34:やっぱり純愛でしょ
セミの鳴き声がうるさい八月二日。
今日は由香ちゃんが私のアパートに遊びに来ていた。
ポニーテイルにした髪にリボンを結い、控えめなフリルのついたワンピースを着た彼女はとても可愛らしい。
由香ちゃんは美少女な上に細身で小柄なので、私が着ると残念な感じになる服だってばっちり着こなしてくれる。
着せ替え欲が疼いた私は七月の下旬、彼女とショッピングモールに行き、頼み込んでゴシックドレスを着てもらったことがある。
ヘッドドレスに赤と黒の三段フリルつきスカートを着て、オプションのうさぎのぬいぐるみを抱きしめた彼女はおとぎの国から抜け出してきた王女のように愛らしく、女性店員さんも大絶賛。
本人が恥ずかしがったから結局買わなかったんだけども。惜しい。
由香ちゃんはリビングに座り、私の向かいでテレビを見ながらりんごジュースを飲んでいる。
また着てくれないかな、なんて思いながら、私はコップを傾けた。
ショッピングモールに行く前、吉住さんにも会った。
駅前で偶然、私はしつこくナンパされている彼女を見つけ、友人を装って助けた。
もちろん彼女は笑顔で「ありがとう」などとは言わず、「余計なお世話だ」と怒り、仏頂面で去った。
完全に助け損のような気もするけれど、まあいい。
頼まれてもいないのに行動したのは私だ。
拓馬の傍から離れない限り、私が吉住さんと分かり合える日は永久に来ないのだろう。
そして私は自分から拓馬との関係を絶つつもりなど毛頭ない。
だから吉住さんからは嫌われたまま。いいんだそれで。
「そうだ。借りてたゲーム返すね。面白かったよ、ありがとう」
由香ちゃんはテーブルにコップを置き、鞄から一本のゲームソフトを取り出した。
貸していたのは異世界ファンタジーの乙女ゲームだ。
聖女として召喚された主人公が双子の王子や護衛の騎士、宮廷魔法使い、はたまた敵国の王子と恋をする物語。
主人公の行動次第では逆ハーレムエンドにだってできる。
『カラフルラバーズ』にも逆ハーレムエンドがあったらしい。
私は逆ハーレムが個人的に好きじゃないから興味がなかったけど。
やっぱり純愛でしょ、純愛。
「誰が好きだった?」
ソフトを受け取り、テレビの下の棚に入れながら問う。
「アルヴィンかな」
アルヴィンは眼鏡をかけた宮廷魔法使いだ。
彼は主人公の教育係で、表向きは完璧な紳士として振る舞っているけれど、実はドSで毒舌。
乙女ゲームの眼鏡キャラって大抵毒舌紳士だよね。
それとも私が遊んでるゲームがたまたまそうなのか?
「え、意外。由香ちゃんならエヴァンかと思ってた」
エヴァンは双子の兄で、常に主人公を気にかけ、見返りを求めず始終優しくしてくれる王子だ。
「……。うん。エヴァンは優しいんだけど……いつだって甘やかしてくれるんだけど……もう優しいだけじゃ物足りなくて……」
由香ちゃんは両手で顔を覆い、呻くように言った。
「中庭でエヴァンがプラスタの花を髪に挿してくれるイベントがあるでしょう?」
「ああ、エヴァンが『君には花が似合う』って笑うとこね」
満月をバックに微笑むエヴァンのスチルが表示されます。
「私はあのときエヴァンの豹変を期待したの。突然花を放り捨てて、聞くに堪えない暴言を甘く囁いて、呆然とする主人公を冷笑してから立ち去って欲しいとか……末期だよね……」
「……末期だね……愛の言葉ならわかるけど、暴言を甘く囁くとか、もうキャラ崩壊っていうレベルじゃないね……炎上まったなしだね……」
「わかってる! わかってるんだけど!」
顔を覆ったまま、由香ちゃんが激しく首を振り、ポニーテイルにした髪がぶんぶん揺れた。
「ああっ。ダメだ、私、もう戻れそうにない! あのときの白石先輩の姿が脳裏に焼き付いて離れないの! 平々凡々な毎日を送っていた私にはあまりにも強烈過ぎた! 強烈過ぎたの! まさか自分にこんな一面があるなんて……!」
「うん、止めようこの話は」
私はアルカイックスマイルを浮かべて由香ちゃんの震える肩を叩き、強制的に話題を変えた。




