16:有栖のお茶会
体育祭が終わった翌日。土曜日の午後二時過ぎ。
私は高級マンションの15階にある一室で、四人のイケメンたちに持参した――といっても、実際にここまで運んでくれたのは拓馬だ――クッキーとレモンスカッシュを振る舞っていた。
「うん、美味しい。甘すぎず苦すぎず、ベストな味だね」
この部屋の主人である白石先輩は上品に微笑み、その右隣では赤嶺先輩が美味しいのか不味いのか判断しづらい無表情でレモンスカッシュを飲み、左隣では緑地くんが市松模様のアイスボックスクッキーを頬張っている。
私は拓馬と一緒に、白石先輩たちの対面のソファに座っていた。
上質なレザーのソファは快適な座り心地だけれど、一体いくらするんだろうという庶民根性が頭をもたげ、なんだか落ち着かない。
部屋は広く、掃除が行き届いていて、花瓶には鮮やかな青いデルフィニウムまで飾ってある。
まるでモデルルームのようだ。
「白石先輩のお口に合ったなら何よりです」
「オレにはちょっと苦いかなあ」
食べ終えて粉のついた指先を舐め、緑地くんが零す。
「アイスボックスクッキーはこんなものだよ。でも幸太には甘みが足りないか。野々原さん、せっかく作ってくれたものに手を加えて悪いんだけど、グラニュー糖を足してもいいかな?」
「もちろんどうぞ」
愛想笑いを浮かべながら、レモンスカッシュのストローに口をつける。
吸い上げても、緊張しすぎて味がしない。
しゅわしゅわとした炭酸が喉を通り抜けていくだけ。
なんでこんなことになったかといえば、原因は拓馬である。
レモンの蜂蜜漬けはひと瓶丸々残っていて、炭酸水で割ってレモンスカッシュにしても五人分以上作れると知った拓馬が「それなら幸太や知り合いの先輩たちにも振る舞ってよ」と頼んできたのだ。場所は白石先輩が提供してくれるから、と言って。
まさかこんな形で『有栖のお茶会』に参加することになるとは。
もう完全に諦めてたのに。
ヒロインが『有栖のお茶会』に参加するためにはいくつかのイベントをこなし、白石先輩の好感度を上げておく必要がある……はずなんだけれど、私は白石先輩と事前に何の交流もないまま、ここにいることを許された。
フラグ管理も何もあったものじゃない。全くの成り行き。
だからこそ、これがゲームなんかじゃなく、私の行動次第でどうとでもなる現実だということを思い知らされた。
赤嶺先輩が立ち上がり、しばらくして蓋付きの陶器を手に戻って来た。
所要時間からして、わざわざグラニュー糖を陶器に入れてきたようだ。
赤嶺先輩は白石先輩の世話係。いうなれば従者である。
白石先輩は世界的にも有名な白石グループの御曹司で、赤嶺家は代々白石家に仕えているらしい。このマンションにも二人はルームシェアという形で暮らしていて、家事は全て赤嶺先輩が担当している。
とはいえ、白石先輩が家事できないというわけではない。
やればできるけれどやらないだけ、だそうだ。
「んじゃ遠慮なく」
緑地くんが陶器の蓋を開け、クッキーにグラニュー糖をかけ始めた。
「かけすぎだろうそれは。糖尿病になるぞ」
「心配性だなあ陸先輩は。こんくらい大丈夫だよ」
赤嶺先輩の苦言を流し、緑地くんがグラニュー糖を盛ったクッキーをまとめて二枚摘まみ、口に運ぶ。
「うん、うまい。やっぱりお菓子は甘くなきゃな!」
その表情は幸せそうだ。
そういえば緑地くんは大の甘党だった。
彼はアイスボックスクッキーよりもクリームたっぷりのケーキのほうが喜んだことだろう。
「お子様だよな、幸太は。これくらいの甘さがちょうどいいのに」
拓馬がクッキーを一枚摘まむ。
「あー、そっか。拓馬は甘すぎるの苦手だもんな。知っててアイスボックスクッキーにしたの?」
「え?」
そうなの? と、拓馬が目で問いかけてくる。
「ええと、それはその」
知っていた。でもそれはゲーム内で得た知識だなんて言えず、私は頭をフル回転させて言い訳を探した。
「昼休憩のとき、たまに購買のパンと一緒にコーヒー飲んでるじゃない? でも、ブラックや微糖のときはあれど、ココアやカフェオレは飲んでるとこ見たことなかったから、甘いのは苦手なのかなって。手料理が苦手になったきっかけはバレンタインデーにもらったチョコに髪の毛が入ってたことだって言ってたし、甘い物全般ダメなのかなって」
ナイスだ私! と自画自賛しながら述べると、緑地くんは目を見張り、白石先輩は「ふうん」と微笑み、赤嶺先輩はやっぱり無表情。
拓馬はなんとも形容しがたい顔をしている。




