クリーンルーム描写で気をつけるべきポイント
◤SF設定考察メモ◢
■ 概要
クリーンルーム(Clean Room)は、微粒子や汚染物質の混入を極端に抑えた管理空間であり、現代の半導体製造、製薬、バイオ研究、宇宙開発などに不可欠なインフラである。SF作品においては、先端技術の象徴、極限環境での人間行動、または陰謀や危機の舞台としてしばしば描かれる。だが、その機能性や設計思想に対する理解なしに描写すると、読者や視聴者にリアリティを欠いた印象を与えるため、一定の留意が求められる。本稿ではクリーンルーム描写において気をつけるべき主なポイントを7つに分類して解説する。
■ 用語解説
・クリーンルーム
浮遊微粒子や汚染物質の混入を抑制するために、
空調・気流・静電・服装・行動のすべてを管理した作業空間。
国際規格(ISO14644-1)では、粒子数によってクラス1〜9に分類される。
・パーティクル
空気中の微粒子。1立方フィートあたりの粒子数がクリーンルームの清浄度指標。
半導体では0.1μm以下でも障害原因となりうる。
■ 入退室手順とエアシャワー描写の重要性
クリーンルームでは、入室時の「エアシャワー」や「更衣工程」が極めて厳格である。入室前に人は下記のステップを踏むのが一般的である:
1. 私服からインナーウェアに着替える
2. 髪の毛を覆うキャップ、マスク、ゴーグルを装着
3. 無塵スーツ(クリーンウェア)を着用
4. エアシャワーで微粒子を吹き飛ばす(約20秒)
5. 二重扉を通過しクリーンゾーンへ入る
これらのプロセスを省略せず描くことで、SF世界における高度技術環境のリアリズムを補強できる。
■ クラスによる清浄度の違い
物語に応じてクリーンルームの清浄度を明確に意識すると説得力が高まる。以下は主な用途とクラスの対応:
・ISOクラス1〜3:次世代半導体、宇宙探査機のレンズ加工
・ISOクラス5〜7:製薬、生体培養、マイクロマシン製造
・ISOクラス8〜9:食品加工、一般の医療機器製造
より上位のクラスでは、空気の流れすら単方向で管理され、作業者の動きも制限される。描写では「層流」「HEPAフィルター」「陽圧/陰圧」などの用語も効果的に使える。
■ 無塵服と人物の挙動描写
無塵服は全身を覆い、肌や髪が一切外気に触れないよう設計されているため、以下のような点を描写すると臨場感が出る:
・通常の会話がこもって聞き取りづらい
・ゴーグルの曇りによる視界不良
・手袋越しの細かい操作の難しさ
・長時間作業による体温上昇と脱水リスク
こうした描写により、人物の心理や緊張感を効果的に伝えることができる。
■ クリーンルーム特有の機器構造
内部の家具や機器には角がなく、ホコリが溜まりにくい構造(R加工)が施されている。また、台車や工具には静電気防止処理、床には帯電防止マットが敷かれる。これらを活用することで、未来的かつ実在感のある技術空間として演出できる。
■ 汚染・事故・侵入の危機演出
SF作品では以下のような要素がドラマ性を生む:
・作業者の一瞬のミスで重大汚染
・細菌・ナノマシン・宇宙ウイルスの持ち込み
・外部からの侵入者が防護手順を省略
・空調異常やフィルター破損による清浄度の崩壊
こうした設定は感染SFやバイオスリラーと特に親和性が高い。
■ SF的拡張:ゼロGクリーンルーム/ナノ対応空間
宇宙開発においては微小重力下でも作業精度を保つ必要がある。そのため、以下のような要素がSFらしい差別化に繋がる:
・無重力でも「微粒子は滞留し続ける」問題への対応策
・浮遊するツールの制御(磁力固定、光トラップなど)
・ナノサイズの粒子制御に特化した超音波気流や静電バリア
これらは地球上のクリーンルームと明確に異なる未来像を提示できる。
■ 心理・社会的側面:孤独と偏執的衛生意識
クリーンルームは極端な衛生環境であり、作業者は「汚染への過敏反応」や「人間との接触忌避」に陥ることもある。SFではこの点を掘り下げることで以下のようなテーマに接続できる:
・クリーンルーム作業員のアイソレーションと精神不安
・汚染を“宗教的禁忌”のように恐れる科学者集団
・極端な清浄文化と外界文明との断絶
人間と機械、汚染と清浄、秩序と混沌という対立軸での演出が映える。
■ 締め
クリーンルームの描写は、単なる科学的背景としてではなく、SF世界における「清浄と制御」の象徴的な舞台装置として機能する。描写を丁寧に積み上げることで、現代技術の延長線上にあるリアリティを確保しつつ、未来世界の非日常性や緊張感を効果的に表現できる。特に「何を持ち込み、何を遮断するか」という設計思想を掘り下げることで、その世界における価値観や危機意識を反映させることが可能となる。SF創作においてクリーンルームの活用は、舞台設定としても象徴演出としても、大きな可能性を秘めている。




