて言えないけど、でも、今度こそお前の恋がちゃんと成就するように手伝わせて欲しいんだ。由香も協力するって言ってくれたぞ』――私だけじゃないよ、悠理ちゃん。白石先輩も無事に目が覚めてね、協力してくれるって約束してくれたんだよ! 緑地くんと赤嶺先輩の洗脳を解くって断言してくれた! 良かったね悠理ちゃん! 一色さんや神さまに立ち向かう味方が増えたよ!」
由香ちゃんは空いている左手で私の手を掴み、笑顔で上下に振った。
頬を上気させている彼女の興奮が伝わるような振り方だった。
私はいまだ脳の処理が追い付かず、呆然としていた。




