バナナが絶滅したら？
◤SF設定考察メモ◢
■ 概要
もし、バナナが完全に絶滅したら？
21世紀初頭、世界で最も流通する果物の一つであったバナナは、その9割以上が単一の栽培種「キャヴェンディッシュ種」に依存していた。その均質性ゆえ、土壌感染性のパナマ病TR4（Tropical Race 4）という真菌に対して極端に脆弱であり、複数の専門家が絶滅の可能性を警告していた。そして仮にこの懸念が現実となり、バナナが地球上から姿を消したとき、世界経済、農業、文化にどのような波紋が広がるのか――本考察では、その未来像を多角的に検討する。
■ 用語解説
・キャヴェンディッシュ種：
現在流通しているバナナの商業栽培種。全個体がほぼクローンであり、
病害に対して遺伝的多様性が乏しい。味や輸送性には優れるが、進化的には脆弱。
・パナマ病TR4：
フザリウム属の真菌による土壌感染性病害。
感染後は農地の再利用が困難となるため、甚大な被害をもたらす。
キャヴェンディッシュ種に対しては致命的な効果を持つ。
・バナナ共和国：
20世紀においてバナナの輸出に依存し、
外資系企業による支配と政治的混乱を経験した中南米諸国に対する皮肉的呼称。
■ 予想される影響
1. 食料価格の高騰と代替作物への転換
・年間1億トン以上消費されていたバナナが消失し、特に発展途上国では主食レベルの打撃。
・バナナを安価なエネルギー源と見なしていた層にとっては、日常の栄養供給が困難となる。
・多国籍企業は代替作物（プランテン、ジャックフルーツ、サツマイモなど）の
大量生産へシフト。
2. 中南米経済の打撃と政情不安
・エクアドルやコスタリカなど、バナナ輸出依存国では失業と国家財政悪化が深刻化。
・農地の奪い合いをめぐって麻薬カルテルや武装勢力の勢力拡大。
・移民・難民の大量流出と、それに伴う国際的な緊張の高まり。
3. 遺伝資源保存と農業の遺伝子多様化運動の加速
・FAO（国連食糧農業機関）は世界各地の農産物の遺伝資源保護を強化。
・CRISPR等の遺伝子編集技術による耐病性バナナ再生プロジェクトが始動。
・商業農業における「多様性」が重要性を増し、単一品種依存の構造が問い直される。
■ 未来予想
1. 2050年代：「バナナのない子どもたち」の世代
かつてはどの家庭にもあったバナナが完全に姿を消す時代が訪れる。学校給食、スムージー、スポーツ栄養食品など日常の中にあった風景からバナナが消え、「バナナ味」の人工香料のみが名残として残る。本物のバナナを知らない世代が誕生し、人工的に作られた「培養バナナ」が市場に登場するも、価格は高騰し、富裕層の嗜好品として扱われるようになる。
2. 2070年代：新種「ノヴァ・バナナ」の登場
インドネシアの伝統種とアフリカの野生種を組み合わせた新しい遺伝子組み換え品種「ノヴァ・バナナ」が開発される。TR4への耐性を持ちつつ、遺伝的多様性の確保のために種子を持つ形で設計され、無性繁殖からの脱却を図る。この新種は環境適応性と風味のバランスを備え、徐々に市場に復帰していくが、かつてのような「どこにでもある果物」としての地位には戻らない。
3. 2100年代：「食の記憶」アーカイブ計画
「かつて存在した食べ物」を保存するプロジェクトとして、国際食文化遺産機構（IFHCI）が発足。バナナの香りや食感、調理法をデジタルアーカイブ化し、ナノテクノロジーやバイオ再構築技術によって「記憶としての食文化」を再現する試みが始まる。失われた食材を、感覚的・情緒的に再生し、未来の人々にその文化的意味を伝える取り組みが進む。
■ 締め
バナナの絶滅は、単なる果物の喪失ではない。それは、人類が自然多様性の軽視とグローバル経済の効率性を追求した結果として突きつけられる「農業の限界」の象徴である。かつて当たり前にあった存在が消えたとき、私たちはその裏にあった進化、生態系、文化の織りなす複雑なネットワークに初めて気づく。バナナのいない世界が私たちに突きつけるのは、種の多様性、地域経済、そして食文化の記憶をどう守るかという問いだ。その答えを未来に委ねることなく、今ここで考えるべきなのかもしれない。
