19:大福の複雑な胸中
「……私って、やっぱりどうやっても乃亜が現れるまでの繋ぎにしかなれないの? 拓馬の彼女にはなれない?」
「最初から言ってるだろう。モブはヒロインには勝てない。それが運命だと」
「納得できない」
私は『神』と額に書かれた大福を真摯に見つめて言った。
「そうか。ならせいぜい足掻いてみればいい。悠理が何をしようと、オイラは不干渉を貫くと約束しよう。乃亜が現れるまで、好きに過ごせばいい」
「……大福は私の味方になってくれないんだよね」
突き放すような言い方が悲しくて、つい愚痴のように零してしまった。
「不可能だ。言っただろう、オイラは神の使い、運命の守り手だと。オイラが守るべきはモブじゃなく、ヒロインと拓馬の未来だ。それが神の意思だ。逆らうなんてとんでもない」
「……そっか。そうだよね。変なこと言ってごめん」
私は立ち上がり、買って来た牛乳やら豆腐やらを冷蔵庫に入れ始めた。
「やっぱりオイラ、出て行こうか」
「え」
思わぬ声に振り返ると、大福が二本足で立っていた。
「お前にとってオイラは敵でしかない。オイラがいると不愉快だろう」
「そんなことないよ!」
私は慌てて冷蔵庫を閉め、再び跪いた。
「勘違いしないで、そりゃ、味方になってもらえないのは残念だけど、それとこれとは話が違うでしょ! 私、大福がいてくれて嬉しいんだよ。家に帰ってきたらお帰りって言ってくれるじゃない。それがどれだけ得難いことか、私は知ってる」
前世の私は独りだった。帰って来ても部屋は暗く、「ただいま」と言っても「お帰り」と言ってくれる人はいなかった。
生まれ変わって、新しい家族ができて、家の中は賑やかになったけれど、だからこそ、高校に入って一人暮らしをするようになって、また誰もいない部屋に帰ることになって、寂しさが募った。
その寂しさを消し飛ばしてくれたのが大福だ。
このハムスターは人語を喋り、学校へ行く私を「行ってらっしゃい」と送り出し、帰ってきたら一緒にテレビ見たり、ときには私の作った料理を摘まみ食いして「塩分が濃すぎる」と突っ込みを入れてくれた。
私の目にしか映らず、私にしか触れず、写真にも鏡にも映らない、神さまの使いを名乗る不思議なハムスター。
大福と出会って、私はアパートに帰ることが楽しみになった。
「私は大福と会えて良かったと思ってるよ。大福が乃亜の味方で、将来決定的に敵に回るっていうならそれでもいい。一年後、乃亜が現れるまでの間だけでもいいからここにいてよ。夜中に回し車で走る音が聞こえなくなったら嫌だよ。大福がいなくなったら寂しいよ。お願いだからいなくなるなんて言わないで」
懇願すると、大福はキッチンマットの上でしばらく動かず、やがて、ぽつりと言った。
「……変な奴だなあ、悠理って。オイラは敵だって言ってんのにさ」
大福は前足で鼻を掻いた。
「敵っていうほど大げさなものじゃないでしょ。拓馬との恋においては乃亜の味方なのかもしれないけど、それだけじゃない」
大福は無言で、私に背中を向けた。
「大福?」
「……オイラが神さまから与えられた使命は乃亜の恋を見守ること。乃亜が運命の相手として拓馬を選んだ場合、妨げとなる存在は排除する。たとえそれがお前であろうと、誰であろうとだ」
「うん。知ってる」
「……でも……」
酷く言いづらそうに、大福は小さな声で言って、ますます背中を丸めた。
「でも?」
「……使命を抜きにして、本音を言うことを許されるなら。乃亜が拓馬じゃなくて、他の相手を選べばいいと思ってる。そしたらお前が拓馬と恋をしても自由だし」
私は目を見開いて、大福の背中を見つめた。
大福はぼそぼそと、聞き取りづらい声で喋り続ける。
「……こんなこと神さまに言ったら怒られるだろうけど。オイラだって好きでお前の邪魔をしたいわけじゃ――」
「大福愛してるっ!!」
「ぐえっ」
私は大福を顔の高さまで持ち上げ、潰れた蛙のような悲鳴を上げる大福に構わず、全力で頬ずりした。




