35:告白できない理由
「明日は花火大会だよね。由香ちゃんは家族と行くの?」
「うん。悠理ちゃんは? あ、もしかして黒瀬くんと?」
「えへへ、実はそうなの。昨日夕食を食べてるときに思い切って誘ってみたら、まさかのOKで」
照れ笑いしながら後頭部を掻く。
てっきり笑い返してくれるかと思いきや、由香ちゃんは怪訝そうな顔をした。
「……夕食って? 一緒に食べてたの?」
「うん。あれ、言ってなかったっけ。実は二カ月くらい前から拓馬のお弁当と夕食は私が作ってたの。夏休みに入ってからもその延長で、変わらず拓馬の昼食と夕食は私が作ってる。ごくたまーに拓馬が料理してくれることもあるけどね。三日前はホットケーキ焼いてくれたんだよ。私、本当に感動して。食べながら泣いちゃった」
拓馬が作ったホットケーキは不格好で、生地もパサパサ。
味も微妙で、お世辞にも上出来とは言えなかったけれど、でも、私には世界一美味しいホットケーキに感じた。
だって他ならぬ拓馬が作ったんだもの。
料理ができない呪いがかかってた拓馬が、私のためにだよ?
泣かずにいられるわけがない。
「……ホットケーキって、材料を混ぜて焼くだけじゃない……?」
由香ちゃんは『どこに感動する要素が?』とでも言いたげだ。
「うん。でもね、拓馬が作れるようになったのは奇跡なの」
「ふうん……?」
よくわからない、という顔で頷く由香ちゃん。
当然の反応だろう。私は再び話題の方向転換にかかった。
「今日は拓馬も用事があるとかで、バラバラで過ごしてるけど、二人とも予定がなかったらほぼ一日中同じ部屋で過ごすこともあるよ」
「ええっ!?」
由香ちゃんは目を真ん丸にした。
「同じ部屋で過ごしたほうが電気代の節約になるからね。夏の電気代って馬鹿にならないでしょ? いつも拓馬が私の部屋にいるんじゃなくて、私が拓馬の部屋で過ごすこともあるよ。拓馬って凄い数の漫画を集めててさ、300冊はあるかな? それ全部読み放題なの。素晴らしいよね。いま『ミストラル・レイン』っていう漫画にはまってるんだー。何度読み返しても新鮮な驚きがあるし、あの作者さんは天才だね」
喋り続けて喉が渇き、りんごジュースを一口飲む。
「私が漫画読んでる間、拓馬はテレビ見たりイラストロジックしたりしてる。イラストロジックが拓馬の趣味なの。難しい顔でいっつもにらめっこしてて、無事完成したら笑顔で見せてくるんだよね。拓馬が愛用してるコップは懸賞で当たったやつなんだって。雑誌の懸賞プレゼントって本当に当たるんだねー」
朗らかに笑っていると。
「……悠理ちゃん……」
「うん? どうしたの」
神妙な顔で遮られ、私は首を傾げた。
「なんで言ってくれなかったの?」
「え、何が?」
「だから」
拗ねたように、由香ちゃんは軽く唇を尖らせた。
「黒瀬くんとはいつから付き合ってたの?」
「ううん、付き合ってないよ」
あっけらかんと手を振る。
「嘘でしょうっ!? 健全な高校生の男女が一日中同じ部屋で過ごしておきながら、付き合ってないとかありえないでしょう!?」
由香ちゃんは悲鳴のような声を上げた。
「いやいや、本当にただ一緒にいるだけだから。誤解のないように言っておくけど、いかがわしいことは一切してないからね?」
「いかがわしいことをしていようとしていまいと、一日中一緒にいる事実だけで十分だよ! なんでそれで付き合ってないの、告白とかしないの!?」
「……うーん」
詰め寄られて、私は返答に困った。
告白して受け入れられるものなら私だってそうしたい。
彼女という確たる立場を手に入れたい。
でも、それは無理だ。
拓馬の恋心は現在封印されている。
告白しても受け入れられるはずがない。
それに何より――
「わかってるよな」
と、突然左肩に重みを感じると同時に声がした。
冷たい手で背筋を撫でられたように感じて、私は無意識に身を竦ませた。
「悠理が何をしようと不干渉を貫くと約束したけれど、物事には限度ってものがある。悠理が告白しても受け入れられる可能性は限りなく低い。それでも万が一拓馬が受け入れるようなことがあれば、乃亜との恋の障害とみなし、即座にお前の恋心を封印させてもらうぞ」
大福はつぶらな目で、恐らくは大真面目な顔で、私を見上げた。
「…………」
由香ちゃんがいる前で話すわけにはいかず、私は無言で大福を見返した。
私が告白できない理由がこれだ。
告白がうまくいったら私は大福に恋心を封じられてしまう。
拓馬を見てもイケメンのクラスメイトとしか思わなくなる。
そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。
「悠理ちゃん、どこ見てるの?」
「え。ああ、ううん、なんでもない。気にしないで」
私は急いで視線を左肩から由香ちゃんに移動させた。
「……私には拓馬に告白できない理由があってね」
「どんな?」
到底納得できないらしく、由香ちゃんは眉をひそめた。
気持ちはわかる。私だって立場が逆なら突っ込むだろう。
一体何が親友の恋の成就を阻むのかと気を揉む。
「……ごめん、言えないんだ」
監視するようにじっと私を見つめる大福の視線を感じながら、笑うしかなかった。




