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ぼっち令嬢と異能公爵様

作者: 夢子

「見て見て、今日もぼっち令嬢が来てるわよ」


 王城で開催された盛大な夜会の場に、古ぼけた紺色のドレスを纏い、それと同じ色合いの紺の髪で瞳を隠し、どこからどう見ても地味目な装いの令嬢が、自慢の衣装を着た令嬢たちからの失笑を買っている。


 彼女の名はバイオレット・ファントム。


 十七歳になったばかりの由緒正しきファントム伯爵家のご令嬢だが、野暮ったく常に一人ぼっちのバイオレットは周りから笑われ煙たがられる存在だ。


 夜会に出席してもいつも一人ぼっち。


 そんな彼女はいつしか揶揄いの意味も込めて『ぼっち令嬢』と呼ばれるようになっていた。



 

 バイオレットが八歳の時、両親が亡くなり叔父一家がファントム家にやって来た。


 これまで叔父とは数えるほどしか顔を合わせたことがなかったバイオレット。


 両親の死への悲しみも消えないうちに、屋敷に来て騒ぎ出した叔父には驚くしかなかった。


「これからはこの屋敷の主人は私だ! 私こそがファントム伯爵だ!」


 叔父であるモートンが宣言したその日から、一人娘だったバイオレットの生活は一変する。


 バイオレットはこれまでのように可愛く着飾ることは許されず、地味で何も出来ない女の子でいなければならなくなった。


 バイオレットや母のドレス、それに装飾品などは叔父の手によって全て売られてしまい、残ったものは祖母が着ていた時代遅れの古いものだけ。


 バイオレットは体に合わない祖母の衣装を自分の手でどうにかし、それを着て夜会に出るしかない。

 出たくないと思っても、それは我儘なことであり許されないことだった。


「はぁー、バイオレットったらその歳にもなってちゃんと身支度も出来ないの? なんて恥ずかしい子なのかしら、間もなく成人だとは思えないわねー。それに比べてウチのリリアの可愛らしいことといったらないわぁ……」


 バイオレットに付くメイドはいない。


 夜会へ行く準備も全て自分で行わなければならないのだが、それを見て叔母アリアは呆れた顔でため息を吐く。


「お母様、仕方がないわよ、この子、本当に出来損ないでダメな子だもの」


 メイド総動員で着飾ったリリアがバイオレットを見て笑う。


 自分との格差が大きく、バイオレットが惨めであるほど嬉しいようだ。


「本当に恥ずかしい子ねぇ、一緒にいるのが嫌になるわ」


「……」


 バイオレットは常に従妹のリリアの引き立て役でいなければならなかった。


 リリアこそがファントム伯爵家のご令嬢。

 そしてバイオレットはファントム伯爵家の厄介者。


 ファントム伯爵家の常識は叔父一家が来てからそうなってしまった。


 今までバイオレットに付いていた使用人や家庭教師などは全て従妹であるリリアの物となり、当然バイオレットの部屋や私物もリリアの物へと変わってしまった。


 バイオレットは屋敷の隅に追いやられ、成人したら出て行く前提で、屋敷内の一番小さな客室に住むことを許可された。


「バイオレット、貴女の紫色の目ってすごく気持ち悪いわ、人を呪っているみたいよ」


 リリアがバイオレットの瞳を怖がるようになり、叔父からは目を晒すなと言われ前髪を伸ばした。


「バイオレットの声って耳障りが悪いわ、気分が悪くなるのよね」


 声を出すことも嫌がられバイオレットはその日から頷くだけとなった。


「まったく早く成人して出て行ってくれればいいのだが、こいつがいると屋敷内が暗くなる」


「あなた、あの子のことなど話題にするだけ無駄よ、可愛げなんてないんだから。私たちの好意でこの屋敷に住まわせてあげているのに感謝もしないんだから」


「ほんと、バイオレットっていてもいなくても変わらないんだから、せめて私の役には立って欲しいわよねー」


 叔父一家からは叩かられたりとあからさまな暴力などは無かったけれど、こうやってやり玉に上げられバイオレットの出来なささを責められた。


 それにリリアからは何かにつけてバイオレットへのダメ出しが入り、どこがダメとか、どこそこが気持ち悪いと言われ、バイオレットは出来るだけ目立たないように俯いて生活するようになった。


