とあるウイルス
「どうだ。惑星番号BEー199の進展具合は? そろそろじゃないのかね?」
大宇宙連合・惑星征服局の主任が、担当オフィスにいた担当者に尋ねる。
「えぇ、そうですね。様子を見てみましょうか」
担当者は、空中に浮かぶモニターを手元へ引き寄せ、操作をし始めた。
「……まだかね。私は忙しいのだが」
モニターをあれこれといじる担当者を横目に、主任がイラつく。というのも、彼は多くの星の制服を担当させられており、実際の所、辺境惑星に割く時間なんて余りないのであった。
しかし、そこは悲しき役人魂。たとえ取るに足らない仕事でも、失敗すれば途端に勤務評定響いてしまう。どんな仕事にも誠心誠意向きあっているというポーズを見せておかないと、つつがない公務員生活を送るのは不可能なのだ。
「あぁ、そろそろ最終段階ですね。いや、この星には苦労しました」
担当者が、愚痴をこぼす。どうせ征服作戦が成功しても、結局は主任の手柄になってしまうのである。少しくらい話を聞いてもらっても、バチは当たるまいと彼は思った。
「ご存じのように、経費節減の折り、古き良き時代よろしく、惑星征服の為に大艦隊を差し向けるなんて真似は出来ません。そんな事をすれば、途端に国会で追及されてしまいます」
担当者の口ぶりに「こりゃ、長くなりそうだ」と主任は考えたが、ここは下手に出ようと決めた。「そんな話を聞いている時間はない。さっさと結論を話したまえ」なんて言おうものなら、途端にパワハラで訴えられてしまう。あと五年で定年を迎える彼としては、我慢して聞くほかない。
「そこで提唱されたのが、こちらは最低限の手出しにとどめ、その星の住人たちに自滅してもらうという、新しいメソッドです」
「あぁ、そうだったね。我らは最後の最後に少数の艦隊で当地へ向かい、残った住民を駆逐したあと資源を根こそぎ略奪……、もとい回収する」
「そうですとも。そして今回、惑星BE-199に適用されたのが、最も新しい方法である、ウイルスを使ったプロジエクトです」
主任の諦め顔を見た担当者は、更に饒舌になった。
「確か”差別ウイルス”とか言ったっけ」
「はい、正にその通り。さすが主任殿。良くわかっていらっしゃる」
担当者は、そのウイルスをモニタへと大写しにする。それはまるで、おぞましい顔に、手足と角と羽根が生えたような姿をしていた。
「このウイルスの力は、住人たちに差別の心を植えつける、もしくは元々ある差別意識を極端に増幅させるってものだろう? 結果、争いを起こさせて自滅させる……。
だがな、それは如何にも、まどろっこしくないか?」
主任は、かねてから抱いてきた疑問を、担当者にぶつけてみる。
「ほう? それはどういう」
自分の仕事に、ケチをつけられたと感じた担当者の声が、一段低くなった。
「だってさ。ウイルスを使うなら、星の人間を残らず死に至らしめるウイルスを撒けば済む話じゃないか。その方が、よっぽど効率的……、いや最近ではタイパとか言うんだっけか」
主任が少し照れながら、おぼえたての若者言葉を使う。
「何をおっしゃいます!それでは、余りにも非人道的ではありませんか。今どきそんな事をすれば、偽善にかられた市民団体が黙っちゃいませんよ。おわかりではないんですか?」
”せっかく人が苦労して、役所が非難されない方法を考えているのに”と、言わんばかりに担当者は語気を荒げた。
「し、しかしね、君。殺し合いを誘発させる方が、非人道的だと思うのだが……」
担当者の予期しない反応に、主任がたじろぐ。
「いいですか主任。殺人ウイルスをばら撒けば、それは正にこちらが一方的に殺戮を行う事になります。
しかし差別ウイルスの場合、それは直接惑星人を殺しません。あくまで殺戮を犯すのは、その星の住人達です。私たちは、ちょっと背中を押すだけですよ。
言うなれば、惑星人たちの自己責任です。特に今のXYZ世代は、そういったところシビアですからね。きちんと、見極めねばなりません」
宇宙の果てにある役所の一室で、正論とも屁理屈ともつかぬ議論が展開された。
「う~ん。それで、本当に進行具合はどうなんだね」
不毛な議論を打ち切りにすべく、主任が論点をそらしにかかる。
「いや、それがですね。意外と手こずりました」
担当者の言葉を聞き、主任の心には一抹の不安がよぎった。
上手くいってなかったら、私の勤務評定に響くじゃないか。
その言葉が喉元まで出たものの、主任は努めて冷静な口調で、
「計画通りに、行っていないのかね?」
と、恐る恐る担当者に尋ねる。
「いえ、ご心配なく。総合的に見れば上手くいっていますよ。
少々難儀だったのが、惑星人が元々抱いている”友愛”とか”平等”の意識です。これがウイルスの進行を妨げる、まるでワクチンのような役割を果たしていたのですね」
担当者は、普段から気に食わないと感じていた主任をいたぶるように説明した。
「じゃぁ、失敗か?」
主任の心が、不安に高鳴っていく。
冗談じゃないぞ。ここで勤務評定が落ちたら、女房になんて言い訳するんだ。定年まであと五年だっていうのに、熟年離婚でもされたら俺の老後はいったい……。
主任は祈るような気持で、担当者を見つめた。
「ご心配なくと言ったでしょう? いやなに、多少ウイルスを活性化させる措置、肌の色とか、宗教とかを刺激したら、途端に差別ウイルスは惑星中に蔓延しましたよ」
「じゃ、じゃぁ……」
主任の目が、期待に輝く。
「えぇ。その結果、この星で一番の大国に、超差別主義を旨とする指導者が誕生しました。それも、クーデターなどで政権を奪ったわけではありません。極めて民主的なやり方で、トップの座に着きました。
これは紛れもなく、ウイルスのおかげでしょう」
「ふん、ふん。それで?」
担当者は、グイッと身を乗り出す主任に向かって、
「その国では指導者が、星全体を死滅させる威力を持った兵器を、自由に使用する権限をもっておりましてね。
あぁ、ほら、ご覧なさい。差別ウイルスに侵されて、末期症状になったその指導者が、兵器を発射するボタンに指をかけたようですよ」
と、極小の虫型スパイロボから送られてくる映像を見せた。
彼がモニタをひったくるように取り上げ凝視する中、担当者は、別のモニターを幾つも出現させ、星の全体像を把握する事に腐心する。
「あぁ。惑星全土に、死の兵器が飛び交ってますね。これで九割方、作戦は成功ですよ。おめでとうございます、主任」
胸をなでおろす主任を尻目に、担当者は何とも言えない優越感にひたった。
「良くやった。それじゃぁ私は、部長へ報告してくるよ。あ、そうそう。この惑星番号BE-199、惑星人が自ら呼んでいる名前だけど、何だっけ? 報告書では、データが欠落しているみたいでさ」
主任の言葉に、やれやれという顔をした担当者が、モニターを操作する。
「えぇっと”デンタルス”ですね。惑星デンタルス」
担当者が”もう興味はないや”と、言わんばかりの面倒くさそうな口調で言った。主任はその名をタブレットに書き込むと、気難しい上司の元へと赴くために、そそくさと居心地の悪い部屋を後にした。
宇宙の果ての一幕である。
ふふっ。皆さん、惑星の名は「地球」だと思ったでしょ? ただね。今、私たちの星に、彼らの魔の手が伸びていないって、誰が言えるんでしょうかね。
【終わり】