第十二話 「英雄」
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「それで、また揃いも揃ってなんなのじゃ」
俺と絵夢さんは一度屋敷に戻り、絵夢さんから報告を受けた嵯峨野が屋敷に訪れ、リビングで先ほどの犯人との邂逅について話をしていた。
そんな様子を、クロアは呆れたような半眼で睨みながら、定位置のテレビの前にあぐらをかいて座った。
「犯人は、並外れた魔力探知が可能です。我々協会の人間は容易く見破られていました」
「そして、絵夢さんの一閃を受けても平気そうでしたね。あっさり逃げて行きましたが」
俺たちの報告を、嵯峨野は腕を組みながら頷いている。
「なんじゃと……エムの一撃を受けても平気と?」
驚く声を漏らしたのは、意外にもクロアだった。
俺はその理由を尋ねる前に、嵯峨野が口を開く。
「月差の近接戦闘能力は、世界にも引けを取らない。まして、居合からの一閃を喰らって平気なものなど、まさに怪物クラスだ」
武器が長ネギじゃなかったら、大地が裂けでもするのだろうか。
誰もが認める絵夢さんの実力が恐ろしくなってきた。
「そのような力者の存在を認めざる他ないのです。しかし、魔法協会では正体をつかめていないのです」
その絵夢さんでさえも、取り逃がしてしまう存在が、今この街を闊歩している。
危険な状況であることに間違いはない。
「海外からの侵入者の可能性もあるが、それほどの強大な力を持つ者でありながら犯行の規模が小さいのは不自然だ」
嵯峨野は、あくまで女性襲撃事件自体は些末な問題だと言いたげだ。
何か大きな事件の前触れでなければ、の話だが。
「……何か、短期間で力をつけたり、増幅したりすることはできないのでしょうか」
俺の素人考えの発言に、答えたのはクロアだった。
「そこまでの力を身につけるんじゃったら……『特化』の魔法を使えば、あるいは」
「特化……?」
その名前からもある程度は想像できるが、クロアは説明してくれた。
「ある特定の環境下や状況、または特定の対象のみに働き、本来の力よりも大きな魔法を扱うことが出来るのじゃ。例えるなら、火属性の敵にのみ攻撃力を大きく伸ばす補助魔法のようなものじゃな」
俺にもわかりやすいようにか、ゲームで例えてくれた。
「だったら、今回もその『特化』を使えば、魔法協会で把握しているよりも大きな魔法を使える人もいるかもしれないってことか」
俺は合点が行ったように頷くが、周囲の反応は鈍い。
「いいや。こちらの世界では常識なんだけど、『特化』自体も高度な魔法でね。誰しもがおいそれと使えるものでもない。もちろん、『特化』を使用可能な魔法使いはこちらでもリストアップしていて、今回の件との関係は監視しているよ」
嵯峨野は、既に検討済みの内容をめんどくさそうに語った。
「それに、『特化』はそこまで便利な魔法でもないのじゃ。なにしろ、より力を得るためには、それ相応の縛りを設ける必要があるのじゃ」
「例えば、満月の夜限定とか、戦う相手は女性だけとか?」
「うむ。それに状況が崩れれば、特化による力も消えるのじゃ」
極端なパワーアップには弱点も大きい。
魔法というのは、自由自在に超常現象を起こせるものではないらしい。
「それにしても、あの犯人。普通の人には見えなかったんですよね……まさに化け物に変化しているというか……」
俺はもはや、ただの感想のように呟いた。
「……君、もしかして本気でそれを言っているのかい?」
「え?」
俺の呟きを普段は無視しそうな、嵯峨野が声を鋭くして食いついた。
「『変化』……自身の姿を変え、異形の物へと変身することができる魔法じゃ」
説明をくれたのはやはりクロアだった。
姿形を変えるだけでなく、特性や身体能力までも変容できるのじゃ、と付け足した。
俺は魔法の名前を言ったのではなく、単純に言葉として変化と言ったのだが、専門家たちの意外な盲点を突いたようだった。
「じゃあつまり、その『特化』と『変化』を組み合わせれば……」
「そうじゃな。ある程度なら、犯行はできよう」
クロアは頷く。
しかし『特化』の説明をしたときとは異なり、なぜか彼女は苦々しい表情をしていた。
犯人は、『特化』を使い、一定の条件下において自身の能力を底上げしている。
そして、『変化』を使い、異形の怪物へと変身し犯行を行っていた。
それが俺たちの辿り着いた答えだった。
「でも、犯人の特定は困難であることには変わりがない。奴は『特化』した力で我々の気配を察知する。普段は『変化』が解かれていれば、その正体をつかむことすらできないんだ」
嵯峨野は苛立たしげにこめかみを撫でながら言う。
前回の一件で、こちらの作戦はバレている。
絵夢さんが気配を消したところで再び襲ってくるほど馬鹿ではないだろう。
まして、変化した犯人は絵夢さんとも対等に渡り合えるというのだ。
「……なんじゃ。八方塞がりのような顔をして。わしが出向けば、そのような輩は一瞬で消し炭にできるのじゃが」
呆れたようにクロアは呟き、自室に引き上げていった。
いっそ魔法協会が諦めれば、それが一番早い解決手段なのだろう。
俺は嵯峨野の顔を見るが、彼は渋面を作るのみだ。
「やはり、もう一度気配を消して戦いを挑みます。今度は、逃しません」
絵夢さんは意を決したように言うが、嵯峨野は止める。
「待て、月差。犯人は犯行を重ねるたびに力を増している。力を吸い取る『吸収』を行っている可能性もある。下手に刺激し、犯行のペースが上がるのはまずい」
「だったら、尚更……!」
珍しく感情を全面に出す絵夢さんを、俺は腕で静止した。
「俺に、考えがあります」
「ほう。魔力ゼロの一般市民の君が?」
嵯峨野の挑戦的な声に、俺は答える。
「はい。多分ですけど」
奴は魔法探知が可能で、魔法使いを避けて犯行をする。
そして、奴に気づかれずに相対できるのは、俺のような魔力ゼロの人間だけだ。
しかし、俺には犯人を倒すような力はない。
だが、ヒントはもらった。『特化』はそこまで便利な魔法じゃない。
とすれば、突破口はそこしかない。
俺は、改めて作戦の内容を2人に話すと、嵯峨野はうっすら口元に笑みを浮かべて言った。
「我々日本魔法協会は君の生死を保証しない。それでも、その作戦を実行するんだね?」
「はい、やってみます」
頷く俺の声は、けれどはっきりと屋敷の中に響いた。
どうせ、このままなんの感慨も抱かず朽ちていくだけの生命。
少しでも役に立つなら……いや、それは嘘だ。
俺も、もしかしたら街の平和を守る英雄になれるかもしれない。
そう思うと、なぜだか心が激っているのだ。