 年頃になり学園に通い出してもそんな生活が変わる筈はなく。


 時代遅れの上に体に合わない祖母の服を着てバイオレットは学園に通うしかなかった。

 リリアの言いつけ通り顔を隠し、誰とも喋らず俯いて歩くバイオレットは、同級生たちからの良い笑い物で格好の餌食だった。


 そんなこともあってかリリアは学園では気味の悪い従妹に優しい女の子だと言われ男の子たちにモテていた。


 「あの子は両親が亡くなって心を病んでしまった可哀想な子なの……」と同情した様子を見せ、周りからはリリアは心も見た目も綺麗な子だと褒められては喜んでいた。


 その為、今日の夜会の席でもバイオレットを心配するリリアは優しい令嬢だと注目を浴びている。

 その反対にバイオレットはその気遣いも分からない、そして周りの空気も読めない、気持ちの悪い令嬢だと周りから嫌悪されていた。


 だからと言って屋敷に引きこもり夜会に出ないことは許されない。


 叔父や叔母がバイオレットを娘と同じように可愛がっているのだと世間に知らせるいい機会だからだ。


「あの子は親を亡くしてからちょっと可笑しくなってしまったのですがねー、それでも何とか普通に過ごして欲しいとこうして夜会には連れ出しているですよ」


「でも、あの子は私が用意したドレスを着たがらなくて……祖母のドレスを好んで着るのです。困ったものですわ……」


 遠目にバイオレットを見ながら叔父叔母がそんな話を始める。


 ここでバイオレットが口を挟むことは許されず、出来るだけ叔父たちから見える場所に居なければならない。


「リリアもあの子に根気よく話しかけているのですが、全く取り合って貰えないようで……」


「お母様、バイオレットのことをそんな風に言わないで、あの子はまだ心に傷があるだけなの、いつか私の言葉も届くはずよ」


「まあ、リリア、貴女はなんて優しい子なの」


「リリアは本当に心が清いいい子だなぁー」


「お父様、お母様、恥ずかしいわ。こんなこと当たり前のことよ、だってバイオレットは大事な()なのだもの……」


 ここまでがいつもの夜会での流れだ。


 ヴァイオレットを蔑み、リリアを褒めたたえる。


 そして周りの者たちへと「リリアはいい子で優しい」と印象付けることが出来ればバイオレットの仕事は終わりとなる。


「私の夫にはメルヴィル公爵様か、ジャレッド王太子殿下が相応しいと思うの」


 そんな無理な高望みをするリリアのために、バイオレットはどの夜会でも『一人ぼっちが好きな可笑しな令嬢』を演じなければならなかった。





 夜会で十分に注目を集め始めた叔父一家から離れ、バイオレットは窓辺へ向かい誰もいないバルコニーへと出る。


 そこで深く息を吸い深呼吸をすれば、やっと一息つける。


 叔父、叔母やリリアからの目がない、このひと時が自分だけの時間となるのだ。


 バイオレットがバイオレットらしくいられる短い時間でもあった。


「バズ、もう大丈夫よ、出てらっしゃい」


 一人になったバイオレットが声を掛ければ、半透明な青ネズミが「チュウ」と鳴いて現れる。


 体はドブネズミサイズだが、色的にも存在的にもそれとは違う。


 体が透けて見えるネズミなど他の者には恐ろしい存在でしかないだろう。


「バズ、チーズは食べられた? 今日は王城の夜会だったから美味しいチーズが沢山あったでしょう?」


 バイオレットの問いかけにバズはまた「チュウ」と鳴く。


 人間と会話できる時点でバズがただのネズミではないことが分かる。


 このバズはバイオレットのたった一人の友達であり、生前チーズを食べそこねて死んだ幽霊でもあった。

  

