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社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。  作者: 星名柚花


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30:有栖の独擅場(2)

「本当に申し訳ございませんでしたっ!! ボクが間違ってました!! 二度と中村さんには近づかないと約束します!!」

 井田先輩は恥も外聞もかなぐり捨て、コンクリートの床に額をくっつけんばかりの勢いで頭を下げた。


「……許します。その代わり、本当にもう近づかないでください」

 苦悩の日々を思い返したのか、由香ちゃんはいったんきつく目を閉じてから、目を開けて頷いた。


「誓うとも」

 井田先輩は大きく頷き、今度は拓馬に身体を向けた。


「黒瀬くん、殴って本当に悪かった!!」

 頭を下げられた拓馬は数秒黙った後、ふっと肩を落として息を吐いた。


「……殴り返して同類になるのも嫌ですし、もういいです。解決したならそれで」

「……巻き込んでごめんね、黒瀬くん」


「いいって。こうなるってわかってて挑発したのはおれだし、中村さんが気に病むことはないよ」

 申し訳なさそうな由香ちゃんに、拓馬は微笑んだ。


「……これでいいんだよ、な?」

 井田先輩が立ち上がり、上目遣いに顔色を窺いながら、有栖先輩に歩み寄る。


「それ以上近づかないでくれる。汗くさい人嫌いなんだ」

 有栖先輩は零下の眼差しを井田先輩に突き刺した。

「す、すまない」

 素直に井田先輩が下がる。もはや逆らう気も起こらないらしい。


「それじゃ消すよ。はい」

 私からは見えないけれど、井田先輩は動画が消えるのを見届けようだ。

 彼はあからさまにほっとした後、鬼の形相に変わった。


「白石。よくもボクをコケに――」

「勘違いしないでね。僕はバックアップがないとは一言も言ってないよ?」

 掴みかからんばかりの怒気を放っていた井田先輩は、被せるような有栖先輩の一言に震えた。


「……本当に?」

 井田先輩の頰に新しい汗が生まれる。


「さあ。嘘かな? 本当かな? 僕が何と答えようと意味はないよね。だって君は信じられないもの。信じられる根拠が何一つないんだもの。君は永遠に僕を疑い、僕の気まぐれに怯え続けることになるんだ。残念だな。君が改心したならこの件は水に流そうと思ってたのに」

 敵意が膨れ上がった。

 有栖先輩の視線が刃物の鋭さを帯びる。


「井田正輝。君は僕を敵に回す覚悟があるんだね?」


 聞く者の心臓を鷲掴みにする声だった。

 射殺すような目で見据えられ、井田先輩が声も出せずに後ずさる。

 その顔色は青く、頰は引き攣り、足は震えていた。


 もはや井田先輩の命運は有栖先輩の手に握られたも同然。

 その気になれば、有栖先輩はいつでも井田先輩を破滅させることができるのだから。


 ――寒い。

 体感温度が急激に下がったような気がして、私は腕を摩った。


「……な、ない」

 井田先輩はついに膝を屈し、へたり込んでガタガタ震えた。


「ボクが悪かった……もう二度と中村さんには近づかないし、他人に暴力を振るったりもしない。悔い改めると誓う。だからどうか許してくれ。頼むよ白石くん……」

 井田先輩は泣きながら手を組み、哀願した。


「……執行猶予をあげよう」

 しばらく無言で井田先輩を見ていた有栖先輩は、不意に殺気を収めた。

 凍てつくような冷気が消え去り、夏の暑さが戻って来る。


「あ、ありがとう……!」

 井田先輩の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「あくまで猶予ってことを忘れないでね。わかったら話は終わりだ。帰っていいよ」

 有栖先輩が親指で屋上の出入り口を示すと、井田先輩は脱兎の勢いで逃げた。


 すぐにその足音は遠ざかり、聞こえなくなった。

 生温い風が吹いて、有栖先輩の艶やかな髪が揺れる。


「こんなものでどうかな? 甘かった?」

 事件の終焉を告げるような風を受けながら口角を上げる有栖先輩。


 その笑顔はいつもの――私の知っている、優しくて穏やかな有栖先輩のものだ。


「いえもう十分でしょう……むしろ十分すぎておつりが来ますよ」

 拓馬が苦笑いする。

 私も全くの同感だ。

 あの怯えようからして、井田先輩はもう二度と由香ちゃんに近づくことはないだろう。


「あ、あの、ありがとうございました、白石先輩! 助かりました、本当に……!!」

 由香ちゃんは深々と頭を下げた。


「いえいえ、どういたしまして。お礼なら拓馬に言って。今回の功労者は間違いなく彼だからね」

 有栖先輩が手を振って微笑む。


「はい。ありがとう、黒瀬くん。本当にありがとう。それから、本当にごめんね。私のせいで」

「もういいって」

「いやいや、良くないよ。顔腫れてるよ。保健室行こう」

 私は拓馬の手を引っ張り、歩き出した。

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