25:わかりやすい
「本当にお前は手間のかかる。拓馬が乃亜以外の女子に心を動かされることはないと何度も言っているだろうが。拓馬が自分の意思で自由に恋できるようになるのは、乃亜が拓馬を運命の相手に選ばなかったときだけ。どれだけいい雰囲気になろうと、拓馬が由香と付き合うことになるなんてありえないんだよ」
大福は怒ったように言い、前足を上下に振った。
「バッドエンドとか、イタリアがどうとか言ってたけど、マジでどうしたの? リモンチェッロって何?」
幸太くんは白いハムスターに気づかずに尋ねてきた。
「リモンチェッロはレモンの皮を使ったリキュールで……いや、興味を持っちゃダメ」
未成年に何を言ってるんだ、と反省しながら額を押さえてかぶりを振る。
「私が言ったことは忘れて。ちょっとおかしくなってただけなの」
「全然ちょっとじゃない。完全に狂ってただろうが」
私は大福を軽く叩いて黙らせた。
傍目には肩の埃を払ったように見えたことだろう。
「本当に大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だから気にしないで。でもそうか、そうだよね……」
もう一度、髪を揺らして振り返る。
拓馬が面白いことでも言ったのか、二人して大笑いしている。
由香ちゃんが男子とお腹を抱えて笑うなんて、記憶にない。
「本当にカップルになる可能性だってあるんだよね。……まあ、私には関係ないことなんだけど。それならそれで、うん。由香ちゃんは凄く良い子だもん、拓馬が惹かれるのもわかるよ。もしそうなったら美男美女カップル誕生ってことで、親友としては祝福しないとね、あはは……」
後頭部を掻いて笑う。すると。
「…………ぶはっ」
とうとう我慢できなくなった、といわんばかりに、幸太くんが噴き出した。
床に蹲り、私の机の縁を右手で掴んで肩を震わせる。
「幸太くん? どうしたの?」
「どうしたのって、いや、もうほんと、わかりやすすぎて。腹痛え」
幸太くんは笑いながら私の机を叩いた。
「わかりやすいって、何が?」
「ふふ、いや、こっちの話。意地悪してごめん」
どうにか笑いを堪えて立ち上がり、幸太くんは目の端に浮かぶ涙を指で拭い、
「予鈴鳴るし、また後でな」
ひらひらと手を振って、自分の席に戻って行った。
「……? ねえ、なんで幸太くんは笑ったんだと思う?」
「わかるけど言わない」
大福はそう言って、姿を消した。
「??」
一人残された私には、何がなんだかさっぱりわからない。
◆ ◆
「あー、可笑し」
ののっちにはちょっとしたストレスが発散できるほど笑わせてもらった。
本当にののっちはわかりやすい。
なんで拓馬は気づかないかねえ?
あれほどわかりやすい女子はそうそういねーのに。
とはいえ、笑ってばかりもいられない。
事態はそれなりに深刻だ。
幼稚園からの親友が逆上したストーカー野郎に殴られるなんて展開は、ちょっと遠慮したい。
自分の席に戻ったオレは、前の席の男子が絡んで来るのを適当にいなしつつ、ポケットからスマホを取り出した。
素早くロックを解除し、LIMEの画面を開く。
ののっちは良い子だ。
有栖先輩が開いてくれた勉強会で、オレが数学が特に苦手だと知り、参考書を買ってプレゼントしてくれた。
ちょうど期末テストの四日前がオレの誕生日だったのだ。
この本私も使ってるんだけどわかりやすいよ、と丁寧に包装された本を差し出しながら、ののっちは笑った。
もちろんストーカーの直接の被害者である中村さんのことは心配だけど、ののっちの精神状態も心配だ。
二人が付き合うかもしれない、という可能性をほのめかしただけであの反応。
もし本当にカップル成立、なんてことになれば倒れてしまいかねない。
彼女のためにも、さっさと片付けよう。
『おはようございます。ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんですけど。クラスメイトの女子が二年の先輩にストーカーされてて困ってるんです』
オレは有栖先輩にメッセージを送った。
実家の権力、豊富な人脈、卓越した頭脳、必殺の毒舌。
さらにもれなく武道の達人(陸先輩)付き。
敵に回せばこれほど恐ろしい人はいないが、味方にすればこれほど頼もしい人はいない。
ちょうどスマホを見ていたらしく、すぐに既読がついた。
『詳しい話を聞かせて』
よし、勝った。
スマホの画面を眺めて、オレは会心の笑みを浮かべた。
有栖先輩が協力してくれるなら、もう怖いものなんかない。
井田先輩、ストーカーとしてのあんたは今日が命日だぜ?




