謎のルームメイトYからのメッセージ
僕はイライラしていた。またアイツからメッセージが入っている。
「今日もあの子に近づけた。君には無理だろ」
僕はタッチペンを投げ捨てたい衝動をグッと抑えた。授業に関係のない機能を使ったと先生にバレたら面倒だ。
「あの子」というのは、僕が片想い中の「花井 愛恋」のことだ。男子全員彼女に夢中だ。揺れるショート、可憐な笑顔、マウントも取らない清廉さ。他の女子達とは格が違う。彼女はクラスの序列の中にいない、まさに
女神だ……
そして、授業用端末のチャットやら、寮の伝言板アプリのDМやらで何かと僕にメッセージを送りつける「アイツ」は、「Y」だ。Yは、新学期が始まってすぐ、僕にメッセージを送って来た。最初は「同じルームメイトとしてよろしく」だった。
僕は寮暮らしだ。6人同室の狭い空間で共同生活を送る。わざわざDМなどではなく直接言えばいいと思った。第一「Y」じゃ誰かもわからない。なぜなら、僕自身「矢部」だ。そして、他の5人はそれぞれ、「山田」、「矢吹」、「八木」、「箭内」。最後は「佐藤」だが、名前は「勇斗」これでは特定できない。
最初Yは照れ屋なのだと思った。だが、僕が花井に夢中になった頃、「君、花井愛恋が好きだろ。僕もだ」ときた。
以降、ほぼ毎日のように「彼女の香りが分かるくらい近づけた」、「あくびすら可愛いのに君は見逃したね」、「髪に触れた」などと送ってくる。苛つく奴だ。
そんなYが、今度は僕のスマホにおかしなメッセージを送ってきた。
「彼女に近づき過ぎた。あんなにまつ毛が長いとは。圧死寸前だった」
そこからピタリとメッセージが来なくなった。
2周間は過ぎただろうか。再びYからメッセージが届く。
「生きる次元が、いや世界というべきか。超えられない壁を、僕は理解した」
僕は困惑した。放課後だった。
「僕の想いは君に託す」
と、さらに一言。「何言ってるんだ?こいつ。」
そのとき、
「きゃっ」
花井の悲鳴だ。慌てて駆け寄る。
花井の耳元をプンプン飛んでいた虫を、僕は潰した。手を開くと妙に触覚が多く、1本だけ触覚の先端が点滅している気味の悪い虫だった。
「矢部君、ありがとう。」
花井が微笑んでティッシュをくれた。なんてことないよと僕は照れる。
以来、僕は花井と気軽に話せるようになった。恋仲になれるかわからないが、一歩前進と言っていい。
浮かれて忘れていた僕は未読を開く。虫を潰した日だ。
「うまくやれよ」
Yからだ。これで最後だった。