命のやり取り
「オキニス、初狩猟だ。いけるか?」
ミゲルさんはいつもの口調で言ってくる。先程までの表情が嘘のように感じる。
「はい、いけます」
目の前にいるのはオオカミのような猛獣だ。サイズは普通のオオカミの三倍以上で、ビリビリと殺気を放ってくる。
「前衛は俺とヤグモ。サラとカミラは後衛だ。お前さんは後衛の護衛で頼む」
「わかりました」
臨戦態勢に入っており、相手が隙を見せたら襲い掛からんとするミゲルさんとヤグモさん。対して、カミラさんは弓、サラさんはマスケット銃のようなものを構えている。
「ヤグモ、行くぞ!」
「おう!!」
狼は全部で三匹。ミゲルさんとヤグモさんはそれぞれ一匹を相手している。
「そっち行ったぞ! 気をつけろ!」
前衛のミゲルさんから注意の指示が飛んでくる。サラさんとカミラさんはそれぞれ向かってくる一匹を集中砲火しているが、この狼は速い。
「これはまずいね……」
狼はサラさんを狙っている。小柄だから狙いやすいと思ったのだろうか。
「やぁ!」
僕はサラさんに向かう狼の前に移動し、薙ぎ払う。
槍のリーチが長いこともあって、僕の攻撃は狼の急所に当たり、危なげなく倒すことができた。
「大丈夫ですか?」
「はい……ありがとうございます」
サラさんは銃口を下げる。もしかしたら、僕が助けなくても狼を倒していたかもしれない。
──ヒュン、ヒュン
その時、カミラさんが前衛の二人が相手していた狼に向かって弓矢を放つ。
その矢は、狼の眉間に吸い込まれていき、狼を絶命させる。
「悪いな、一匹逃しちまった」
「何言ってんの。あんた、オキニスを試したんだろ?」
ミゲルさんの発言に食い気味に反応したのはカミラさん。
僕、試されてたのか。
「バレてたか。オキニス、どうだ? 気分悪かったりしないか?」
ミゲルさんは心配そうな顔で問いかけてきた。僕は少し考え、素直な感想を言うことにした。
「気分が悪いなんてことはないです。ただ……まだ肉を断ち切った感触が手に残ってます」
「そうか。その感覚、忘れるなよ。この狼たちにも家族がいて、守るものがあったんだろうよ。俺らはそういう命のやり取りをしてるんだ」
そうか。これは命のやり取り。殺されなければ、殺される。猛獣にも守るものがあり、僕たちはそれを侵害している。単なる討伐じゃない。
「肝に、銘じておきます」
「ま、深く考え込まないでくれ。ただ、最低限感謝はしないとな」
「はい」
ふと周りを見てみると、みんな死体の前で手を合わせている。
「これが俺らなりの感謝だ。死体の前で合掌する。祈りをささげるのさ。無駄にはしませんってな」
「そうなんですね」
僕もみんなに倣って合掌する。まだ手には感触が残っている。僕はこの狼を殺したんだ。
「慣れろとは言わん。受け入れろ」
そんな僕の様子を察して、ヤグモさんが声をかけてくれた。
「はい」
今日は大切なことを学べた気がする。
「オキニス、先にキャラバンに戻っててくれ。俺らは解体が終わったら行く」
「わかりました」
死体の方に目をやると、サラさんが率先して解体を行っている。結構器用なんだな。
空を見上げる。相変わらずの曇天で、辺りは少し暗い。
深呼吸をすると、少しだけ心が落ち着いた気がする。
僕は僕の思っている以上に疲れていたのかもしれない。
その日の夜。僕たちは他二つのオオカミの群れを倒していた。
「なんだか、狼が多いね」
「そうだな。しかもどいつも興奮してやがった」
カミラさんとミゲルさんが話している。遭遇する猛獣は狼しかおらず、しかもどの群れも三匹以上ということは少ないらしい。
「この先に何かあると考えた方がいいだろう。明日からは気を引き締めるぞ」
「そうだね」
みんなで焚火を囲んで、ご飯を食べる。
考え事をしているのか、口数は少なかった。