42:ただ傍にいてくれるだけで
九月に入ってから、放課後は文化祭の準備期間にあてられている。
私たちのクラスは講堂で白雪姫の演劇をやることになり、私は由香ちゃんと共に衣装係になった。
王子役は拓馬だ。吉住さんに熱く推薦された拓馬は「おれは大道具係とか、目立たないやつがいいんだけど」と全く乗り気ではなかったんだけど、他の女子からもごり押しされて渋々引き受ける羽目になった。
王子役が決定してからというもの、主役の白雪姫には十人もの女子が名乗りを上げた。
熾烈なジャンケン戦争の果てに見事その座を勝ち取ったのは吉住さんだ。
彼女は二学期になっても変わらず拓馬を愛している。
でも、乃亜が拓馬と談笑してても皮肉や嫌味を言う素振りはなかったな。私にはあんなに突っかかって来たのに。
やはり乃亜には強力なヒロイン補正がかかってるようだ。
吉住さんにも無意識のうちに「乃亜なら仕方ない」と思わされているのかもしれない。
「どう? これ王子に見える?」
放課後、私たちは家庭科室にいた。
同じ衣装係の女子は肩や襟に飾りをつけ、白いたすきをかけたぶかぶかな学ランを羽織り、くるりとその場で回ってみせた。
「……まあ、王子って言えば王子だけど」
「正直、貧相だよね……学ランをちょっと装飾しただけだし……」
「サッシュと見せかけて100均のたすきだしね……」
皆でぼそぼそと言い合う。
「言わないで。仕方ないでしょ、私だって潤沢な予算と時間があればきっちり作るわよ。ああ、せっかく黒瀬くんの王子コスプレ姿が拝めるって言うのに、こんなチンケな衣装しか作れない現実が憎い」
「自分でチンケって言っちゃったよこの子」
「こうなったら七人の小人の数を減らして、その浮いた衣装代を王子に回すしか……!」
瞳に物騒な光を宿し、学ラン姿の女子が天井を見上げて拳を握る。
「なんか怖いこと言い出したぞー落ち着けー?」
「まあまあ。学ラン姿ってだけで貴重だよ? 着たら写真撮らせてもらおう?」
由香ちゃんが苦笑まじりに女子の肩を叩く。
「さあ、王子の衣装は終わったし、次は魔女だね」
「頑張ろー!」
「おー!」
気の合う友達と軽口を叩き合いながら作業に没頭している間に、下校時間となった。
駅は私のアパートとは違う方向なので、由香ちゃんとは大通りでお別れだ。
気を付けてね、と声をかけて、私はすっかり暗くなった夜道を歩いた。
「…………ふう」
一人になった途端、これまで考えないようにしていた不安が頭をもたげる。
拓馬は放課後、学校案内をしながら乃亜とどんな話をしたんだろう。
まさかもう付き合うようになったとか……まさか。まさかね。
転校初日でそんなこと……あり得るから恐ろしい。
「……そもそもなんで現れたのよ。意味がわからない」
彼女の登場は半年以上も先だったはずだ。
「もう完全に私の知っている『カラフルラバーズ』の世界じゃない。大福とか、神さまとか。わからないことばっかり……そもそも神さまって何なの。乃亜の守護神? 大福はその使いだったってこと?」
夜空に瞬く星を見上げても、答えは出ない。
「……敵とか味方とかどうでも良かったのに。傍にいてくれるだけで良かったのに……」
額に書かれた下手くそな『神』の文字、つぶらな黒い目、細い髭、ふわふわな白い毛並み、小さな手足。
あの愛くるしいハムスターとは、もう二度と会えないのだろうか。
切なさがこみ上げ、泣きそうになる。




