第四話 「おぬしは魔法使いか!?」
翌日、俺はメモに書かれた住所を目指して、見慣れぬ住宅街を歩いていた。
俺の家から徒歩で十五分ぐらいの距離だが、いかんせんこの辺りには民家しかなく、用事も無ければ訪れたことも皆無だった。
昔ながらの木造の家と、新規開発で立ち並んだ似たようなオモチャみたいな家を眺め、ひとしきり歩くと、とある空き地の前に出た。
「場所は……ここだよな」
メモには住所と、そこまでの道筋が書かれているが、道筋を記す文章は「この角を左に曲がり、その次の郵便ポストの所で左に曲がり……」と回りくどく書かれているので、俺はスマホのナビを使って住所の場所に辿り着いた。
民家の立ち並んだ中に、ポツンの巨大な空き地があるのみで、他には何もない。
ここで待っていれば、月差氏が迎えに来てくれるのだろうか。
そこから、メモに書かれた所定の時刻を十五分ほど過ぎても何も起きない。
まさか、この期に及んで夢だの悪戯だのと決めつけるに気はならない。
「もしかして……」
俺は一人呟き、メモの内容を再び見返した。
ここに書かれた道筋は、スマホのナビのように最短ルートを通るわけではない。むしろ、同じ場所を何度もグルグル回るような指示になっている。
俺は思い直し、来た道を引き返し、今度はこのメモ通りに道を進んだ。
一つの角で左に曲がり、そしてすぐの角をまた左に曲がる。それをもう二回繰り返すと、ぐるっと回って同じ場所に出る。
その後で、再びあの空き地の場所に向かって歩を進めた。
すると、今度は全く違う景色がそこにはあった。
それまで何もないぽっかりとした土地だった場所に、白くて巨大な洋館がそびえたっていた。
朽ち果てていれば、近所の子供からは確実に幽霊屋敷と呼ばれていることだろう。
俺は圧倒されるままに、けれども意を決してその正面門の前に立つ。
インターフォンなどは当然無いので、なんか輪っかみたいな金属を持ち、扉をガンガン叩く。
『おう、遅かったのう。まあ上がるがよい』
すると、どこからか機械じみた音声が聞こえてきた。
……よく見れば、この扉に意匠された猫みたいなレリーフの目の部分にカメラが仕込まれている。その腹の部分には小さい黒い穴がいくつも開いていて、スピーカーが入っているようだった。
「そこは魔法じゃねぇのかよ……」
俺は拍子抜けしながらそう言った。
*
屋敷の中に入ると、そこは真っ暗な豪勢な廊下だった。
どこへ向かえばいいのか、辺りを見回すと、左の廊下の奥から光が零れているが見えた。
そちらに向かい、扉を押し開けると、そこから声が聞こえてきた。
「だあぁぁぁー!? ラトリー足滑るんですけどぉぉぉぉぉ!?」
そこに広がる光景に、俺は絶句する。
件の銀髪少女、クロアはその広大な居間のような場所の真ん中に鎮座していた。
しかし、豪勢なシャンデリアも、絢爛豪華な調度品もすべて光を失い、少女はちゃぶ台の上に置かれたブラウン管テレビの前に胡坐をかき、床にはポテトチップスとコーラのペットボトルを散乱させ、テレビゲームのコントローラーを叩き割らん勢いで、目の前のクッションに投げつけていた。
そして、それは何故かスーパーファミコンという俺にとっては懐かしい代物だった。
「おう、よくきたのう。まあ座るのじゃ。わしがいまから『どくどくタワー』を攻略する様を見るがよい」
そういい、少女はゲームのプレイを再開するも、あっという間にゲームオーバーとなった。
「ふんがーーー!? スコークスの球あたんねぇえええ!? このハチ野郎がぁぁぁ!?」
「……」
俺は何も言えずにいると、ひとしきり激昂した少女は気分を変えるためなのか、違うソフトを脇に置いてあった百均のプラボックスから取り出した。
「……せっかくおぬしも来たのじゃ。スパデラの続きをやるかのう。ヘルパーを頼んだぞ」
そういい、ソフトを入れ替え、ゲームを起動した。
軽快なBGMと共に、ピンク色のキャラクターが大地を空飛ぶ星に乗り駆け抜ける。
そして、タイトル画面と共にセーブデータ選択画面がドンッというSEと共に表示された。
「ああああああああ!?」
そこに表示された0%0%0%を文字を見た少女は気絶せんばかりに絶叫した。
*
「まあ、待てよ。一回ソフトを抜いて端子のところの埃を吹き飛ばすと復活したりするぞ」
俺は絶望のままクッションに突っ伏した少女に、優しく声を掛ける。
普通は起動しないソフトに対する処置だが、俺の記憶ではこのソフトはデータが消えやすく、何度かリセットし直すとデータが戻っていたりしたはずだ。
かく言う俺も、まだ両親が健在だったころ、父親が持っていた古いゲームで遊んだ記憶がある。このソフトもあったはずだ。
「そうなのか……?」
クッションの中からすすり泣く声が聞こえ、俺は何度かソフトをリセットし直すと、途中まで進めてあるデータが出てきた。
「ほら」
「なんじゃと……! おぬしは魔法使いか!?」
少女が目を輝かせている様は悪い気はしないが、それどころじゃないという気になって来る。
「ところで、月差さんは……?」
「エムなら不在じゃよ。なかなかこんおぬしを探しに行った様じゃな、会わなかったのなら入れ違いになったのじゃろう。昨日の怪物に襲われているかもしれないと心配になったのじゃろうて」
それなら最初から護衛して連れてくればよかろうにのう、とケタケタ笑う少女は意に介さず、俺にコントローラーの2Pを手渡した。
「さあ、『銀河にねがいを』をクリアするぞ!」
「お、おう……」
いいのかな、月差さんほっといて。
それにしてもいったい、新しい世界が開けるとはどのことなんだろう……。
*
「ただいま戻りました。……クロア、牧島様は見つかりませんでした。自宅を出た後から足取りがつかめず……」
背後から声と共に扉が開く音がした。
「あ、先にそっちの小さい星に行こうぜ。コピーの能力が手に入る」
「ほう……そんなところにステージがあるのかのう」
「ああ、そんで、そこで手に入る能力のヘルパーが滅茶苦茶強かったはずだ」
「なるほどのう……このゲームの中の世界には分からない事が沢山あるのう。それにしてもおぬしは物知りじゃな」
「いやーあはは、ガキの頃の思い出だしな……っは!?」
俺は背後から感じる猛烈な殺気に、思わず身震いした。
「……いらしていたのですね、牧島様。この達人・月差絵夢を出し抜くとは、流石です」
……ただ入違っちゃっただけなんですけどねぇ。
俺は冷や汗のまま振り返り会釈だけを何とか返すと、「おおー! いつでもコピー能力が呼び出せるのじゃ!」という能天気なクロアの声が響いた。




