第五話 「『賢者』を史上最年少で冠した人物」
「それでは、詳細なお話をさせていただきます」
俺は再び、月差絵夢さんと向かい合い、応接室のような場所でソファに腰かけコーヒーを啜った。
あの子供部屋のようなリビングルームから退散し、廊下を右側に行ったところにある部屋は、屋敷の外観と同じく豪奢な一室だった。そこには事務的なソファと机、そして衝立が置かれている。
ちなみに、クロアは先ほどの部屋でゲームの続きをしていた。
「早く戻ってくるのじゃぞ……」という不貞腐れたような声を俺にかけ、クッションにうつ伏せに寝転んだ様は、なんだか懐かしい気持ちにさえさせてくれた。
「ええと、何から聞けばよいのか……」
俺は、美人と二人きりで面談することと、これまでの出来事を想起し、困り切った声しか出せなかった。
その様子を察した月差さんは軽く咳払いをすると、「すべてを初めから、順を追って説明します。長くなりますがご容赦ください」と告げた。
俺はその言葉に、むしろその方がありがたいとばかりに頷き、余計な口出しをせずとにかく聴いてみることにした。
「我々は、『魔法使い』と呼ばれる人種の関係者となります。魔法使いの起源は遥か古来、紀元前の世界より続き、今のイギリスが主として文明を引き継いでおります」
「過去には歴史の表舞台にも立ったことがあり、時代を築いたこともありました。しかし、魔法を扱える人間と、そうでない人間の比率は大きな乖離があり、圧倒的に非魔法使いが多いのです。歴史が進み文明や都市が栄えることで、やがて魔法使いや魔法は争いの中心となり、凄惨な歴史を刻むことにもなり、次第にその姿を消していったのです」
「魔法使い達は絶滅したわけではなく、その存在を想像上の物として世界に認知させ、その影で文化として魔法を継承していく道を選びました。そのため、現在では魔法はその存在を隠され、社会活動には基本的に関与しないことになっているのです」
月差さんはここまでは前段とばかりに、一旦口元にコーヒーを運び、改めて語り始める。
「そして現在、とある魔法使いが本国イギリスにおいて、最も罪が深い重罪を犯したのです。その者は拘束され、魔法使い達による裁判にかけられました。本来であれば斬首刑でも足りないほどの罪なのですが、その者は歴史が始まって以来の最高峰の魔法の才能を持つ者であり、最高位の称号『賢者』を史上最年少で冠した人物でした。彼女を失う歴史的損失を鑑みて、密かに死刑を免れる代わりにその存在を封印し『島流し』とすることを決断したのです」
「その重罪の魔法使いこそが、『クローティア・フォン・シルヴァーゼ』……クロア様なのです」
月差さんの言葉に、俺はにわかに信じがたい気持ちになった。
スーファミ相手にブチギレる少女が、そんな偉大な人物には到底みえん。
「彼女は魔法の使用を一切禁ずる契約を交わし、この日本に移送されました。日本は世界的に見ても魔法使いの存在が少なく、彼女の存在を隠すにはうってつけの場所なのです。我々『日本魔法協会』は日本で公式に存在する唯一の魔法使いに関係する機関であり、彼女の監視と護衛の任についているのです」
そこまで聞くと、昨日のクロアと嵯峨野のやり取りもなんとなく理解が及ぶ気がした。
「そして、牧島様。あなたに依頼したい内容……それこそが、『クロア様の監視および生活の世話』なのです」
「監視と……生活の世話?」
「はい、彼女は放っておくと、すぐリビングをスナック菓子のかすまみれにします。平気で同じTシャツを一週間も着続け、運動もろくにせず昼夜逆転生活を続けます。さらに夕食の献立にはネチネチ文句を垂れ、二階の自室から床をドンドン蹴り鳴らし漫画の週刊誌を買ってこいと催促してくる始末……それと、彼女が再び何か問題を起こさないか監視が必要なのです」
主にクロアの生活態度に対する月差さんの愚痴がすごい……!