 バズはチーズが大好きなため、それを理由にバイオレットが夜会へ出るときは必ず付いてきてくれるのだが、バイオレットはそれがバズの優しさであると良く分かっていた。



「へー、なるほど、その子は君の友達だったのか」


「えっ?」


 誰もいないバルコニーでバズとの会話を楽しみ過ごしていれば、背後からそんな声が聞こえバイオレットは驚いた。


 青年は興味深げにバイオレットとバズを見比べながらバイオレットの傍へ寄ってくる。


「やあ、こんばんは。ねえ、君、そのネズミは霊魂だろう? 凄いな、喋っているネズミなんて初めて見たよ。それが君の能力なのかな? 是非詳しく話を聞かせて欲しいよ」


 バズのことはバイオレットにしか見えないと思っていたけれど、どうやらこの青年にもバズのことが見えるらしい。


 その上幽霊であるバズと喋っているバイオレットを見ても驚きも気持ち悪い顔もしない。


 それよりも興味津々、そんな様子でバイオレットとバズへ笑顔を向けた。


「ねえ、君の名を聞いてもいいかな?」


 珍しいピンクブロンドの髪に新芽のような緑色の瞳を持ち、まるで作り物のような造形を持つ美形な青年がバイオレットに話しかける。


 多分間違いなければこの人がリリアが「素敵! 結婚して!」と噂していたメルヴィル公爵様だろう。


 バズを胸元で抱えたままバイオレットは言い淀む。


「あの……私は……」


 ここで自分の名を出してもしもリリアの耳にでも入ったら……この後何を言われるか分からない。


 だけど目上の相手に対し名乗らないことは不敬になる。


 どうしようかと困っているバイオレットの前、バズが「チュウ!」と強く鳴いた。


「ああ、そうだね、バズ、君の言うとおりだ。令嬢の名を聞くのならば先に私が名乗らなければ失礼だったね。これは失礼いたしました、バズが怒るのも当然だ」


「えっ……あの、貴方も、バズの言葉が分かるのですか……?」


 驚きすぎてバイオレットは思わずそんな言葉を掛けてしてしまう。


 バズが見える上に言葉まで分かる人など初めて会った。


 リリアへ見つかる恐怖よりもメルヴィル公爵への好奇心が買ってしまった。


 メルヴィル公爵はバイオレットに対し、夜会の男華と言われるその美貌を余すことなく使い微笑んだ。


「ああ、そうだよ、私はその子に、バズに引き寄せられてここに来たんだ。私の名はチェイス・メルヴィル。世間では異能公爵と呼ばれる能力者で、君の仲間だ」


「能力、者……?」


「ああ、君もその霊魂が、バズが見えるということは能力者なのだろう? 是非ともその名を聞かせてほしい、君の力を詳しく知りたいからね」


 異能公爵だと自分を呼んだチェイスにニコリと微笑まれ、バイオレットは理解する。


 この世界では特別な力を持った者が生まれることがあり、その存在は一目置かれる。


 能力者は異能者と呼ばれ高く評価されるのだが、チェイスがバイオレットも同じだと言ってくれたお陰で、バイオレットはこれまでの違和感に納得した。


 生きていないものを感じ見ることが出来るバイオレット。

 その姿を叔父一家は気持ち悪いと言い、気のせいだと言ってバイオレットを不当に扱ってきた。


 けれどバイオレットを変人だと言うのが間違いであり、自分はやっぱり異能者だったかと気づけバイオレットは安心できた。


「あ、あの、私は……」


 そこまで言いかけたところで「バイオレット!」と大きな声で名を呼ばれた。


 ハッとしテラスの入口へと視線を送れば、そこには怒りの表情を浮かべたリリアが立っていた。


 「何をやっているの……」と言いかけて、バイオレットの横に人影がいることに気が付いたリリアは表情を取り繕う。


 そしてその相手が憧れのメルヴィル公爵であるチェイスだと気づけば、嬉々とした表情を浮かべた。


「ま、まぁああ! メルヴィル公爵様ではございませんか! チェイス様が何故こんな所に?!」


 公爵であるチェイスの許しも得ず、リリアはチェイスの名を呼び話しかける。


 それもヴァイオレットの横に来てドンッとヴァイオレットを押し退けての行動だ。


 笑顔を浮かべながらもその無礼な振る舞いにチェイスの目が冷たくなった。


「君はーー」


「はい、私はファントム伯爵家が娘、リリア・ファントムと申します。チェイス様にお声がけいただけるだなんて夢のようですわ。是非これからも仲良くしてくださいませ」


 チェイスの言葉を遮るようにリリアがずいっと前に出る。


 その時ヴァイオレットの足を踏み、邪魔だ出て行けと器用に指示を出すのも忘れない。


「あ、あの……私は、その、失礼します」


「あっ! 君!」


 バイオレットはチェイスに深く頭を下げ、その場から逃げるように駆け出した。


 チェイスが 「ちょっとまって!」 とバイオレットを呼び止める声が聞こえたが、リリアが 「あの子は人見知りですのよ」 とそれを止めていた。


 会場から出て、バイオレットは一人で先に馬車に乗り込む。


 深呼吸をし、心を落ち着かせるとバズを呼び出した。


「バズ、聞いた、あの方も貴方が見えるんだって」


「チュウ!」


「それに、私のことも、気味悪がったりしなくて、仲間だと言ってくれたわ」


「チュウ!」


 夜会を楽しんでいる叔父一家はまだ馬車には戻って来ないだろう。

 それにリリアは念願だったチェイスと知り合えたのだ、このチャンスを逃がすとは思えない。

 きっと今夜の夜会は遅くなるだろう。


 その間、誰とも顔を合わせず、バズと気兼ねなく会話をするのならばこの場所が一番いい。


「あの方、こんな私と話がしたいと言って下さったわ……」


 同じ能力者と会い嬉しさで興奮するバイオレット。


 だが次の瞬間その紫の瞳に影が差す。


 この先の未来が分かっているからだ。


「……でもそれも今日だけのことね、きっと普段の私を見たら公爵様は失望されるわ。次に会ったら仲間だとは言って貰えないかもしれないわよね……」 


「チュウ~ン」


 異能だとバイオレットを認めてくれたチェイスは、きっと今頃リリアに色々な話を吹き込まれぼっち令嬢であるバイオレットを毛嫌いしていることだろう。


 普段のバイオレットは夜会とは比べ物にならない程みすぼらしい格好だ。


 奴隷だと言われても信じてしまうだろう。


 チェイスだって話をしたい気持ちなど無くなるに決まっている。


 それにバイオレットは世間から一人ぼっちの令嬢だと、友人もいない嫌われものの令嬢だと、そう見られてもいる。


(仲間だと言って下さったけれど、それも今日だけのことよね……)


 仲間と認めてくれたチェイスに嫌われる瞬間を、あの場で見聞きすることはバイオレットには耐えられなかった。


 誰とも関わることなどせず一人ぼっちでいることは、バイオレットの心の安寧のためでもあるのだった。




★★★





「ジャレッド、やっと仲間を見つけたぞ、凄い力を持つ女の子だ!」


 夜会が終わり、チェイスは王城内にある従兄の部屋を遠慮なく尋ねた。


 夜会の衣装を着替え終わり、寛ごうとしていた王太子のジャレットは興奮気味の従兄の登場に目を丸くした。


「チェイス、君がそこまで興奮するだなんて珍しいな、その仲間という女の子はどこのご令嬢だ?」


「ああ、ファントム家のご令嬢らしい、本人から名前は聞けなかったが、彼女の姉だという女からはバイオレットという名を聞いた。その名の通り紫の瞳と紺色の髪を持つ美しいご令嬢だったよ。その上姉とは違って奥ゆかしさもあって可愛らしかった」


「……ファントム伯爵家の……姉……だって?」


「ああ、二人姉妹らしい」


 ジャレッドはふむと頷くと、自身のデスクに向かい厳重にカギがされている引き出しを開ける。


 そこから厚みのあるノートを取り出し、パラパラとめくりだした。


「うん、やっぱりファントム伯爵家の子は能力者じゃないと検査結果に出ているね」


「はっ? だが俺は実際に見たぞ、彼女は絶対に能力者だ。この俺が見たんだ間違いない」


「うん、そうだよね、君が間違えるはずがない。チェイスの話が本当ならば検査が可笑しいことになる。それにファントム伯爵家の子で検査を受けたのは一人だ、リリアという名の少女だけ……まあ、十年も前の話だから今は少女ではないと思うけれど……」


「どういうことだ、あの五月蠅い女はバイオレット嬢の姉だと名乗っていたが?」


「うん、可笑しいよね、それに能力検査は貴族の義務だ。それを受けないとなると王家への反抗ともみなされるのだけどねー」


 笑顔ながらも鋭い目つきで言葉を発するジャレッド。


 能力者は国の宝であり、大切な逸材だ。


 それを隠そうとするファントム伯爵家に不信感を持った。


「ファントム伯爵家か……少し調べてみる必要がありそうだね」


「ああ、彼女のためにも徹底的に調べようじゃないか、俺も力を貸すぞ」


 ニコリと笑い合うジャレッドとチェイス、共通の敵を前に二人の目がギラリと光る。


「バイオレット嬢か、君が夢中になるほどの令嬢だ、きっと素晴らしい女性なんだろうねー」


「ああ、菫の精のように可愛らしいご令嬢だ。能力についてバイオレット嬢と話し合う日が今から楽しみで仕方がないよ」


 王太子にも公爵にもその名を知られ、思わぬ大事になっているのことをこの時のバイオレットは気づいていなかった。




★★★




 それから一か月後、王城でまた夜会が開催されることになった。


 王太子の名で直接書かれた招待状が届いたファントム伯爵家は大騒ぎだ。


「きっと私が王太子妃に選ばれるのよ! その為の夜会なのよ!」


 中途半端な淑女教育で止まっているリリアは夢心地だ。

 王太子妃が教養もない伯爵令嬢に務まるはずがない。


 けれどリリアは本気で王太子妃になれると思っている。

 これまで地味なバイオレットを比較相手とし褒められたことしかないリリアは、自分が美しく聡明であると自信があるのだ。


 だからリリアはもっと美しい女性も、賢い女性もいることに気づかない。

 バイオレットを使って自分が主役で幸せな世界を作って来たからだ。

 その上この屋敷でそのことを指摘するものなどいなかった。


「ああ、でもメルヴィル公爵様とも出会ってしまったの……お母様どうしましょう、仲の良いお二人が私のせいで喧嘩してしまうかもしれないわ」


「まあ、リリア、それはしょうがないことよ。貴女が美しすぎるのだもの、仕方がないわ。よく考えてメルヴィル公爵様でも王太子様でも貴女の好きな方を選びなさい。ファントム家は貴女の子供に継がせればいいのだから」


