03:これを空回りという
さて、どうやって拓馬に野菜炒めを食べてもらうか。
ここはやっぱり、お約束の『作りすぎちゃった』戦法で行こう。
陽が落ちてすっかり暗くなり、アパートの明かりの灯った夜。
野菜炒めをビニール袋に入れ、いそいそと202号室へ向かった私は、インターホンを鳴らした。
「夜分に失礼いたします。隣の203号室の野々原です」
「……はい」
ためらうような間があってから、扉が開く。
警戒しているらしく、チェーンロックはかかったままの状態だ。
扉の隙間から覗く拓馬の姿は昼間と変わず、シャツにジーパンだった。
目には戸惑いがある。何しに来たんだコイツって感じだ。
この反応は予想の範疇。私は落ち着いて言った。
「昼間は大変失礼致しました。あなたによく似た拓馬という名前の知り合いがいたので、ついとっさに呼んでしまいました。どうぞ無礼をお許しください」
深々と頭を下げる。
謝罪を示すときのお辞儀の角度は90度と、前世の職場で叩き込まれました。
「……はあ。そうなんですか」
拓馬はやや怪訝そうだ。
「改めまして、初めまして。春から藤美野学園に通う野々原悠理と申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「黒瀬です。おれも、春から藤美野に通います」
同じ高校に通う新入生と知って親近感を覚えたらしく、拓馬がチェーンロックを外し、扉を大きく開けてくれた。
拓馬の部屋の中はどうなってるんだろう、見たい、と思うけれど、そこはぐっと我慢し、視点を拓馬の顔に固定する。
「そうだったんですか、じゃあ同じ高校生なんですね。よろしくお願いします。そうそう」
私はここぞとばかりに笑顔でビニール袋を差し出した。
「これ、野菜炒めなんですが、作りすぎてしまって。食べてもらえたら助かるんですけど」
「いえ、遠慮します。すみませんが、用事があるのでこれで」
拓馬は無表情で言い切って、ドアノブを掴んだ。
私の目の前で、音を立てて扉が閉まる。
それはまるで、拓馬の心の象徴のようだった。
「………………」
私は笑顔のまま固まった。
まだ冷たい春の風が吹いて、間抜けな道化と化した私の髪を強く揺らす。
ふと我に返った私は無言で自分の部屋に戻り、扉を締めた。
鍵をかけて、廊下を突っ切る。
リビングのテーブルにビニール袋を置き、ラグマットを敷いた床にすとんと座る。
それからテーブルに肘をついて、組んだ両手の上に顎を乗せた。
――冷静になって考えてみれば、だ。
よく知らない隣人の手作りの飲食物を差し出されて、ありがとうございますと爽やかな笑顔で受け取るわけがない。
私だったらそんなもの食べたくない。
はっきり言って迷惑にしかならない。
ええ、思い込みで暴走して、その迷惑行為をやった馬鹿が私です。
「ああああああ……」
羞恥に耐えられなくなり、私は腕を倒してテーブルに突っ伏した。
「せっかく拓馬がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、警戒を解いてくれたのに……うまくすれば笑ってくれそうだったのに……!」
泣きながら握り拳でテーブルを叩く。
順番を間違えた。
差し入れはもっと仲良くなってからするべきだった。
初っ端の対応から失敗したのに、さらに失敗を重ね、ますます警戒されてしまった。
心の距離は縮まるどころか開く一方。
どうやって挽回するんだ馬鹿と、私はひたすら自分を罵った。




