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闘 志 3

 彦根新田藩の通称花火村に、人里離れた辺鄙へんぴな村には似つかない、小奇麗な上役専門の料亭『木村亭』があった、その一室にこれ又場違い? 今まで仕事をしていたような作業着姿の若者が豪華な膳を前にして座っていた、花火師・弥助である。 暫らくして入ってきたのは町方同心・村井圭吾、弥助は慌てて一歩後ろに座りなおし、頭を下げる。

「弥助、待たせたの。いやよいよい!無礼講じゃ」

 村井は上機嫌のようである、それもそのはず木村亭とは町方の同心ごときが利用出来るようなモノではないのだ、今日は特別に弥助を接待するよう上からの命令なのである。

「弥助よ、お前は奉行の早坂様からも一目置かれて前途は上々じゃ、すべてわしに従っておれば間違いはないぞ?」

「……へぇ、もってえねえでございます」

「お前も自分のすべきことが薄々とは分かってきていると思うが、やり遂げた後には暮らしも身分も保証されるのじゃ」

「滅相もございません、おらぁ何も望んではおりません」

「弥助よ、そなたは自分の立場が分かっておろうのう、先日の小屋爆破はお前の作った爆弾じゃ、無関係ではおられんぞ?」

「……」

「いや、悪く考えることは無い、お前を責めている訳では無いのじゃ、彦根新田藩を救う一役を担っていると誇りを持て」

「ですが、おらぁ花火を作りたいだけで、人を殺めるようなモノは……」

「ばか!藩を救うためじゃと言うておるではないか、逆らうでない!」

「……」

「もうよい酒がまずうなる、とにかく我らはもう引かれぬ身と覚悟せよ」

 村井は藩の先行きがこのままでは危ないなどと弥助に言い聞かせ、花火形の爆薬が藩を救うことをしきりに話すのだった。

 弥助は少し前から花火にしては爆発力の強いモノを作らされていたのである、違和感はあったが自分の意見をしっかり言える性格でもなく、言われるままに従っていた。だが、今日自分の作っているモノが爆弾だと確信させられ愕然とした。

 木村亭を出て宿舎に帰ったが、夜中に思い立ったようにそこを出た。


 松吉の家は花火村の村外れにあった、と言っても険しい山道を抜けるため、村とは別の地区と言って良いほどのところに位置する。その木戸を夜中に叩く者がいる、松吉が不審に思い、そっと裏から出て確認すると、花火村の弥助であった。

 弥助とは面識はあったが、それほど親しい関係では無いと思っていた。

「弥助さんではないか? こんな夜中にどうしなさった?」

「松吉さんすまねえ、だがおらぁあんたしか相談できる人がいねえ……」

 花火作りの真剣な顔とは違った悲しそうな眼が何かを訴えていた。

 弥助は孤独な身の上で、幼い頃花火村に預けられ身寄りの無い状態で育ったのである、いじめられしょげているところを手伝いに来ていた松吉に何度か励まされたことがあった。大人になってからも周りの者とは親しくなれず、花火作りに没頭する姿が変人と見られることもあり、村での関係は上手く行ってなかった、反面、村の者ではない松吉に対しては、信頼感を抱いていたのである。

「家はみな寝ているだで納屋に行こう」

 納屋に蝋燭の火を灯し、弥助を引き入れる。

「どうしなすった、なんでわしなんかに?」

「すまねぇ、花火村の連中には相談出来ねえんで……、前に松吉さんが手伝いに来た時、困った事があったら相談に来いと言ってくれたでねえか、おら松吉さんは信用出来る人だと思っている、そうだよな?」 

「おおぅ、力になれるかどうかは分からねえが、出来ることならやってやるよ」

「松吉さん、おらぁどうしていいか分からねえんだ」

 弥助は自分が藩の為だと言われ爆弾を作らされていること、その爆弾で彦根藩からの監視役二人を吹き飛ばしたこと、さらに大規模の爆弾を作り、何をさせられるのか分からない事などを全て話した。

「弥助さん、おめぇ花火を人殺しに使われるのがイヤなんだな?」

「あたりめえで! 藩の為って言うが人を殺してまで……」

「弥助さん、これからどうする、一旦は村に帰るのか?」

「いや~もう帰りたくないんで……」

「そうだな、村に帰っても監視がきつくなって、もう抜けられねえかもな?」

 松吉は弥助を三郎ゴンのいる洞窟にかくまう事にした、翔馬の時と同じだ、数日間事態が収まれば何とかなると考えたのである、事情を話し三郎に託した。

 弥助の捜索が厳しく行われるため、翔馬もまた数日間を洞窟で過ごすことになった、こちらの事情も弥助に伝えたのである。

「な、弥助さん二人のうち一人は助かっているんだ、あまり落ち込むなって!」

 松吉が気を使っている、彼もまた二年前自分のせいで人を死に追いやった経験があるのだ、花火村での不審を当時の彦根藩監視役に密告して、その結果監視役が何者かに斬られたのである。

