脳波計測描写で気をつけるべきポイント
◤SF設定考察メモ◢
■ 概要
脳波計測(Electroencephalography, EEG)は、非侵襲的に脳の電気活動を検出する手法として、現代医療・神経科学に広く用いられている。SF作品でも、精神状態の把握、意識の読取、認知活動の監視といった形でしばしば描写されるが、実際の科学的制約とは乖離した表現が多い。本稿では、脳波計測の科学的基礎、描写における留意点、そしてよくある誤解とその回避法について整理する。
■ 用語解説
・脳波(Electroencephalogram)
脳の神経細胞が発する電気信号を、頭皮上に装着した電極で捉えた電位差。
ミリボルト〜マイクロボルトの微弱な信号を、
高感度アンプとノイズ除去処理を通じて記録する。
・周波数帯域
脳波は主に以下のように分類される:
・デルタ波(0.5〜4Hz):深い睡眠状態
・シータ波(4〜8Hz):浅い睡眠、瞑想
・アルファ波(8〜13Hz):安静、リラックス
・ベータ波(13〜30Hz):集中、覚醒
・ガンマ波(30Hz〜):高度な認知活動
・脳波計(EEG装置)
多数の電極を配したキャップやシール型センサーを頭部に装着して計測する。
装着位置は国際10-20法が一般的。
■ 描写における科学的留意点
1. 時分解能は高いが空間分解能は低い
脳波計は1ミリ秒単位で電気信号を記録できるが、信号の発生源(脳内のどの部位か)を正確に特定するのは困難。脳全体の「どの領域が活性化しているか」を詳細に描くには、fMRIやMEGとの併用が必要である。EEG単独で「海馬が今反応した」などと描くのは誇張表現。
2. 脳波はノイズに極めて弱い
眼球運動、まばたき、顔面筋の収縮、心拍、電磁波(スマートフォンや蛍光灯)など、多くの要因が脳波信号に混入する。現実の研究現場では、被験者にリラックスさせ、目を閉じ、静かな環境で測定するのが原則。ラボに電子レンジを置くなどは御法度。
3. 情報の解像度は「思考の読取」には不十分
EEGで判別できるのは、せいぜい「眠い・興奮している・注意している」といった大まかな精神状態であり、「具体的に何を考えているか」や「嘘をついているか」といった情報は得られない。脳波から「真実を探知する」描写には慎重なリアリズムが求められる。
4. リアルな描写では装着準備に時間がかかる
電極装着には位置の調整・導電ジェルの塗布・ノイズ除去のためのインピーダンス調整が必要であり、簡易型であっても「被験者がヘルメットをかぶるだけで即座に測定可能」な状況は現実的ではない。
■ ありがちな誤解とその回避策
1. 誤解:「脳波で嘘が分かる」
→実際には、脳波による嘘発見は現時点で確立していない。ポリグラフ(心拍・皮膚電気反応)と混同しているケースが多い。描写するなら「緊張や注意喚起の兆候を示す」程度に留めるべき。
2. 誤解:「脳波で記憶を読み出せる」
→記憶の想起に伴う脳波のパターンは存在するが、内容の具体的な読取は不可能。これを描写する場合、fMRIとの併用や脳内データベースの概念(ただしこれはSF的領域)を明確に導入すべき。
3. 誤解:「個人ごとの脳波パターンは完全に識別可能」
→ある程度の個人差はあるが、指紋のように一意に個体を識別できるレベルではない。生体認証的描写に使う場合は、補助的な要素(脳波×反応時間×課題遂行パターン)を合わせた複合認証として扱うと現実味が出る。
4. 誤解:「1つの脳波から感情を断定できる」
→感情状態は複雑な神経活動の結果であり、複数の脳波帯域の総合的な変化から推測される。1種類の波形(例:ベータ波の上昇)だけで「怒っている」などと描くのは単純化が過ぎる。
■ 現実的な演出の工夫
・場面のトーンを活かす
科学的限界を逆手に取り、「信号が混ざっていて正確に読めない」「解析に時間がかかる」「被験者の緊張でノイズが増えている」など、ドラマ性と現実性のバランスをとる描写が可能。
・専門用語は慎重に使う
「アルファ波が減少しているからリラックスできていないようだ」など、既知の関係に沿った発言は自然でリアル。逆に「脳波でその人が裏切り者だと分かる」などは一線を越えてしまう。
・補助的なセンサーとの連携
脳波単独で全てを解析するのではなく、眼球運動計測(EOG)、筋電計(EMG)、心拍変動(HRV)などと連携させ、「生理的反応の一つとしての脳波」として描くと説得力が高まる。
■ 締め
脳波計測は、脳活動を非侵襲的に可視化する手段として現代科学において重要なツールであるが、その限界やノイズへの脆弱性、解釈の困難さを正確に理解して描写することが求められる。
特に「感情の読取」「思考の解読」といった表現は、現実的には極めて難しく、誤解を招きやすい。科学的リアリズムを重視した物語では、脳波計測を「完璧な真理探知機」としてではなく、「あくまで間接的な脳活動の指標」として慎重に扱うことで、描写に深みと信憑性が加わる。SF的発展形を描く前段階として、現代科学のリアルを押さえておくことが重要である。