「お母様……」


 夜会の招待状が届いただけでここまで盛り上がる母と娘。

 本来それを諫めなければならない当主モートンはそんな二人の様子を見てにんまりと笑い頷いている。


(王太子妃でも公爵夫人で支度金は大金となる、ファントム家は安泰だな)


 夜会の日、新しいドレスを準備しリリアは派手に着飾った。


 父親であるモートンも母親であるアリアも豪華な装いのため、祖母のドレスを着ているバイオレットが益々悪目立ちする。


「なんでバイオレットも一緒なのよ、今日は留守番でも良かったじゃない」


 一人だけ葬儀にでも出るような装いのバイオレットを見てリリアが顔をしかめる。

 普段自分の価値を高めるためにバイオレットを使っているが、今日は王太子妃に指名される夜会のため、バイオレットが自分の家族であるとそう思われることに不満があるようだ。

 自分勝手すぎる思考だが、モートンもアリアもその意見こそ正しいと言うかのように頷く。


「家族全員でと指定がなければお前は連れてこなかったのだがな」


「いい、バイオレット、くれぐれもリリアの邪魔をしないで頂戴ね。貴女は会場についたら私たちの目の届かない場所に行くのよ」


「……」


 言葉を発さず頷くバイオレットを見てモートンたちは満足げだ。


「今夜はウチのリリアが主役だからな!」


 モートンがそんなことを言い切れば丁度王城が見えてきた。

 バイオレット以外のファントム家の者たちの頬が緩む。


 自分たちこそ主役。


 その顔にはそう書いてあるようだった。




 王城に着くと、バイオレット以外の者たちは会場の中へ進み、顔見知りの者たちとの挨拶を交わす。

 気分が高まりすぎた叔父一家は指定の時間よりもだいぶ早く着いたようだ。

 だがご機嫌な様子でまだ人がまばらな会場へ足を進める。


 けれどバイオレットはすぐに壁の花となった。

 今日はワザと目立ちリリアの引き立て役を演じる必要が無いため出来るだけ目立たない場所へと逃げた。


「チュウ!」


「バズ?」


 そんなバイオレットの前に人間嫌いなはずのバズが現れた。

 目立たない場所にいるがバイオレットのいる場所は一応会場内。

 バイオレットは友人の姿が見えないよう念のため体で隠す。


 半透明なため隠す必要がどこまであるか分からないし、バイオレットと同じようにバズが見えるものがいるかもわからないが、念には念を入れる。

 大騒ぎになることだけは避けなければならないからだ。


「チュウチュウチュウ」


「えっ? 行きたい場所があるからついて来いっていうの? でも私は……」


 この場に居なくては……と思ったけれど、今日のバイオレットに役目はない。

 ならばバズがチーズを探す手伝いをしても問題は無いはずだ。


 誰かに見つかり注意を受けたとしても、ぼっち令嬢と呼ばれるバイオレットならば一人になれる場所を探していたと言い逃れできる。


「分かったわ、バズ、案内して頂戴」


「チュウ!」


 バズの案内で城内の道を迷わず進む。

 バイオレットの姿を見かけても何故か誰も不振がる者はいない。


 まるでバイオレットが見えていない、存在していないかの状態で、流石にぼっち令嬢と呼ばれていても不自然さを感じる。


 もしかしたらバズの力かしら? そう思って声を掛ければ「チュウ!」とバイオレット自身の能力だと答えられた。


(一人でいる時間が長かったから存在を消す魔法でも覚えたのかしら……?)


