36:楽しみにしていた夏祭り
夏祭り当日の昼食は鶏のささみにネギと梅を添え、千切りにした大葉を混ぜ合わせた素麺にした。
「わー、美味そう」
ボーダーの入ったシャツにジーパン姿の拓馬は食卓を見るなりそう言った。
玩具をプレゼントされた子どもみたいに目がキラキラ輝いている。
「ふふ」
「なんで笑うんだよ」
「想像通りの反応だったから。料理で拓馬を喜ばそうと思ったら、梅を使えば外れがないの。逆に悲しませようと思ったら椎茸とゴーヤ。あとレバー。当たってるでしょ?」
「……まあ」
認めるのが悔しいのか、拓馬は拗ねたような顔をして向かいに座った。
くすくす笑いながらガラスコップにお茶を淹れ、拓馬の席に置く。
「ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
もう何度も繰り返していることだけれど、こうしてると夫婦みたいだな、なんて馬鹿なことを思ってしまう。
大福に言ったら「拓馬と結ばれるのは乃亜だ」って怒られるんだろうな。
でも乃亜が拓馬を選ぶとは決まってないし。
たとえもしそうでも、そう簡単に諦めるなんてできるわけがない。
「いただきます」
「……どう?」
「うん。美味しい」
このさっぱりした味付けは大変気に入ったらしく、拓馬は黙々と箸を進めた。
真夏の台所で素麺を茹でたときは汗だくになった。
でも、そんな苦労は拓馬の美味しいという一言と、嬉しそうな表情で報われる。
恋人にはなれないとはいえ、すぐ近くで拓馬のこんな顔が見られるんだから、私は十分幸せ者だと思う。
「今日は晴れて良かったね。由香ちゃんは家族と一緒に行くって言ってたけど、幸太くんもそうなのかな?」
「いや。幸太は友達と行くって言ってた」
「そうなんだ。有栖先輩と陸先輩は今頃モルディブで楽しく過ごしてるかな」
「有栖先輩は満喫してても陸先輩は苦労してるだろうな……帰ってきたら愚痴聞いてあげよう」
その方角にモルディブがあるかどうかは知らないけれど、私と拓馬は揃って遮光カーテンが引かれた窓の外を見た。
心の中で陸先輩を思い、合掌する。
「ところで拓馬さん。質問があるんですが」
しばらく黙って素麺を食べていた私は、不意に箸を置き、まっすぐ背筋を伸ばして真面目な顔つきを作った。
「なんだよ改まって」
素麺を啜る手を止めて、拓馬が首を傾げる。
「一年に一度しかない貴重な夏祭りで私の浴衣姿を見ることと、近所の洋菓子店『ブルーベル』で人気沸騰中の高級プリンを食べることではどちらに興味がありますか」
「断然プリン」
「だよね。私も花より団子。色気より食い気」
私は大きく顎を縦に振り、再び箸を手に取った。
「じゃあこの前のロールケーキのお返しに買うから、今度一緒に食べようね」
「ああ」
拓馬と食べれば、プリンの美味しさも倍増間違いなしだ。
午後六時過ぎ。
私は腰でリボンを結ぶタータンチェックのワンピースを着て、祭囃子が流れる川沿いの道を歩いていた。
道の両脇にはたくさんの屋台が出ていて、結構な人ごみだ。
浴衣姿の女性や甚平姿の男性、カップルにお一人様、家族連れ。
中には犬を抱いて歩いている人もいるし、クレープやたこ焼きを食べながら歩いている人もいる。
「ちょっと待って、拓馬」
人波に流され、先を行く拓馬とはぐれてしまいそうになり、私は焦った。
拓馬が私の声に気づいて振り返り、クレープの屋台の傍で止まる。
祭りに備えておめかしした私と違い、彼の服は昼間見たそのままだ。
Tシャツにジーパンという味気ない姿。
それでも溢れ出るオーラは隠せず、これまで多くの女性の目を惹きつけていた。
「早かった?」
「早かった。もうちょっとゆっくりでお願いします」
食欲をそそるクレープの甘い匂いに包まれながら、私は拓馬の前に立った。
「ああ、ごめん。気づかなくて。お前足遅いもんな。運動神経もないし」
「歩く速度に運動神経は関係ないと思う……」
運動神経のことを話題に出されると辛い。
「ねえ、あの人格好良くない?」
「モデルかな」
ええ、道行く女性の目を釘付けにするこの美しい顔面にバスケットボールを投げつけたのは私です。
思い出すと胃がしくしくしてきて、私はワンピースの上からお腹を摩った。
「そうかなあ?」
わざとらしく語尾を伸ばし、笑って私を見つめる拓馬。
橙色の光に照らされたその顔を見る限り、どうやらからかわれているらしい。