「ゴホン、失礼致しました。本来であれば、『日本魔法協会』の人間で対応すべきところですが、対応に苦慮しているのが実情です」
「というと?」
「クロア様は、歴史に名を遺すような才能を持つお方です。彼女は、魔法使いの歴史どころか、世界のこれからの歴史をも変えうる程の存在なのです。……お恥ずかしい話、魔法使い達も一枚岩とは自信を持って言い切れず、色々な目的で彼女に接触をしようと企む一派も存在します。彼女本人と接触できる人物は必要最低限にする必要があり、なおかつ経歴を完全に把握した上で黒い繋がりが一切無い人物でしかならないのです。魔法協会の人間ももちろん、皆が怪しい過去を持つわけではありませんが、魔法に精通したプロフェッショナル達です。過去をすべて把握し、どんな思想を持っているか、彼女と接触して問題ないかという判断を下すのは非常に困難なのです」
「それで、つい最近までごく普通のサラリーマンで、なおかつ魔法使いの両親を持つ人物が適任だったというわけですね……」
俺は、思わず自分の口で結論を言っていた。
そして話の流れから、両親が魔法使いであることは事実という事だ。
俺はしばし、目を瞑り考える。
両親のことは、今は少し置いておこう。
十五年も前に失踪したのだ。俺の中で心の整理はついている。
問題は、俺がこれからどうするべきかだ。
「あの、いくつか聞いてもいいですか」
俺の質問に、月差さんは「どうぞ」と促した。
「クロア……あの子は一体どんな罪を?」
「それは、とある封印された扉を開けたのです。イギリスにある魔法使い達の総本山とも言える王立魔法院における、最重要施設、『禁術書庫』の扉を」
「……はぁ」
聞いた手前、全然わからない単語がたくさん飛び出してきてしまった。
俺の困惑顔を見てとった月差さんは、説明を加える。
「魔法使いの歴史の中で、魔法の使用方法を記した書物を魔導書と呼びます。それを読めば、才能のある者であれば、そこに記された魔法を使えるようになるのです。歴史の中には、世界の法則を変異させてしまうほどの影響力がある魔法も存在します。危険も伴いますが、もしも使用する魔法使いが現れた時の対策方法としての記録を残す必要があるのです」
そこまで言われて、俺はなんとなく察しがついた。
「要は、やばい魔法がいっぱい封印されている書庫を開けたってことか」
「その通りです。しかし、その際の騒動においても、彼女は誰1人負傷させることはありませんでした。そのことも含めて斬首刑は免れたと言えるでしょう。クロア様は重罪人といえど、危険な人物ではないことをお伝えしておきます」
まあ、あの少女が破滅の限りを尽くしたとは到底想像もしていなかったが。
「付け加えるならば、牧島様の身の安全は日本魔法協会が全力を持って保証致します。……すでに昨日、危険な場面に遭遇したところで恐縮ですが」
「ああ、その件。昨日のは一体なんだったんですか?」
「目下、我々の調査班が捜索中ですが、魔法を操る者の仕業と見ています。我々協会では、日本における魔法使いや、その親族、過去に魔法を使用した痕跡のある人物は全て把握しています。じきに、犯人も絞り込めるでしょう」
月差さんが自信を持って言うあたり、大丈夫なのだろう。
魔法協会はいわゆる魔法使いの警察的な役割もあるのだろうか。それに、魔法使いの親族まで把握しているというのは、俺のこともそこに記録として存在していたのだろう。
「……依頼、引き受けてもらえるでしょうか」
上目遣いにこちらを伺う月差さんを前に、俺は答えを口にした。
決して、美人に頼まれたからという理由ではない。
*
リビングに戻ると、クロアは不貞腐れたように仰向けになりながら、『刹那の見切り』をひたすらやっていた。
「お、もどったか。どれ、さっきの続きやるぞ」
「……おう、任せとけ。今日中にマルクを倒そうぜ」
俺は、この依頼を引き受ける事にした。
理由を言葉にするのは難しい。
ただ一つ言えるのは、俺は素直にこの先の未来が楽しみになっていたことだ。
今まで知り得なかった世界のことを、俺は興味深く思っていた。
それは、この十五年間感じることのなかった感情だった。
「なあ、一つ気になっているんだが」
俺は、隣で胡座をかきコントローラーを握るクロアに尋ねる。
「なんじゃ」
「俺にも、魔法は使えるのかな」
俺の両親は名のある魔法使いだったらしい。
だったら、俺にも。
その才能はあるはずだ。
「ああ、無理じゃな」
「そうか……それなら、って、え?」
「無理じゃろ。おぬしは」
「ど、どうして? 子供の頃から勉強していないと無理なのか? 俺は無職だから時間はいくらでも……」
戸惑う俺を前に、クロアは呆れたように首を横に振る。
「初めておぬしを見た時に、おぬしの潜在能力を透視したのじゃ。わしの目にかかれば、別に解析魔法を使わんでも分析できるでの」
「それで?」
「おぬしの魔法適正は、2じゃ」
「……それはどんな数字なんだ?」
大体、察してはいるが。
「魔法使いには、自身の体内に貯蔵できる魔力の総数と、対内外にある魔力を自身が放つ魔法に変換する事のできる規模が決まっておる。その二つの量を数値化し、掛け合わせることで魔法適正を判定するのじゃ」
「……なるほど?」
「魔法使いとして満足に魔法を扱える最低ラインは魔法適正200程度じゃな。非魔法使いもせいぜい5から10ぐらいはあるがの」
「鍛錬で、その数値は増やせないのか?」
「そこなんじゃよ。そこが魔法使いが歴史の表舞台から姿を消した大きな理由なのじゃ。魔法適正は主に先天的、生まれた時点できまる才能なのじゃ。だからこそ、鍛錬や学習でその差を埋めることができん。非魔法使いとの人口差は確実に広まるばかりなのじゃ。別に魔法使いの両親から産まれたとて、才能を引き継ぐ可能性は高いものの魔法適正が確実にあるわけでもない」
「ちなみに、クロアはどれくらいなんだ?」
「わしか? わしが過去に測定された時点では六十万じゃったが、それも計測可能な範囲での話じゃ」
なにせ、わし以上の魔法適正を持つものが現存しておらんからのう、正確な数値は未知数じゃ。と自慢げに付け足されてしまった。
こうして、俺の魔法使いとしての第二の人生は始まりすら迎えることはなかった。