 そんな疑問を抱えていると、城内の奥にある使用人たちの敷地についた。

 それもバズに案内された場所は最奥の部屋で、どんよりとした空気が流れている場所だった。


「チュウ!」


「ここ? バズはここに来たかったの?」


「チュウ!」


 バズに促されバイオレットは部屋へと入る。

 今バイオレットに与えられている部屋と変わらない大きさのその部屋には、一人の女性がいて涙を流していた。


「あ、あの、どうなさったのですか?」


 バイオレットとバズが部屋に入ってきたことに気づいているはずなのに、しくしくと泣き続ける女性にそっと声を掛ける。


 半透明でバズよりも暗い灰色に近い状態の彼女は絶対に生きている人間ではないが、バイオレットは一人の女性として声を掛けた。


「……私の婚約者が……他の女性と結婚したの……」


「まあ! なんて酷い!」


 婚約者などいたことが無いけれど、結婚の約束を反故にするなどあり得ない。

 バイオレットは泣き続ける彼女に寄り添い話を聞いた。


 幼いころから結婚の約束をしていた婚約者。

 けれど彼女が王城で働いている間に彼は真実の愛を見つけてしまった。


 その後は何があったかはもう覚えていないけれど、気が付けば彼女は与えられた部屋から出れなくなっていた。


 彼女の胸元には黒い穴があり、彼女の死の原因がそれだろうとバイオレットは気づく。


 自殺か他殺か、詳しいことは分らない。

 けれど彼女が傷ついていることだけは本当で、バイオレットは彼女が満足するまで寄り添い、繰り返す言葉を聞き続けた。


 そして……


「バイオレット、ありがとう……私はカレン……名前を取り戻せたわ……」


 彼女は笑顔を取り戻し光る世界へと旅立って行った。

 「良かった」と安堵するバイオレットの下に、いつの間にか離れていたバズが一人の男性を連れてきた。


 煌びやかな衣装と美しい顔の青年は、バイオレットと消えるカレンを見て目を見開く。


 バズが連れてきた男性は、先日王城の夜会で会ったメルヴィル公爵ことチェイスだった。


「バイオレット嬢! 今のは」


「メルヴィル公爵様」


 チェイスの登場にバイオレットは頭を下げる。

 家格が上の相手に対して当然の行為だが、みすぼらしい見た目のバイオレットがチェイスと顔を合わせることに抵抗があった。

 けれどチェイスはバイオレットのそんな羞恥心など気にすることもなく傍に寄ってくる。


「バイオレット嬢、今のは君の能力だね?」


「はい……能力というか……その、話を聞いただけですが……」


「素晴らしいよ! バイオレット嬢!」


「……っ!」


 喜ぶチェイスに手を握られバイオレットは驚いてしまう。

 それとともに手入れのできていない自分の荒れた手を握られれば恥ずかしくなる。


「こら、チェイス、令嬢に気安く触るんじゃない! バイオレット嬢が困っているだろう」


「ジャレッド! バイオレット嬢は凄すぎるんだよ!」


 部屋には今日の夜会の主役であるジャレッド王太子までやって来た。

 驚きすぎて声の出ないバイオレットは頭を下げるしかできない。


 チェイスが手を離してくれないから顔が赤くて上げられない、という理由もあった。


「その話は後だ、もうすぐ夜会の時間となる。チェイスはバイオレット嬢を探しに来たのだろう? 着替えをさせるなら急がないと時間が足りなくなるぞ」


「ああ、そうだった!」


 着替えとは何のことだろう? 

 俯きながら疑問を抱えているバイオレットの前で、チェイスが膝をつき俯くバイオレットと視線を合わせる。


「……っ!」


 そして懇願するような甘い視線をバイオレットへ向ける。


「バイオレット嬢、どうか今宵、私の夜会でのパートナーとなっていただけないでしょうか?」


「……っ?!」


 手を取られたまま理解できない言葉を掛けられ、バイオレットの思考が停止する。

 一人ぼっちの可哀そうな令嬢と呼ばれる自分が人気のあるチェイスのパートナー?


 そんなこと無理、というよりも周りが許さない!


 声も出せず茫然とするバイオレットの代わりに「チュウ!」とバズが答えた。


「そうか、バズ、良いと言ってくれるのか?」


「チュウ!」


「バ、バズ?!」


 慌てるバイオレットのことなど気にもせず、バズは「いいぞ」と答えてしまう。

 チェイスのパートナーなどぼっち令嬢として笑われているバイオレットには絶対に無理だ。


 断ろうと思ったが、言葉が出ない。

 高位貴族に対し失礼にならない断り方などバイオレットは知らない。

 一応は年頃の令嬢だが、今までそんな経験などなかったからだ。


「決まったなら急ごう、時間がない」


 ジャレッドのその言葉でもうバイオレットが断ることなど出来ない状態となった。


 チェイスとジャレッドに促されるまま、バイオレットは王族の私的部分へと連れられて行くのだった。




★★★




「メルヴィル公爵閣下、並びにパートナー様のご入場でございます」


 バイオレットは王城の一室に連れていかれ、形が古くて野暮ったいドレスを脱がされるとチェイス色の新緑のドレスに着替えさせられた。


 そしてほとんどすっぴんと言える化粧をやり直しされ、そして前髪を整えられた。


 うっとおしかった前髪を結い、顔全体を出したバイオレットは自分の顔を久しぶりに見た気がした。

 亡くなった父や母を思い出す自分の顔つきを見て、一瞬涙が溢れそうになったがどうにか堪えた。


 そして準備が整えば、別室にいたチェイスがバイオレットを迎えに来た。


 着飾ったバイオレットを見て、チェイスは笑顔を浮かべる。


「バイオレット嬢、とても美しい」


「……あ、ありがとう、ございます……」


 お世辞であるその言葉が嬉しくてバイオレットの頬が熱くなる。

 

 バイオレットが綺麗になれたのは王城のメイドさんたちのお陰だし、チェイスが用意してくれたドレスのお陰だと思う。


 けれど一人の女の子として褒められればやっぱり嬉しい。


 自然と笑顔を浮かべるバイオレットの顔を見て、チェイスは生れて始めて女性の笑顔に見とれていた。




 そしてバイオレットとチェイスが夜会の会場へ入場を果たせば。

 ざわざわと会場中がざわめき始める。


 それも当然で、これまでチェイスは王女であるジャレッドの妹とパートナーを組むことがあっても、それ以外の令嬢を伴って夜会へ出たことはない。


 それがどこの誰とも分からない令嬢をパートナーとし出席しているのだ。

 皆の視線が二人に集まるのは当然だった。


「誰よ、あの女!」


 顔を歪め叫ぶリリアの声が聞こえた。

 視線をそちらへ送れば叔父一家がそこには居て、リリアだけでなく叔父も叔母もバイオレットを興味深げに見てた。

 けれどチェイスの相手が姪のバイオレットだとは気づいていないようだ。

 一瞬緊張が走ったバイオレットにチェイスが微笑みかける。


「私がいるから大丈夫だよ」


 叔父一家へ視線を送ったバイオレットに気づき、チェイスが優しく声を掛けてくれた。


 周りからは見つめ合っている恋人同士にでも見えたのだろう。


 緊張気味にバイオレットがお礼を言えば、女性たちの悲鳴のような音が聞こえた。


「キーッ! なんなのアイツ!」


 リリアも掴み掛ろうとするぐらいの剣幕だ。


 その様子に周りの令息たちが引いているのも気づかない。



「国王陛下並びに王妃陛下、そして王家の皆様のご入場でございます」


 何か言いたそうなリリアだったけれど、本命の相手であるジャレッドの入場でそちらに意識が向いたようだ。

 

 バイオレットもチェイスと共に王家の入場側へ体の向きを変え、首を下げる。


「皆、面を上げて欲しい、急な夜会の招待にあったにもかかわらず、多くの貴族家が集まってくれたことに感謝する」


 国王陛下の挨拶が始まり会場内は静まり返る。

 急な夜会の開催。

 きっとなにか重要な報告があるのだろうと、皆陛下の言葉を漏らさないようにと真剣顔だ。


「実は本日、王太子ジャレッド・アウディアの婚約が決定したことを報告させてもらおうと思う」


 ジャレッドが一歩前に出て貴族たちに向け軽く頭を下げる。


 リリアは自分がその婚約者だと思い込んでいるようで、名も呼ばれていないのに叔父一家と一番前の列にまで歩み出る。


 さあ、私の名を呼んで!


