40:ヒロインとの急接近
「あれっ」
朝のホームルーム。
黒板の前で簡単な自己紹介を終えた乃亜は、急に驚いた。
彼女がその大きな瞳に映しているのは拓馬だ。
夏休み明けの席替えにより、教室の窓際の一番後ろの席となった拓馬もまた戸惑ったような顔で彼女を見返している。
「どうしたんだ、一色」
教壇の前にいる担任教師が乃亜に尋ねた。
私のクラス担任は眼鏡をかけた中年の男性教師で、名前は山根。数学担当。
「すみません。夏祭りのときに偶然出会った人がいたので、つい驚いて……」
「黒瀬と知り合いだったのか」
山根先生は見つめ合っている拓馬と乃亜の顔を交互に見た。
「それなら黒瀬、放課後に学校案内してやれ」
笑顔で何言い出すんですか山根先生!
余計なイベントを起こさないで、と私は内心で悲鳴を上げた。
「え、おれですか」
「ああ。学級委員に頼もうと思ってたんだが、知り合いのほうが一色も緊張せずに済むだろ。ちょうどお前ら、席も隣同士になるしな。学校案内も交流の一環だ」
「……わかりました」
空いている隣の席を一瞥し、拓馬が頷く。
「じゃあ一色、あそこに座って」
「はい」
乃亜が通路を歩き、拓馬の隣の席に座って鞄を置く。
よろしくね、とでも言ったのだろうか。
乃亜が微笑み、拓馬も微笑み返している。
転校初日の数分でこれである。
放課後の学校案内が終わる頃になったら、拓馬の好感度ゲージはどこまで上がっているんだろう。
「…………」
私は危機感と焦燥感に駆られ、机の下で拳を握った。
「まさか黒瀬くんともう一度会えるなんて思わなかったよ。アパートも机も隣同士なんて、すごい偶然だね」
「こんなことあるんだな」
「運命みたい……なんて、大げさかな」
「いやでもここまで来ると、あながち大げさとは言えないよな。本当に運命かもよ」
「えー、どうかなぁ。ふふ。でも、そうだと嬉しいな。黒瀬くんのお弁当、美味しそうだね。手作り?」
「いや、これは野々原に作ってもらってるんだよ」
「えっ、そうなんだ。二人ってやっぱり付き合ってるの?」
「違う違う」
二回言ったな、拓馬。
大事なことだから二回言いましたってこと?
乃亜に誤解されたら困るって?
「あいつとおれはただのクラスメイトだから」
「でも夏祭りも一緒に行ってたし、本当は彼女なんじゃないの? 無理に隠さなくたっていいんだよ? 内緒だって言うなら誰にも言わないし、邪魔なんてしない。むしろ応援するよ」
「だから本当に違うんだって――」
「……悠理ちゃん、大丈夫? 凄い顔してるよ」
「………………」
昼休憩。
私は由香ちゃんと机をくっつけ、聞き耳を立てながら昼食を食べていた。
席替えによって私の席は教室のほぼ中央、由香ちゃんの前の席になった。
本当は私の引いたくじは窓際だったんだけど、由香ちゃんの近くに座りたかったから由香ちゃんの前の席のくじを引いた子と交換してもらったのだ。
でも、こんなことになるならくじの交換なんてしなければ良かったかもしれない。
拓馬と乃亜の席はここから少し離れている上に、他のクラスメイトたちの声が邪魔をするから、会話内容が聞き取りづらい。
聞き取れなかった部分は推測で埋めている。
盗み聞きなんて良くないとはわかっているけれど、でも、気にせずにはいられない。
だってあの二人、仲良く一緒にご飯食べてるんだもの!
早くも恋人同士みたいな空気を醸し出してるんですけど!?




