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社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。  作者: 星名柚花


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12/18

12:楽しみにしてる

「はい」

 私はもう一つ用意していたフォークにレモンを突き刺し、拓馬の手を掴んで握らせた。


 怒って突き返されるのも覚悟の上だったけれど、拓馬は唇を引き結んでいる。


 祈るような心地で待つ。

 やがて、拓馬は爆弾でも扱うような慎重さでフォークを引き寄せ、口を開き――食べた!


「…………」

 私は固唾を飲んで経過を見守った。

 過去のトラウマを思えば拓馬が顔色を変えて吐き出してもおかしくないのに、私は強引に無理を押し通した。

 たとえこの先どうなっても責任を取らなければならない。


「…………どう?」

 拓馬が嚥下するのを見届けてから、恐る恐る尋ねる。


「……。美味しい」

「本当っ!? やったぁ!」

 私は手を叩いて大喜び。


 やった、私はついに拓馬に手料理を食べてもらうことに成功した……!!


 いやまあ、手料理って言って良いのか微妙なラインだけど。

 この日のために数週間前から作っていたとはいえ、瓶に切ったレモンを入れて蜂蜜に浸しただけだし。

 蜂蜜が馴染むように適度にひっくり返してきたけど、そんなの手間とは言えないよね?


「……大げさじゃね?」

 両手を握り締め、天井を仰いで涙している私を見上げ、拓馬が呆れたような声を出す。


「大げさじゃないよ! 私、拓馬がリバースしても責任取って掃除しようと思ってたもん!」

「意地とプライドにかけてリバースなんてしてたまるか。てか、拓馬って。何さらっと呼び捨てにしてんだよ」

「あっ!」

 私は口を覆った。

 冷や汗が流れる。

 けれど、時間を巻き戻せはしないのだ。誰にだって。


「ご、ごめん、つい」

「つい? 表向きは『黒瀬くん』なんて言いながら、ずっと心の中では呼び捨てにしてたってこと?」

 拓馬は頬杖をついて、目を細めた。


「あああああ。いやそれはあの、…………。……ごめんなさい」

 上手な言い訳が思い浮かばず、私は腰を曲げて頭を下げた。

 拓馬が鼻を鳴らし、頬杖を解く。


「別にいいけど。一方的に呼び捨てにされるってのもなんか癪だし、これからはおれも悠理って呼ぶからな」

「…………へ」

 私は目をぱちくりさせた。


「なんだよ」

「いや、私の名前、覚えててくれたんだなーって。感動したというか」

「覚えてるだろ。お前の友達の名前は知らないけど。そういえば吉住の下の名前も知らねえな。考えてみれば女子で下の名前知ってるのってお前だけだな」

 拓馬がタッパーに目を落とし、なんでもないことのように言う。


「……そうなんだ」

 平静を装って相槌を打ちながらも、内心では頭を抱えて悶絶していた。

 私だけとか止めてくれ! 喜ぶから!!


「なあ、これ、全部食べていいの」

「え、ああ、もちろんどうぞ。元々あなたのために作ったものですから。家にまだ残りがあるし、遠慮しなくていいよ」

「……ふーん」

 拓馬が二つ目のレモンを食べ始めたのを確認して、大福に視線を走らせる。


 邪魔しに来るんじゃないかと思ったけれど、大福はただおとなしくそこにいた。

 つぶらな黒い目で私を見返した大福は、ふっと姿を消した。

 好きにしろ、ということだろうか。

 モブが何をしたってどうせ無駄だから、邪魔をする意味もない、とか?


「気に入ったの?」

 不安を押し込めて、私は拓馬の前の席の椅子を拝借し、座った。


「うん。炭酸水とか入れたら美味しそう」

「ああ、炭酸水で割ったらレモンスカッシュになるよ。作ったら飲む?」

「うん」

「じゃあ今度、作って持っていくね」

「…………た」

 拓馬は半端な一音を発したきり、急に顔を背けてしまった。


「た?」

 私は首を傾げた。

 腰を浮かせて覗き込めば、拓馬は額を片手で覆い、言うんじゃなかったっていう顔をしている。

 心なしか頬が赤くなっているような。


 一体どういうことだろう。

『た』の続きは何だろう。

 何が言いたかったんだろう。


「ねえ。何て言いかけたの?」

 どうしても気になって、私は追及した。


「……楽しみにしてる」

 拓馬は額を覆ったまま、小さな声でそう言った。

 視線も上げず、照れくさそうに。

 そして、恥ずかしさに耐えられなくなったらしく、机に突っ伏した。


「…………」

 この反応は反則だ。

 私の頬の温度までつられたように上昇し、頰が緩むのを止められない。


「明日にでも持ってくね」

 にこにこしながら言う。

「……ああ」

 消え入りそうな声が返ってくる。


 グラウンドでまた、大きな歓声が上がった。

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