 リリアのそんな心の声が聞こえた瞬間、国王陛下がジャレッドの婚約者の名を呼んだ。


「クララ・イラハート侯爵令嬢、前へ」


「はい……」


 名を呼ばれたクララは美しいカーテシーを見せ前へ出る。


「クララ」


 ジャレッドが普段見せない甘い笑顔でクララをエスコートし壇上へ上げた。


「そんなっ!」


 多くの拍手の中、リリアの驚く声が漏れ聞こえたが誰も気にしない。


 未来の国王夫妻に皆釘付けだ。


「おめでとうございます!」


 祝いの言葉が飛び交う会場内。

 叔父一家は茫然自失だ。


 特にリリアは自分こそが王太子妃に選ばれると思っていただけにショックが大きいようで、口を大きく開け令嬢失格な顔をしている。

 心優しく美しい令嬢との評判も消えてしまいそうな勢いだ。


「静まれ!」


 国王陛下が祝いの拍手を止めるため手を上げ声を掛ける。

 静まった城内を見渡し、国王陛下は厳しい顔で貴族たちを見つめた。


「さて、祝いの宴を始める前に一つある者たちの罪を暴かなければならない……ジャレッド」


「はい」


 国王陛下がジャレッドへ指示を出し、王太子であるジャレッドが壇上の中央へ立つ。


 そしてバイオレットに馴染みのある名が呼ばれる。


「モートン・ファントム!」


 叔父の名が呼ばれバイオレットも驚く。

 だがチェイスはにやりと笑いバイオレットを見て頷くだけ、こうなる予定だったとその顔が言っている。


 叔父は今度こそリリアへの婚約の打診か? ジャレッドの側妃かそれともチェイスとの婚約か?


 期待膨らむ表情を浮かべ、家族全員揃って前へ出た。


「ファントム伯爵」


「はっ、ここに!」


 喜びが前面に出ている叔父だけれど、ジャレッドの厳しい顔を見て違和感を感じたようだ。

 前へ出てからリリアのことではないとやっと気づいたともいえる。


「貴殿は、ファントム伯爵と名乗っている……間違いないな?」


「は、はい、私がファントム伯爵で間違いありません」


 モートンの返事を聞いたジャレッドがニコリと笑い、叔父はホッとしたような笑みを浮かべた。

 だが次の質問でモートンの顔は凍り付く。


「可笑しいな、ローレンス・ファントム伯爵が亡くなり幼い令嬢が残された。なのでモートン、貴様には代理としての権限を与えはしたが、ファントム伯爵の名を名乗ることは許されていないはずなのだが?」


「い、いえ、そんなはずは……」


 バイオレットも知らない事実を聞き驚く。

 父が亡くなって自分こそがファントム伯爵だとモートンは名乗っていたが、それは自分勝手な行動だったらしい。叔母はともかくリリアも驚いている。リリアも知らなかったようだ。


