10:憂鬱な体育祭
体育祭。
それは自他共に認める運動音痴の私にとって、五月末に行われた中間テストよりもよほど恐ろしく、忌むべき行事である。
私は前日にてるてる坊主を10個も作り、逆さまにして窓辺に吊るし、ついでにネットで見つけた雨乞いのダンスなるものを一心不乱に踊り、大福に「うわあ……」という顔で見られた。
そんな努力も虚しく、六月上旬の体育祭当日はいっそ清々しいほどの快晴だった。
テレビでもネットでも梅雨入りしたって言ってたのに、誤情報なんじゃなかろうか。
私は窓の外に広がる青空を呪った後、プラスチックの衣装ケースの中の巣箱で頭を掻いていた大福に「神さまの使いなら天候くらい操れない?」と猫なで声で聞いてみたけれど、「そんな力なんてないし、個人の感情でほいほい天気を変えられてたまるか馬鹿」と一喝された。
ハムスターに怒られた私はいよいよ観念し、いつもよりずっと早めにアパートを出た。
というのも、私は体育祭実行委員なので他のメンバーたちと準備をしなきゃいけないのだ。
なんで体育祭実行委員になったかといえば、ひとえに「体育祭実行委員は体育祭準備と当日の進行役をしなければならないため、出場する競技が少なくて済む」というメリットによる。
それと、体育祭実行委員決めの際に吉住さんから「運動能力ゼロの足手まといは、せめてサポート面でクラスの役に立ったらどう?」という嫌味を浴びせられたから。
拓馬の怪我が完治した後も、彼女は事あるごとにネチネチ言ってくる。
拓馬に怒られることを危惧してか、虐めというほど大げさなものじゃないけれど、私は彼女たちのグループから嫌われていた。
「俺より親が張り切っちゃってさあ。弁当が豪華版になったよ」
設営が終わり、私はグラウンドの一角に設けられている一組の応援席に座っていた。
時間が早いので、一組の生徒は同じ体育祭実行委員の田中くん以外、まだ誰も登校していない。
「いいなあ。お弁当は一番の楽しみだもんねえ」
田中くんと雑談しながら、ふと拓馬のことを考える。
体育祭という特別なイベントの日でも、彼は味気ないコンビニ弁当なんだろうか。
実は私のお弁当は特別仕様にしていて、拓馬が摘まんでも大丈夫なように量も多めにし、疲労回復効果のあるレモンの蜂蜜漬けまで作って来た。
手料理が大嫌いな彼のことだから、食べてはくれないと思うけど……一応、何があってもいいように準備はしておきました。
「野々原は一人暮らしだっけ。今日の弁当は体育祭仕様?」
「うん、から揚げ二個も入れちゃった。あとだし巻き卵とーウィンナーとーミニトマトとーアスパラのベーコン巻きとーポテトサラダとーかぼちゃの胡麻和えとー鮭とー」
他愛ない話をしている間に、生徒たちが次々グラウンドに集まって来た。
和気藹々と喋っているクラスメイトたちの様子を見る限り、士気はそこまで低くないようだ。
藤美野学園の体育祭はクラス別対抗。
総合一位に輝いたクラスにはトロフィーと共に学食&購買の割引券が与えられる。
でも、うちのクラスに「絶対一位になろう!」という気概と団結力はない。
他のクラス同様、程々に、それなりに楽しめればいいやという考えの人が大半を占めている。
「よう緑地、黒瀬。今日は期待してるぜー」
そんな声が聞こえて、私は右手を見た。
緑地くんと拓馬が歩いてくる。
緑地くんは気合十分らしく、頭に水色の鉢巻きを巻いていた。
「おう、任せとけ。体調もばっちりだし、二組の加藤だって抜いてみせるぜ」
白い歯を覗かせて、快活に緑地くんが笑う。
拓馬も緑地くんも運動神経がいい。
特に緑地くんは中学の体育祭の選抜リレーでアンカーを任され、バトンを渡されたときは最下位だったにも関わらず、他の選手をごぼう抜きにして一位を取り、胴上げされたことがあるそうだ。
素直に尊敬する。
前世から現世に至るまで、私は運動能力を試されるあらゆる種目において一位を取ったことがない。
最高記録は小学校での障害物競走での三位。
私の成績はほぼビリなので、三位で十分に快挙である。
一位かぁ。
白いゴールテープを切るのって、さぞかし爽快なんだろうな。
人生で一度だけでもその爽快感を味わってみたいけれど、自分の絶望的な運動能力を鑑みれば、それが夢物語であることくらいわかっていた。




