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【全306話】SF設定考証集  作者: 技術コモン
メディカル領域
107/307

液体呼吸は実現可能なの?

◤SF設定考察メモ◢



■ 概要


液体呼吸とは、呼吸媒体として気体(空気)ではなく酸素を溶解させた液体、主に過フッ素化炭化物(PFC: Perfluorocarbon)を肺に満たし、そこから酸素を取り込む呼吸方式を指す。理論的にはすでに成立しており、1970年代以降、医療・動物実験の分野で限定的な成果が挙げられている。


現在のところ、人間が液体呼吸を実用レベルで長時間維持するにはいくつかの技術的・生理的課題が残るものの、深海潜水や宇宙空間での極限加速環境への適応、火災や高圧環境における脱出技術などへの応用が期待されている。


SFにおいては、過酷な環境下での生存・作業を可能にする技術として頻出し、「肺を液体で満たす」という生理的恐怖感と先進技術感が合わさった印象的なギミックとして描かれることが多い。



■ 用語解説


・過フッ素化炭化物(PFC)

 高い酸素溶解能を持つ液体で、化学的に安定かつ無毒。液体呼吸媒体の最有力候補。


・部分液体呼吸(Partial Liquid Ventilation)

 肺の一部にPFCを満たしつつ、人工呼吸器によって酸素供給を補う方式。

 新生児の呼吸障害治療などで実験的に使用されている。


・完全液体呼吸(Total Liquid Ventilation)

 肺全体を液体で満たし、機械的に液体を循環させて酸素と二酸化炭素の交換を行う方式。

 人間では未実現。



■ 安全性


・機械的循環装置の問題

 液体呼吸を維持するには、外部装置による精密な循環制御が必須である。現行の人工呼吸装置では、液体の粘性や温度制御に十分対応できておらず、臨床応用には慎重な対応が求められる。


・CO₂排出の困難

 PFCは酸素の溶解度は高いが、二酸化炭素の除去効率は空気より劣る。このため、CO₂蓄積による中毒リスクが高く、排出機構の高度な工学的対応が必要となる。


・生理的ストレス

 肺に液体が入る感覚は人間の自然な呼吸反射に強く反する。心理的なパニックや咳反射、液体の誤嚥による肺損傷リスクが高いため、精神面も含めた全身管理が不可欠である。


・温度管理

 肺内部の液体は37℃前後に保つ必要があり、液体の冷却や加温、体温とのバランス維持のための恒温機構が必要になる。



■ メンテナンス性


・媒体液の管理と交換

 PFCは高価かつ化学的安定性が高いため再利用が前提とされるが、使用中に不純物や代謝産物が混入するため、定期的な浄化・交換が必要である。


・装置の消毒と清浄化

 液体呼吸システムは微生物汚染のリスクが高く、装置内のチューブや肺循環系の徹底した消毒が必要となる。閉鎖循環式ではそのメンテナンス頻度は高い。


・装着者ごとの個別対応

 呼吸力、体温、肺容積など個人差が大きいため、装置のパラメータ設定やメンテナンススケジュールも対象ごとに最適化が必要である。



■ コスト


・PFC製造コストの高さ

 過フッ素化炭化物は製造工程が特殊で高コストである。特に医療グレードの純度を保つ場合、数リットルで数十万円以上の費用がかかる場合もある。


・装置の大型化・複雑化

 液体の加圧循環、温度管理、酸素/CO₂管理など複雑なサブシステムを統合する必要があり、装置は高価かつ重量がかさむ。持ち運びには不向き。


・運用コストの継続性

 液体の管理、機械のメンテナンス、装着者の監視など、単回使用では済まず、長期的には医療チームと設備環境の維持が不可欠である。



■ 締め


液体呼吸技術は現段階では人間への長期適用には多くの壁があるが、臨床的には新生児呼吸治療や極限環境下での一時的使用において希望を見出しつつある。今後の工学的・生理学的進展によって、火災現場での救命、深海潜行、宇宙飛行時の加速耐性向上といった用途に道が開けるかもしれない。


SF的には、人類が液体に沈みながらなお意識を保ち、未知の環境へと踏み込む「境界の体験」として極めて魅力的なモチーフであり続けるだろう。液体呼吸は、単なる技術以上に、「生物の形を変えずに未知に適応する」という人類の可能性そのものを象徴している。


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