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社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。  作者: 星名柚花


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37/58

37:ヒロインとの邂逅

「……大体、足が遅いって。そもそもコンパスの長さが違うんだからしょうがないでしょ」

 私が158、拓馬が177だから、20センチ近く身長差があるんだぞ!

 ちなみに乃亜の身長は162センチ。

 多くの乙女ゲームの主人公の例に漏れず、すらっとした細身の美少女ですとも。


「そうか。つまりおれが高身長なイケメンだから仕方ねえってことだな」

 顎に手を当てて呟く拓馬。

「イケメンはいま無関係じゃ……?」

 激しく突っ込みたいけれど、本当に文句のつけようのないイケメンだから困る。

 通りすがりの中年女性グループまでが「まあイケメン」とか言ってるしな。

 しかも頬を染めて。うっとりしながら。


「イケメンはイケメンらしく振る舞わないとな。てわけで、行くぞ」 

 拓馬が私の左手を掴み、歩き出した。

 当たり前のように手を繋がれたから、驚いた。

 体育祭の借り物競争のことを思い出す。

 あのときも彼は「行くぞ」と言って私の左手を掴んだ。


「なんだ、彼女持ちか」

 どこからか、残念そうな声が聞こえた。

 違う。私は拓馬の彼女じゃない。ただのクラスメイト。


 でも、世界一幸せなクラスメイトだ。


「花火までまだ時間あるし、何か食う?」

「焼きそばが食べたい」

「昼素麺だったのにまた麺食うの?」

 私の手を引きながら、拓馬が笑う。

 夢のようだ。

 拓馬と手を繋いでお祭りを見て回れるなんて。


「いいの。屋台で食べる焼きそばは格別だから」

「まあな。美味しいよな」

 拓馬の手は温かい。

 ドキドキしながら、ちょっとだけ繋いだ手に力を込めると、拓馬も同じ強さで握り返してくれた。


「――――!」

 心臓がぎゅっと縮む。


「じゃあ焼きそばの屋台探すか。その後もなんか食う?」

「りんご飴。私の家ではお祭りといえばりんご飴なの。これを食べないことには終われないの」

「ふーん。おれの家にはそういうのないな。その時々に応じて気が向いたのを食べるって感じ。あ、あった」

 拓馬が焼きそばの屋台を指さし、こちらを振り返ったとき。


 子どもが凄い勢いで前方を横切った。


「あっ」

 不運なことに、子どもの進路上には紙コップを持った女性がいた。

 子どもに体当たりされた女性はよろけて拓馬にぶつかり、中身のジュースが拓馬のズボンに飛び散った。


 左の太ももに当たる部分が濃く変色していく。色と匂いからしてコーラだろう。

 驚いたように拓馬が私と繋いでいた手を離し、前方に向き直る。


「すみませんっ。ああ、大変! ズボンが!」

 髪をポニーテイルにした女性が慌てて身を引いた。


 拓馬から離れたことで、その顔がちゃんと見えるようになる。


「――え」

 女性の顔を認識した瞬間、世界が止まった。

 祭囃子の音楽も、人々の喧騒も、何もかもが消え去る。


 心臓が早鐘を打ち始めた。

 冷や汗が噴き出て、全身を濡らしていく。

 目の前が真っ白に染まる。


 どういうこと? 嘘でしょう? 何かの間違いでしょう?

 誰かにそう訊きたいけれど、声が出ない。


 その女性は少女だった。


 年齢は私たちと変わらない。同学年。高校一年生だ。

 腰まで届く髪、ぱっちりとした大きな二重。

 シフォン素材の白いブラウスと水色のスカートを着ている。


 斜め掛けにした鞄には可愛らしいリスのマスコットキーチェーンが下げられていた。藤美野学園に通うとき、いつも鞄に下げていたお気に入り。


 そう――私は彼女を知っている。


「大丈夫?」

 拓馬の一言が、止まっていた時間を動かした。

 自分が被害者だというのに、拓馬はぶつかってきた彼女の安否を確認した。


 それが意外だったらしく、少女はきょとんとして、

「はい。私は大丈夫です。ご心配ありがとうございます。でも、あなたのズボンが……本当にすみません」

 彼女は頭を下げた。ポニーテイルが肩に落ちて流れる。


「いいよ。このズボンもう古いし、ちょうど捨てようと思ってたところだったんだ。だから気にしないで」

「そうなんですか?」

 ほっとしたように少女は笑ったものの、すぐにそれが優しい嘘である可能性に思い当たったらしく、表情を翳らせた。


「でも……」

 少女はそこで言葉を切り、私と拓馬を交互に見て、困ったように笑った。


「……お詫びしたいんですが、あんまりしつこいとデートの邪魔になってしまいますよね」

「いや、デートじゃないけど」

「そうなんですか?」

 少女は目をぱちくりさせて私を見た。


「…………」

「……あ。えーと」

 私が肯定も否定もしなかった――とても何か言える状態ではなかった――ことで何かを悟ったらしく、少女は焦ったように手を振り、言葉を紡いだ。


「やっぱりお邪魔のような気がしますし。私はこれで失礼しますね。本当にすみませんでした」

 丁寧に頭を下げて、少女は踵を返した。


 拓馬は動かない。

 ただ黙って遠ざかる少女の背中を見ている。

 止めて。そんな目で見ないで――蜂の巣をつついたように胸がざわざわする。

 心が不安で押し潰されそうだ。


 左手に感じていたはずの拓馬の温もりが、いまはもうない。

 繋いでいた手は彼女の登場によって離されてしまった。

 幸福の絶頂にいたのに、一転して地獄へ突き落とされた気分。


「なあ、いまの子可愛くなかった?」

 拓馬は笑って私を見――ぎょっとしたように目を剥いた。


「どうしたんだよ。顔色が真っ青だぞ。具合が悪いのか? どこかで休む? それとも帰るか?」

「ううん。大丈夫……」

 笑わなければ。笑え。そう命じるのに、頬が引き攣って、出来損ないの笑顔しか作れなかった。


 右の二の腕に左手をかけ、ぎゅっと掴む。

 いくら抑えようとしても、身体の震えが止まらない。


 いまの子可愛くなかった――拓馬はそう言った。

 私は心を開いてもらうまであんなに苦労したのに、彼女はただ一度の邂逅で拓馬を魅了してしまったらしい。


 それもそのはず。


 彼女の名前は一色乃亜。

 本来半年後に現れるべき拓馬の運命の相手、この世界のヒロインだった。

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