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イネをC4植物化できたら?

◤SF設定考察メモ◢



■ 概要


もしイネがC4植物のような高効率の光合成を行えるようになったら──それは、農業生産性・水資源・食料安全保障に革命的な影響をもたらすだろう。現代のイネはC3植物に分類され、光呼吸による損失や水分蒸散の多さが問題とされている。一方で、C4植物は高温・乾燥環境でも高い生産性を維持する。C4イネの開発は、気候変動時代における次世代作物として、アジア・アフリカの食糧システムを根本から変える可能性を秘めている。



■ 用語解説


・C3植物

 通常の光合成経路を用いる植物で、

 最初に炭素3つの化合物(3-ホスホグリセリン酸)を生成する。

 RubisCOという酵素を使ってCO₂を直接固定するが、

 高温下では光呼吸が増加し効率が落ちる。イネ、小麦、大豆などが該当。


・C4植物

 光合成の前段階でCO₂を4炭素化合物として固定し、

 葉の内部構造で再固定する特殊な光合成経路を持つ植物。

 高温・乾燥環境に強く、水・窒素の利用効率も高い。

 トウモロコシ、サトウキビなどが代表。


・C4 Rice Project

 国際稲研究所(IRRI)を中心に進行中の研究プロジェクトで、

 C3植物であるイネにC4光合成経路を導入しようとする試み。

 数十の遺伝子導入や葉構造の改変が必要とされ、まだ完全な実用化には至っていない。



■ 予想される影響


1. 光合成効率の飛躍的向上


・C4化により、光合成効率が最大50%向上する可能性。

・同じ面積での収穫量が劇的に増加し、農地面積の削減も可能に。

・CO₂固定量の増加により、間接的に温暖化緩和効果も。


2. 水利用効率と耐乾性の改善


・気孔の開きが小さくなり、蒸散量が大幅に減少。

・乾燥地でも稲作が成立し、中東・アフリカでの普及が期待される。

・灌漑の必要性が減り、水資源との競合も緩和される。


3. 農業インフラと技術体系の再編


・水田中心の農法から、乾田稲作への転換が進行。

・農機具・播種法・収穫体系の刷新が必要に。

・棚田や低湿地が放棄され、新たな農業景観が登場する。


4. 生態系・文化・食生活への影響


水田生態系メダカ・ゲンゴロウ・トンボなどの激減。

・「田園風景」や「水田文化」の象徴性の低下。

・乾地米が主流化すれば、味・香り・食感の再評価が起こる可能性も。


5. 遺伝子組換えと社会的受容性の課題


・C4イネは複数遺伝子の導入が必要で、GMOとしての扱いを受ける。

・消費者・生産者・各国政府による受容性に大きなばらつきがある。

・特許や技術支配を巡る政治的対立が起こる可能性も。



■ 未来予想


1. 食糧覇権の逆転とC4作物の支配


2050年代、平均気温が3℃上昇した世界で、従来のC3作物は激減。

アジア・アフリカではC4イネが主食の座を奪取し、「耐熱稲」が新たな作物覇権を握る。日本では水田が消滅し、米文化が根底から変化する。

→ 伝統料理の変容、食文化の再編が進行。


2. “光合成特権階級”とバイオ独占社会


C4化されたイネは高度な遺伝子操作を要し、種子企業による独占が進行。

C3イネは「劣等作物」とされ、農家・国家間の格差が拡大。

→ 遺伝子改変作物への反発が新たな反グローバリズム運動を生む。


3. 環境適応の限界と暴走リスク


C4イネの葉構造や酵素系が花粉を通じて野生種に伝播。

局所的にC4光合成を持つ野草が拡大し、生態系に混乱をもたらす。

→ ドローンによる「C4野生種」のモニタリングや抑制システムが登場。


4. 光合成格差による地政学の再編


C4植物に適した地域が農業優位となり、「C4圏」と「C3圏」が分断される。

農業適地が国際的戦略資源とみなされ、食糧を巡る新たな地政学が勃発。

→ 国境線は“光合成マップ”に基づいて再設計される時代へ。



■ 締め


イネのC4化は単なる農業技術の進化にとどまらず、文化・生態・経済・政治の多層的な変化を引き起こす可能性がある。技術革新がもたらす恩恵と、それに伴う新たな課題をどうバランスさせるか──この問いこそが、未来の農業と人類社会に課せられたテーマである。



■ 補足:イネコムギ


2022年、東京都立大学生命科学科の岡本龍史教授らは、異なる亜科間での雑種化が困難とされてきたイネとコムギ(いずれもC3植物)を顕微授精により融合し、世界初の“Cybrid植物”の作出に成功した。本研究では、イネとコムギの配偶子を電気融合により一体化した従来型1:1の雑種胚は発生不全に陥ったが、コムギ卵細胞も加えた「異質倍数性受精卵」により、核ゲノムをコムギ、細胞質ゲノムを両者混合とするCybrid植物の生成が可能であった。


このCybrid植物は基本的にコムギの外見・特性を保持しつつ、イネ由来のミトコンドリア・葉緑体を細胞質に有する点で特異性を示す。その結果、冠水耐性や高温耐性、開花遅延等の形質を示し、コムギには本来存在しない湿潤環境下での生育能力や39℃処理後でも発芽可能な耐熱性が観察された。また、開花時期の遅延は生育域の地理的拡大にも寄与し得る可能性を示唆した。


さらに、本手法は遺伝子組換え技術には該当せず、国内外での規制を回避しつつ品種開発が可能である点に大きな利点があると評価される。加えて、イネ科植物には高光合成能力や乾燥耐性を有する遺伝資源が豊富であり、本研究で確立されたCybrid技術を最重要三大穀物(コムギ、イネ、トウモロコシ)へ応用することにより、環境ストレス耐性の高い新品種開発の道を拓くものと考えられる。


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