「モートン、貴様は貴族ではない。庶子として生まれ、貴族学園も卒業していないな?」


「そ、それは……」


「それなのに跡取りであるバイオレット嬢を虐待し、屋敷の隅へ追いやりあたかも自身が伯爵家の跡取りであるように振舞っていた、それに違いないな?」


「……」


 ジャレッドの言葉に黙り込むモートン。

 それが答えのようだが、モートンは諦めなかった。


「……兄が……」


「兄とは、亡くなったローレンス・ファントム伯爵のことか?」


「は、はい! その兄から生前頼まれていたのです! 自分にもしものことがあれば私が跡を継いでバイオレットを育てるようにと! そう頼まれていたのです!」


「ほう……」


 王族に嘘を吐くことは極刑に値する。

 だからこそモートンの言葉は真実だろうと周りの貴族たちはそう思ったようだ。


 そして今更亡くなったローレンス・ファントム伯爵に真意を訪ねることは出来ない。

 口約束ならば尚更だ。


 モートンはニヤリと笑い。

 その妻アリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「では、その話の真意を確認しようか」


「へっ?」


「メルヴィル公爵」


「はい」


 チェイスがバイオレットを伴って前に出る。

 王太子妃になる夢を絶たれたリリアはチェイス一択に変更したのだろう、横に立つバイオレットを厳しく睨んでくる。


 恐ろしさを感じたけれど、繋ぐ手からチェイスの優しさを感じバイオレットは前を向いていられた。

 何よりも両親の亡くなった真相を知りたい。

 その気持ちが強かった。


「メルヴィル公爵が異能であることは知られていると思うが、モートン、君もそのことは知っているだろう?」


 異能公爵。


 チェイスがそう呼ばれているのは有名だ。

 けれどその力の真実を知る者は少ない。


 だからだろうモートンは喉をごくりと鳴らし、どうにか笑顔を作って頷いた。

 チェイスが能力を使おうと死んだ者との約束の言葉を調べることは出来ない。

 そう思っているようだ。


「では、モートン、正直に答えてもらおう、メルヴィル公爵の前で……」


 ジャレッドの声掛けと共にチェイスが能力を使う。

 チェイスの体がキラキラと光り出し、神か女神の降臨か、そう思われるほどの美しい現象が起こり、周りの貴族たちから感嘆の声が漏れる。


 そしてチェイスの瞳が虹色に輝き出すと、ジャレッドがモートンに質問を始めた。


「モートン・ファントム、『はい』か『いいえ』で答えろ」


「……ひぃっ!」


「ローレンス・ファントム伯爵から爵位を譲られたというのは本当か?」


「は、はい、本当です!」


 怖いからか慌てて答えたモートンの足元に黒い靄が現れる。


「嘘だ」

「嘘だな」


 チェイスとジャレッドの呟きで、嘘をつくと靄が現れることが分かった。

 周りの貴族たちが息をのむ音が聞こえ、チェイスの能力の恐ろしさを感じていることが分かる。


「跡取りであるバイオレット嬢をぞんざいに扱い、彼女の悪名を流し貴族に相応しくない立場に追い込もうとしていたな?」


「ち、違います! あの子は、好き好んで地味にしていただけで! 私どもは何もしておりません!」


 モートンの周りに益々靄が広がり腰辺りまで上がっていく。

 モートンの横で「その通り」と頷いていたアリアとリリアの周りにも靄が現れ、二人の足元を縛り上げるように包んでいった。


「何よこれは!」

「私は嘘をついてないわ!」


 叫び逃げようとするが二人も逃げることは出来ない。


「国王陛下の御前だ、勝手に喋るな!」


 ジャレッドの言葉にアリアとリリアは黙るが。

 その顔は納得していない。

 バイオレットが悪い、そう書いてある。


(メルヴィル公爵様は凄いわ、自分の能力をちゃんと使うことが出来てるもの……)


 チェイスの能力の凄さにバイオレットは驚きしかない。

 他の人たちに見えない存在とちょっと話せる程度のバイオレットとは違う。


 バイオレットは尊敬の目をチェイスに向けた。


「さあ、最後の質問だ、モートン。君はファントム夫妻を事故に見せかけて殺したな? 正直に答えろ」


「わ、私は……そんなこと……」


 それは嘘の答えだったのだろう、モートンを囲む靄は遂に胸元まで上がってしまった。


 それを見たバイオレットの胸が痛む。


 優しかった父や母は叔父の「伯爵になりたい」という欲によって殺されてしまった。


 その上叔父は兄の娘であるバイオレットに対し酷い扱いをしたうえで、伯爵を継げないよう悪意を持ってあんな態度を取って来たのだ。

 孤児になった自分を面倒を見てくれていると、申し訳ない気持ちになっていた自分がバカらしくなる。

 

 悲しくて泣きたい気持ちとやるせなくて怒りが込み上げる気持ちと、複雑な感情があふれ出るバイオレットの肩の上に、「チュウ!」と鳴いてバズが現れた。

 普段は絶対に人がいる場所では姿を見せないバズなのに、バイオレットが心配になったようだ。


 チェイスも繋ぐ手に力を入れ、大丈夫か? と心配してくれる。


 バイオレットは勇気を出し叔父一家と向き合った。


「……叔父様……」


「……はっ? 誰だ? まさかその髪色は……バイオレット? お前はバイオレットなのか?」


 ずっと目の前にいたのにモートンは今やっとバイオレットの存在に気づいたようだ。

 アリアとリリアもバイオレットの姿に気づき、驚いた後、先ほどよりも恨みがこもったような目で睨んできた。まるでこの状況をバイオレットが引き起こしたとでも言いたいように。


「叔父様、本当にお父様とお母様を殺めたのですか?」


「違う、違う、私はただ、伯爵家に戻りたかっただけだ!」


 モートンを包む黒い靄は遂に首元まで届いてしまった。

 何か言えば自分の全身が黒く染まる。

 そう思った叔父は口を噤みフルフルと首を横に振る。


 そこへ口を挟んだのはリリアだった。


「ちょっとバイオレット! 貴女、なんでチェイス様の横にいるのよ! そこは私の居場所なのよ! それにそのドレスだって私の方が似合うわ! さっさとそこをどきなさいよ! アンタみたいなブスにチェイス様の横は相応しくないわ!」


 心優しい令嬢の本当の姿を大勢の前で見せているが、興奮気味のリリアはそのことに気づかない。


 美しくなったバイオレットが許せない。

 チェイスの横に立つバイオレットが憎くて仕方がない。


 そう言っているようなその表情に、バイオレットのこれまでの不遇を皆理解したようだった。


「リリア……叔父様が伯爵でないのなら貴女は伯爵令嬢ではないの……もう私に命令することは出来ないのよ……」


 バイオレットと一つしか歳が違わないリリアが、バイオレットの両親の死に加担していたとは思えないけれど、それでもこれまで悪意を持ってバイオレットを貶めてきたのはリリアだ。


