武器屋と不吉な予感
次の日、朝食を食べ終わるとミゲルさんが話しかけてきた。
「よし、行くぞ」
今日は武器屋へと向かうのだ。
「はい」
僕らは二人で街へと繰り出した。
「行きつけの武器屋があってな。そこの店主が頑固なんだ。うちのメンバーだとやりあえるのが俺ぐらいだから俺と一緒に行くってわけさ」
そう言いながら、ミゲルさんは軽い足取りで歩いていく。心なしか、楽しそうにも見える。
「噂をすれば、ここがその頑固な武器屋だ」
「なんだ小僧。どこが頑固な武器屋だって?」
カウンターから出てきたのは背の低い、髭を伸ばしたおじいさんだった。
「お、噂の頑固なおっちゃんじゃねぇか。元気してたか?」
「小僧に心配されるほど落ちぶれておらんわ。冷やかしなら帰れ」
不機嫌そうにフンッっと鼻を鳴らしながら店主さんはそう言う。
「おいおい、客に向かってそんな口調はないんじゃないか? 今日は武器を買いに来たぞ」
ミゲルさんがそう言うと、店主さんは驚いたように目を見開く。
「修理じゃなくて購入だぁ? 珍しいこともあったもんだ」
「おうよ。俺のじゃなくてこっちのオキニスのだけどな。値段は気にしなくていいぜ。これでも俺らは稼いでるんだ」
「ほう。こっちの少年のか。好きなもんを選んでいいぞ。もしなければ声をかけな」
「なんだよ、珍しく優しいじゃねぇの」
「馬鹿言え。わきまえてる客には優しいんだ」
「それじゃあまるで俺がわきまえてないみたいだろ」
ミゲルさんと店主さんが軽口を言っているのを聞きながら、店内にある武器に目をやる。
しばらく店内を物色していると、とある一本の武器に目が奪われる。
「これは……」
「ほお、そいつに目をつけるとは、なかなかやるな、少年」
「英雄の武器じゃないか。いいと思うぜ」
それは全身が真っ赤な槍だった。刀身は一つで全長は他の槍に比べて細く、長い。
「ちょいと扱うのが難しいが、使いこなせたら相当強い」
店主さんの言葉は、もはや僕には届いていない。
「おっちゃん、試しに振ってもいいか?」
「裏に庭がある。そこなら問題ない」
「だってよオキニス。ついてきな」
「はい」
庭は少し歩いたところにあった。少し広く、この槍を扱うには十分なスペースがある。
「周りの安全は確認できた。少年、振ってみてくれ」
「わかりました」
……妙に手に馴染む。それに、槍の扱い方もなぜかわかる。
「……ふっ」
軽く息を吐き、一直線に槍を突く。ヒュゴオと風を起こしながら、構えを解く。
「これは……なかなかだな」
「馬鹿言え。こんなの見たことがない。ワシの長い武器屋人生においてな」
「やぁ!」
次は薙ぎ払い。自然に体が動く。
「おっちゃん、今の見えたか?」
「まだそんなに老いたつもりはないんだが、追えんかった」
「そうだろうな。俺でも目で追うのがやっとだった」
槍を見つめる。なぜかこの槍が買ってくれと懇願しているように見えた。
「すみません、この槍ほしいです」
「あ、ああ。任せろ。おっちゃん、これいくらだ?」
「相場の半分でいいぞ。扱いが難しくて買い手が見つからない品だ、安くしてやる」
「ありがとな、おっちゃん」
「ありがとうございます」
店主さんにお礼を言って、僕たちは店を後にした。
「にしても、よくこんなの振り回せるな」
帰路についていたら、ミゲルさんが問いかけてきた。
「なんというか、槍を握ったときに体が自然と動いたんです」
「なるほどなぁ。きっと記憶を無くす前のお前さんが扱ってたんだろ。一朝一夕でできる芸じゃなかったな」
「……そうなんでしょうね。僕もそう思います」
記憶を無くす前の僕は何者だったのだろう。正直、槍を扱えたことには驚いている。
「ま、ゆっくりお前さんの手がかりを探そう。明後日には出発だからな、今日明日はゆっくり休んどけ」
「わかりました」
そして、二日が経った。
「ようし、お前ら、準備はいいか?」
「いいよ」
「そんじゃ、キャラバンに乗り込むぞ。ヤグモ、頼む」
コクリ、とヤグモさんはうなずく。
みんながキャラバンに乗ったのを確認して、ヤグモさんは馬を走らせた。
天気は曇っていて、今にも雨が降りそうだ。
一際大きな風が吹く。その風は湿っていて、生温い。なんとなく、嫌な予感がした。
ふとミゲルさんのほうを見ると、少し険しい顔で街を見つめていた。
「ミゲル、どうしたんですか?」
サラさんもミゲルさんの様子に違和感を覚えたのか、質問をしていた。
「ん? いや、何でもない」
それに対し、ミゲルさんは歯切れ悪く答える。
ミゲルさんは言っていた。『俺の勘はよく当たるんだ』と。
僕の感じた嫌な予感と同じではないようにと願いながら、キャラバンに揺られる。
「ミゲルさん、本当に何もないんですか?」
この不安を払拭するため、僕もミゲルさんに問いかける。
「ああ、心配するな。本当に何でもない」
しかし、ミゲルさんは勘が告げているとは言わなかった。
それが僕の不安を増幅させる。