 翔馬もこの頃には起き上がることが出来るようになり、世話はほとんどかからないまで回復していた。松吉が翔馬に尋ねる。

「お侍さん、名前を聞いていなかったでやんすが、なんとお呼びすれば?」

「ああ申し遅れてすみません、私は彦根藩・秋月翔馬と申します」

「秋月? 秋月さま? 秋月忠則さまをご存知か?」

「……、それは私の父の名ですが……」

「えっ!?」

「父を知っているのですか、何故?」

「い、いや、一度こちらに来られたことがあっての……」

「二年前に事故で他界したのだが」

「そ、そうか、お気の毒にのぅ……」

 明らかに様子の違う松吉を見て、父の死について何か知っているのかと問うのだが、松吉の口はそれに応えなかった。

 ゴンが松吉に助け舟?を出した、雰囲気を変えるために。

「まあ、おいらは嬉しいよ! 本音を言えばこんな洞穴でたった一人、今まで嬉しいはずは無かったさ、だが一遍に二人も話せる相手が増えたんだ、これでまだ数日は居られるようになったなぁ!」

 皆が笑った。

「翔馬さん、お父上は立派な方だった、わしの恩人でもあるのだ、知らなかったとは言え翔馬さんを助けたことで少しは恩返しが出来ているのだろうかの? 父上のことを今は話せんが時が来ればすべて話そう、悪く思わんでくれ」

「わかりました、時が来るまで待ちましょう」

 松吉が帰り三人になった、洞窟は入口は狭いが中は奥に行くほど広く複雑になっていた、外からは見つけ難く、もし見つけたとしてもだんだん狭くなる穴の中にこんな広がりがあるとは思えないのである。

 ゴンが煙の出ない乾いた雑木で暖と灯りをとり、翔馬には布団が敷かれていた、弥助とゴンは枯れ草の寝床でも困ることは無かった。

 「弥助さん不思議な縁じゃの、私は火薬の使い道に疑惑を持ち調べに参ったが、今までの話で少し分かったような気がしてきた」

「へぇおらもこれまでに無い大きな花火を作るためだと思い込んでいましたが、爆弾を造るためだとは思いもしませんでした」

「ふう、その爆弾を何のため……」

「役人は藩の役に立つと言っておりましたが、相当の殺傷能力があるモノ」

「だがその計画も弥助さんがおらねば実行出来まい?」

「それがそうとも、この夏から二人助手が付きまして、共同で研究をしてまいりました、爆弾の製造は確立して後はその威力を増すのみ、おらがいなくても……」

「ゴンいや三郎、この地で三郎と名乗ったのならこれからは三郎で良いな?」

「勝手なことをしてすまねえだ」

「いや責めているのではない、三郎は私の命の恩人だ、こちらに来る前伊賀に帰れと言ったな、私は自分の志が見えたような気がしていた、三郎にも自分の道を歩んで欲しかったのだ」

「……」

「今も思いは変わっておらぬ、私の行く道でお前を犠牲にしたくないのだ」

「なにを言うだ、おいらの道はおいらで決めているんだ、ここに居るのはもう頭に言われたからじゃないんだぜ」

 三郎は頭に会ったことを告げ、自分の気持ちが固まっていることも言った。

「三郎感謝するぞ、お前がいれば千人力だ!」

「そう思ってるなら最初っから言ってくれよ、影でコソコソするのも嫌なんだ」

 生死の間を潜り抜ける者が半時も語り合えば信頼出来るかどうか判断出来るものである、弥助も将来のことは分からないが、今はここで安心だと感じた。

「三郎、忍びの術は心得ているのか?」

「伊賀者は生まれた時から気配を消しているのですよ、習わなくても出来ます」

「村井圭吾を探ってくれ、接触のある上司を辿れば何か分かってくるはず」

「そう来るだろうと思って、もう調べてありまさぁ、ヤツは郡奉行の早坂源内に使われています、早坂は大目付の前田左近、家老の青木丹膳まで繋がっています」

「三郎、忍びと言う者はすごいモノじゃのう!」

「いや、忍びは命令のみ従うモノ、三郎だから出来たのでありますよ」

「いやいや頼もしい、だがこれからが難題だ…… 忍べるか?」

「忍んでみせましょう!」

 翔馬と三郎に深い絆が生まれたようだ、今は人知れぬ穴の中に潜んでいるが、弥助と信頼のおける松吉もいる、翔馬は心の中にメラメラと燃え上がってくる闘志を覚えていた、気力が回復した証しでもある。

「頼むぞ三郎! 弥助さんにもきっとやるべき事がある、頼んだぞ!」


 三人の中央で静かに燃える焚き火の炎が、翔馬の眼、三郎の眼、弥助の眼に

はっきりと映っていた。




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