24:選択肢を間違えた?
「ののっちさあ、本当に良かったの? 嘘とは言え、拓馬に親友の彼氏役なんて頼んじゃって」
自分の席に座り、鞄の中身を移していると、幸太くんが寄って来た。
「うん。拓馬に任せておけば大丈夫でしょ? 放課後井田先輩を屋上に呼び出して、由香ちゃんはおれの彼女なんだからつきまとうなって拓馬がはっきり言ってくれて、万事解決。一件落着。でしょ?」
それのどこに問題が? と、私は首を傾げた。
「……甘い。ののっち甘いわ。購買で売ってるダブルクリームアンパンよりも甘いわ」
額を押さえ、首を振る幸太くん。
「相手は一度に七通ものラブレターを送り、止めてと言っても中村さんに付きまとうストーカーだよ? ののっちはストーカーの執念を甘く見過ぎ。拓馬を連れて行って、彼氏ができましたって言ったところで、はいそうですか、なんて言うと思う? 中村さんを勝手に自分の中で神聖化して、女神なんて言っちゃうヤバい人だよ? 下手したら拓馬が彼氏と知った途端に『よくも俺の女神を汚したな!』なんて逆上する恐れまであるぜ」
「まさか。そんなこと……」
恐ろしい光景を思い浮かべてしまい、私は激しく狼狽えた。
「うん。これはあくまで最悪を想定しての話。オレもこっそりついていく予定だから、そこまで気にしなくていいよ。もし井田先輩が暴れても、二人がかりなら押さえられるはずだし。ただ可能性としてはゼロじゃないってことで、一応言っといただけ」
幸太くんはシリアスな空気を払うように、手を振った。
「井田先輩がそこまでの馬鹿じゃなかったとしてもだ。拓馬が中村さんの彼氏だと確認するまでは諦めないと思うんだよな。オレの予想では、しばらくストーカー行為を止めない。必然的に拓馬は彼氏役を続行せざるを得ない。そしてそのうち――二人の間に愛が芽生えたりしちゃったりして?」
幸太くんは悪戯っぽく笑って、両手の人差し指と親指でハートを作ってみせた。
「………………えっ?」
思いも寄らない言葉に、思考が停止する。
「ほら、なーんかいい雰囲気じゃない?」
振り返れば、拓馬と由香ちゃんはさきほどの場所で話し合っている。
作戦会議は終わったのか、拓馬は楽しそうな笑顔で。
そして由香ちゃんは口元に軽く握った手をやり、恥ずかしそうに頬を染め、はにかんだ笑みを浮かべている。
奥手な由香ちゃんが男子と笑っているなんて珍しい。
「………………」
由香ちゃんは小柄で、可愛くて、引っ込み思案で、見る者の庇護欲を掻き立てる。
同性の私でも『守ってあげたい』と思わせる由香ちゃん。
それが異性ならなおさら、由香ちゃんの魅力に惹かれてもおかしくないのでは……?
汗が一滴、頬を滑り落ち、すーっと体温が下がっていく。
…………あれ?
私、ひょっとして選択肢を間違えた?
親友のピンチと知って、とっさに拓馬に頼ってしまったけれど、本当は幸太くんに頼むべきだった?
よりによって拓馬に彼氏役を頼むなんて、致命的なミスを犯したのでは?
これがもしゲームならバッドエンド直行じゃない?
選択肢を選んだ瞬間、画面が急に暗転して『それからⅩ年の月日が流れた』とかって表示されるわけよ。
『あ、これバッドエンドだわ』ってすぐわかるの。
エンディングでは二人の結婚式スチルを背景に『新郎の拓馬さんは新婦の由香さんをストーカーから助け、それがきっかけで二人の仲は急速に~』とかなんとか司会のお姉さんが笑顔で語るの。
ウェディング姿の二人は壇上で幸せそうに微笑み合い、二人の指にはお揃いの指輪、独身の私は新婦友人席で二人を祝福したい気持ちとあの日の後悔がない交ぜになった複雑な表情で拍手を送り……
「……二人とも私の友人だからご祝儀は六万が妥当かな……そう、新婚旅行はイタリアなの。ロマンチックなのね……ああ、『リモンチェッロ』は拓馬の口に合うんじゃないかな、是非飲んでみてね、行ってらっしゃい……」
「…………っち。なあ、聞こえてる? ののっち、しっかりして!」
「おいこら馬鹿。幸太が心配してるだろうが、いい加減アホな妄想は止めて戻ってこいっ!!」
壊れた自動人形のように、頭をかくかく揺らしながら低い声で笑っていると、右のこめかみに衝撃が走った。
その衝撃で我に返る。
たちまち妄想が消え、見慣れた教室が視界に映し出された。
いつの間にか、右肩に大福がいる。
さきほどの衝撃は、彼が体当たりしたことで生まれたものらしい。




