47:涙と激怒と
「…………何?」
私が尋ねると。
拓馬は突然、大きく瞬きした。
表情の動きが奇妙だった。
拓馬の眼差しに宿っていた熱が消えて、すうっと――大切な何かが抜けていったような気がした。
「拓馬? どうしたの?」
心配になって身体の向きを変え、その顔を覗き込む。
すると、拓馬は私の手首を掴んでいた手を離し、鋭い目で私を睨んだ。
「勝手なことばかり言って去ろうとするなよ。てかさ、拓馬って呼ぶのいい加減止めてくれない? 馴れ馴れしいとは思わねえの? 乃亜に誤解されたらどう責任取ってくれるわけ?」
「ご、ごめん……そうだよね。これからは黒瀬くんって呼ぶね」
拓馬の怒りはもっともだ。
彼女持ちの男性に対して名前呼びは誤解を招く危険性がある。
「ああ。おれもお前の連絡先は消しとくから。おれだけじゃなくて乃亜にも近づかないでくれる? おれが好きな料理のレシピ渡したんだってな?」
「う、うん……」
これほど怒っている拓馬を見るのは初めてで、私は怯えた。
「余計なことするなよ。気持ち悪い」
心底不愉快そうに、拓馬は吐き捨てた。
「あのファイル見て乃亜は泣いたんだぞ。これは私への当てつけだ、こんなに愛してるんだからとっとと身を引けっていう遠回しな脅迫だ、怖いって」
「!? そんなこと!」
「もうお前がファイルを作った理由とかはどうでもいいから」
拓馬は私の抗弁を遮って、冷たく告げた。
「とにかく二度とおれらに付きまとわないで」
「つきまと……」
絶句する。
付きまとうというほどの行為をした覚えはない。
それなのに、拓馬の中で私は由香ちゃんをストーカーした井田先輩と同じなのだろうか。惚れた相手を苦しませる最低な女だと?
拓馬の視線は、かつて見たことがないほどに冷たい。
その冷たさに、とうとう耐え切れず、心が折れた。
「……わかった。ごめん。もう二度と付きまとったりしない」
涙が溢れて止まらない。
楽しかった思い出が反転し、その全てが刃となって私の心をずたずたに引き裂いていく。
「……さよなら」
私は涙を拭うこともせず、泣きながら笑い、拓馬に背を向けた。
◆ ◆
悠理がいなくなり、静かな公園には拓馬だけが残る。
拓馬は無表情で突っ立ったまま、ただ黙って悠理が去った方向を見ていた。
彫像のように微動だにしなかった拓馬に、変化が起きた。
拓馬の右目から一滴、涙が零れたのだ。
その涙が頬を滑り、地面に落ちて、やっと拓馬は自分が泣いていることに気づいたようだった。
目にゴミでも入ったかな、そんな顔をして、拓馬は目を擦った。
そして、帰っていく。
彼の姿が視界から消え、もう叫んでも届かないと確信したところで――
「いえーいっ! やりましたね乃亜!」
「やったねりっちゃん!」
公園の外に停めてある車の陰に隠れていた乃亜と神さまは、場違いなほどに明るい歓声を上げながらハイタッチを交わした。
乃亜の足元にいるオイラは全身が弾け飛びそうなほどの怒りでぶるぶる震えていて、とても一喝できる状態ではなかった。