 酷い両親をもって可哀そうだと同情する気持ちはあっても、彼女を許す気にはなれない。


「五月蠅い! 五月蠅い! 五月蠅い! バイオレットのくせに生意気なことを言わないで! ファントム家の令嬢は私よ! あんたはファントム家の厄介者なんだからっ!!」


 その瞬間、叔父は全身が黒い靄で包まれてしまった。

 リリアの言葉である何かが嘘と判断されたのだろう。


 真っ黒な人形のようになってしまった叔父の姿を、バイオレットは冷めた瞳で見つめていた。


「キャー! あなた!!」

「そんな! お父様!!」


 騒ぐ母娘に騎士が近づいていく。

 二人には猿ぐつわが付けられ、騎士によって会場外へ連れて行かれた。


 これからどうなるかは分からないが、これだけの騒ぎになったのだ、軽い罪では許されないだろう。


 そこでフッとチェイスの力が抜けた。

 異能の力を解いたのか、いつものチェイスの姿に戻る。


 会場中の視線がチェイスとバイオレットに集まる中、チェイスがバイオレットへ向けその美しい顔を惜しげもなく使って微笑んだ。


「これで君の憂いは晴れたかな?」


「はい、メルヴィル公爵様、有難うございました」


 たった一度夜会出会っただけのバイオレットに力を貸してくれたチェイス。

 異能仲間だったからかもしれないが、バイオレットが救われたのは確かだ。

 バイオレットは心からチェイスに感謝した。


「バイオレット嬢、君は私のパートナーだろう。これからはチェイスと気軽に呼んでくれ」


「……は、はい、チェイス様……有難うございました」


「ああ」


 王太子ジャレッドが手を叩き、皆の視線を自分へと向ける。


「これからが本日の夜会の本番だ」


 その言葉を合図に音楽が流れだし、王太子ジャレッドと婚約者がダンスを始める。


 それをうっとりと見つめるバイオレットにチェイスが話しかけた。


「バイオレット嬢、ダンスは得意かな?」


「いいえ、私は子供のころ習ったきりで……令嬢らしい教養は身についていません……」


 八歳以降バイオレットの淑女教育は止まっている。

 学園で習うことは誰でも知っていることに近く、伯爵令嬢としての教育は受けていないに等しい。


 チェイスのパートナーとしては相応しくない。


 俯きかけたバイオレットの一番傍で「チュウ!」と励ます声が聞こえた。


「バズ、励ましてくれるの?」


「チュウチュウ、チュウ!」


 親友の優しい言葉に落ち込みかけていたバイオレットは笑顔を取り戻す。


 遅れているのならば今から取り戻せばいい。


 もう叔父一家はバイオレットの下に戻ることはないだろう。


 これからは幸せを取られることは無くなる。

 

 バイオレットはバズの励ましに微笑んだ。


「チェイス様、その、これから一生懸命練習しますので、いつか私と踊っていただけますか?」


「ああ、勿論だ。バイオレット嬢のファーストダンスの相手は私が予約させてもらうよ」


「はい、その時は是非お願いします」


「ああ、こちらこそ宜しくね」


 ファーストダンスは親しい相手と踊るもの。


 婚約者や家族と踊るのが一般的な常識。


 そのどちらもいないバイオレットを気遣い声を掛けてくれたチェイスの優しさに、バイオレットは自然と笑顔になった。


「バイオレット嬢、美しい……」


「あんなに可愛いだなんて知らなかった……」


 バイオレットの可愛らしい微笑みに、令息たちの視線が自然と集まりチェイスが睨みをきかせる。


 「チュウ……」バズが執着をむき出しにするチェイスに呆れ顔をするが、嬉しくて舞い上がるバイオレットはそんなやり取りに気づかない。


 いやこれまで異性からの関心を受けたことなどないバイオレットは、自分の美しさに気づかない。

 だからこそ尚更チェイスが心配になるのだろう。


「チェイス様、楽しみです……」


 明るく微笑むバイオレット、無防備なその笑顔が眩しくて仕方がない。


 もう彼女のことを『ぼっち令嬢』だと揶揄する者はいなくなるだろう。


 チェイスの隣に立つバイオレットはその名の通り菫の花のように美しかった。


「はあ、……バイオレット嬢は一筋縄ではいかなそうだね、バズ、応援を頼むよ」


「チュウ~」


 それはバイオレットの気持ち次第。

 バズにそう言われればチェイスは苦笑いだ。


 自分を異性として意識しない令嬢は初めてだった。


 これはゆっくり責めていくしかない。


 新しい友人が出来て嬉しそうなバイオレットを見て、チェイスはそんな決意を固める。


 バイオレットを誰かに譲る気などチェイスにはないのだった。


「では今日は()()で思い出の場所で語り合おうか? バイオレット嬢、君の能力について詳しく知りたいからね」


「はい、是非。チェイス様、宜しくお願い致します」


「チュウ!」


 ボッチ令嬢と呼ばれたバイオレットは異能公爵のお陰で幸せを取り戻し、本来の自分らしさも取り戻せたのだった。

 

こんにちは、夢子です。 

初めての皆さま、そしてお久しぶりな皆さま、今回の短編もお読みいただき有難うございます。


このお話はだいぶ前……夢子本人も覚えていない頃に書き出し、半分ほど書いた時点で止まっていた作品です。

(たぶん連載が大変になって止まっていた?かな?)


やっと書き上げたのですが、いかがだったでしょうか?

能力持ちの主人公と可愛いネズミのお伴を書きたかったんだと思うのですが、正直間が空きすぎて最初の思惑を覚えていません。恥ずかしい。


ネタ帳?という名のエクセルを見ましたが結局思い出せず、このような形にまとめました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


では、また次の作品でお会いできることを期待して、お別れの挨拶とさせて戴きます。

皆さま、良き新年をお迎えください。


20251217、夢子でした。


※【完結】レイののんびり異世界生活~英雄や勇者は無理なので、お弁当屋さん始めます~

https://ncode.syosetu.com/n3855ke/


最近完結した作品です。宜しければ読んでみてください。



【登場人物紹介】

○バイオレット・ファントム

伯爵令嬢

17歳

ぼっち令嬢と呼ばれている

深い紺の髪に紫の瞳

前髪を伸ばし顔を隠している

霊を癒し成仏させる

叔父家族に気持ち悪いと言われ瞳を隠している

友人はネズミの霊のバズのみ

成人(18)したら屋敷を出される予定


○チェイス・メルヴィル

異能公爵

24歳

ピンクブロンドの髪に新緑色の瞳

人の悪意が見える異能

霊が見えるバイオレットに興味を持つ


○モートン・ファントム

40歳

バイオレットの叔父

バイオレットを邪険にしている


○リリア・ファントム

18歳

バイオレットの従妹

バイオレットを一人ぼっちのぼっち令嬢だとバカにしている


○アリア・ファントム

38歳

リリアの母

バイオレットを毛嫌いしている


○ローレンス・ファントム

バイオレットの父

亡くなった


○ローズ・ファントム

バイオレットの母

亡くなった


〇クララ・イラハート

19歳

ジャレッドの婚約者

侯爵令嬢


○ジャレッド・アウディア

25歳

チェイスの従兄

王太子

婚約者あり


〇カレン

元メイドの幽霊

婚約者に裏切られた過去あり


○バズ

チーズを食べ損ねて死んだネズミの霊

永遠の三カ月歳

ドブネズミ

バイオレットの友達


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