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追放魔法使いと無職男  作者: やしろ久真


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第七話 「英国元老院の決定」


 屋敷のリビングルームは静まり返っていた。


 その日の昼、俺は屋敷内の掃除を済ませ、今は洗濯物を干していた。

 いかんせん、屋敷の存在を隠すための結界の影響でバルコニーに洗濯物を干すのを禁じられており、室内で最も広い部屋であるこのリビングに干すしかないのだ。


 リビングルームには上階にあるクロアの部屋へと繋がる螺旋階段がある。

 しかし、この屋敷の主がそこを下って来ることは、今日はまだ無かった。


 テレビには、クロアがやりかけのまま放置しているドラクエⅡの画面がそのまま映っていた。

 いまだに勇者クロアは仲間を増やせず一人旅を続けているようだった。


 絵夢さんに聞いた話では、クロアは一見すると四六時中暇を持て余しているように見えるが、本来は罪を背負った追放の身であり、その罪を償うための務めが課せられているそうだ。

 それは、古い魔導書の内容を解読し、時には復元させることだ。

 古今東西の魔法文明は、イギリスに限らず世界中に存在する。

 それぞれの文明で発達した魔法分野は、いわゆる翻訳が必要だそうだ。しかも、古いものは解読が必要であり、欠損していれば復元させなければ中身がわからないものもある。

 彼女は世界中から集められた未解読の魔導書を分析し、現代の魔法使いたちが使用できるように解読することで、刑期が減少していくようである。


 だからこそ、週に何日かは二階にある自室に閉じこもり、出てこないという日がある。

 そうなると俺も暇になる。ぼんやりと天井のシミを数え始めた時だった。


 玄関側で扉が開閉する音が聞こえ、来訪者の存在を告げていた。


「やあ、お勤めご苦労さま。任務にはなれたかい?」

 嵯峨野は相変わらずキザな笑みを浮かべていた。

 その背後には絵夢さんを従えている。

 嵯峨野がこの屋敷を訪れるのは、俺がここに出入りするようになってから初めてのことだった。


「クロアなら二階ですよ。呼んできましょうか」

「いいや、いいんだ」

 俺は何となく、この嵯峨野という男が苦手で早々にクロアにバトンタッチしようと試みたが、制止された。

「本日は、牧島様。貴方に用件があります」

 絵夢さんが、相変わらず平坦な声音で言った。



 俺たちは、いつぞやの応接間に場所を移した。

 俺の向かい側に、今日は魔法協会の二人が並んで座った。

「それで、俺に用というのは……」

「そう、君が遭遇したあの夜の襲撃事件のことだ」

 嵯峨野は、少し声を沈ませて言った。


「実は、今のところ犯人の足取りが掴めないでいるのです」

 絵夢さんも悔しそうに声を低くして告げる。

 その状況を、俺は少し意外に思う。

「確か、魔法協会は日本の魔法使いたちをすべて把握しているんですよね?」

 俺は以前その言葉を聞き、それならじきに犯人も特定できるのだろうと思ったのだ。


「そうさ。日本魔法協会は魔法使いの関係者および魔法の使用履歴のある人物をリスト化し管理している。しかも、日本全国の各所には魔法の使用を感知し記録するセンサーのようなものが設置されているんだ」

 協会に許可なく魔法の使用をすると、すぐに通知が本部に入るのさ。と付け足す嵯峨野は自慢げだった。

「それでも、今回の襲撃事件の犯人の足取りは不明なのです」

 絵夢さんが淡々と続けると、嵯峨野は眉間にしわを寄せた。


「犯人は国外から侵入した魔法使いの可能性もある。それに、我々の監視の目を搔い潜り犯行を重ねる手練れのようだ」

「犯行を重ねる……?」

 その言葉に、俺は疑念を募らせる。


「そう、かれこれ襲われた被害者はすでに八人。君が遭遇した最初の事件以降も、主に二十代の女性が襲われている……日本魔法協会は本件を最重要案件と位置付けて対策班を結成した。その班長は僕だけどね」

 嵯峨野はイライラを隠さず、指先でテーブルを叩きながら言った。

「犯人の姿を目撃した人は、今のところ牧島様一人なのです。……何か、情報があれば教えて下さい」


 そうは言われても、正直あの時目撃したのが人だったのかどうかすら自信が無い。

 俺は素直に情報が無い事を告げると、嵯峨野は始めから期待はしていなかったのか「まあ、何か思い出したら月差に伝えてくれ」とだけ言い、立ち上がった。


「さて、次はクローティアに話がある」



「なんじゃ。きさまら、揃いも揃って」

 クロア不機嫌そうな表情で嵯峨野を睨みつけながら、リビングにある螺旋階段を降りてきた。

 今日はユニクロのTシャツではなく、黒色のローブを身に纏っており、銀髪と相まって本物の魔法使いに見えた。


「わしは今からダビスタⅡを始めるのじゃ。お馬どもを調教してやらねばならぬのだ」

「クローティア、君への話は実にシンプルさ」

 嵯峨野は、クロアの不満もどこ吹く風の風情で応えた。


「君への処罰が決まったよ。これは英国元老院の決定さ」

 その言葉をクロアは鼻であしらい、そのまま嵯峨野を見向きもせずリビングのいつもの特等席であるクッションへ向かう。


「君に追加刑二十年だ。契約を曲解し魔法を不正使用した件でね」


 嵯峨野の平坦な声は、リビングルームに無慈悲に響いた。

 その内容に、俺は思わず息をのむ。


「曲解じゃと……? 不十分な文言で契約を結んだ方の手落ちじゃろうが」

 クロアはのっそりと頭を上げ、嵯峨野を睨みつけながら唸る。

「まあ、それは元老院も流石にまずいと思ったんだろうね。追加の条項がある。それ次第では追加刑も取消しをするそうだよ。……連続女性襲撃事件の犯人確保に協力し、成功すれば追加刑は無しだ」

「はん、くだらんのう……そっちは日本魔法協会の実力不足が原因じゃろう。不届者のネズミ一匹つかまえられんとはのう」

 挑発するように言いながら、クッションに寝転ぶ様はまさに不機嫌な猫のようだった。


「まあ、どうするかは君次第さ。……後ほど、追加二十年分の刑期に合わせた未解読の魔導書が届くだろう。今月の成果が楽しみだね」

 それじゃあ、と捨て台詞を残して嵯峨野は屋敷を後にした。


 残るは、不機嫌なクロアと呆然と立ちすくむ俺と、無表情な絵夢さんだけだった。


「ケッ! やってられんのう! 今夜はマックのポテナゲパーティの開幕じゃあ! 日本ではドカ食い気絶部という風習があるのじゃろうが!」

 憤慨するクロアのヤケに付き合うため、俺たちは買い出しに出ることにした。

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