はじめてのきもち
私と健太はお互い友だちだと思っていた。
だが、あるきっかけを境に関係が徐々に変化していく。
ちょっぴり切ないラブストーリー。
夕方、待ち合わせの駅に着いた。時間まであと20分ほどあったので、近くの雑貨屋さんで時間を潰すことにした。気持ちがそわそわして見ているものが目に入らない。だんだん心臓がどきどきしてくるのが伝わってくる。外は蝉がうるさいほどの夏真っ盛りだというのに、自分の体の方が熱いのではないかというくらい気持ちが高まっていた。すると、ピコンという軽い音がして「駅に着いたよ」というメッセージが来た。私は急いでお店を出て彼の姿を探した。
「健太久しぶり。」
そう声をかけると彼は振り返った。
「おー!りっちゃん。」
「どうしたん?サングラスなんてかけて珍しいね。」
「なんか最近立ちくらみがして。暑いからか栄養不足なんかわからないけど。」
そんな何気ない話をしながら私の気持ちは浮ついていた。
「何食べにいく?」
彼とはご飯をまず食べようと約束していたのだ。
「この辺で何か美味しいところある?りっちゃんこの辺詳しいでしょ?」
確かに住んでいる街ではあるが、外食をそこまでしないため、あまり詳しくはない。記憶を頼りに絞り出してみる。
「うーんとね。カレーか洋食か焼きそばか、あとは居酒屋とかしかないよ。」
そんなこんなで商店街に向かって歩き出し、カレー屋に入った。
水とメニューが運ばれてくる。メニューを開いた瞬間
「俺これにしよーっと。」
と健太が言った。
「え?もう決まったん?早すぎん?ちょっと待ってね。」
と言いながら優柔不断な私はなかなか決まらない。結局シンプルな牛肉カレーにした。
カレーを食べながらお互いの近況報告をし合った。
私たちが会うのは3ヶ月ぶりくらいで話すことはたくさんあった。でもその中でお互いに触れなかった話題があるのも事実だ。正確にはこのタイミングで触れる話ではないと思ったという方が正しいか。
カレー屋を出て、レンタカーの場所へと向かう。健太が取ってくれていたのだ。
2週間前、健太から連絡があった。
「ちなみにお盆帰るよ。」
健太が直接誘っているわけではないが、会いたいんだろうなということはすぐにわかった。そこから日程を合わせ、2週間後に会うことになった。行き先は六甲山。六甲山の夜景は函館山に匹敵するほど綺麗と言われており、レンタカーを借りて行くことになった。
「その日何時までいける?」
そう聞かれ、私は
「実家に帰ってるタイミングだし何時でも大丈夫だよ。」
そう答えてしまった。すると案の定
「じゃあ夜連れ回します。」
私はこれを言ってほしかったのかもしれない。一晩健太といれることがすごく楽しみだった。
私たちが2人で会うのはこれで3回目だ。きっかけは健太の転勤だった。
「名古屋に転勤になったからその前にごはん行かへん?」
このメッセージが来たとき、私は素直に行きたいと思った。変な意味はなくだ。そのときはまだ、ただの友だちだと思っていたから。
私たちにはお互い彼氏、彼女がいた。だから友だちだとお互いが思っていると思っていた。
だから私は彼氏である大輔に伝えた。
「健太からこんなメッセージ来た。」
すると大輔の表情が一瞬で曇った。
「これ2人でってこと?」
「いや、それはわからんけど。」
「男は信用したらあかんで。」
それから2人の間に沈黙が流れ、口を開くのも重たい空気になってしまった。
このことがあり、結局そのときに会うことはなかった。
それから1ヶ月ほど経ち、たまたまインスタグラムを見ていると、婚約をした先輩の投稿が出てきた。
そこで私ははっと気づいた。結婚をしたら健太と会うことが余計に難しくなるということに。
私は大輔と結婚をしたいと思っていた。そこに迷いはない。でもそれによって、会いたい人に会えなくなるのは嫌だと思った。だから
「健太!この間はごめん。やっぱり会えるときに会っておかないとって思った。またこっち帰ってくるとき教えて。」
そうメッセージを送った。心臓がすごくどきどきしている。もちろん大輔には言っていない。罪悪感とスリル感が入り混じり、なんとも言えない気持ちになった。
「もちろん。りっちゃんがいいなら会お!」
それから3週間ほどが経ち、私は久しぶりに健太と会った。健太とは大学時代サークルが同じで仲良くなったが、2人で会うのは初めてかもしれない。自然にどきどきとしてしまう自分に驚いた。
健太がイタリアンのお店を予約してくれており、2階のカウンター席に案内された。外は寒かったが、中はとても暖かい。お酒で乾杯をし、2人の再会を祝福した。
やっぱり健太といると心地良い。
学生時代からだが、健太にはなんでも話すことができた。気を遣わなくていい友だち。私の中での健太はそんな存在だった。
そして、2件目に行き、健太が聞いてきた。
「りっちゃん今日帰らなあかんの?」
私はもともと1件目で帰るつもりでいたのに、まだ帰りたくないという気持ちが強かった。
「今日実家に帰るかもって大輔には伝えてるから別に帰らんでも大丈夫。健太は?明日早いんじゃないの?」
「朝帰れば全然大丈夫。」
言ってしまった。という後悔と朝まで健太といれるというわくわくが入り混ざる。ただ、すごく嬉しかった。
そこから2件目のお店を出ると外はかなり冷えていた。
「やっぱり外は寒いね。」
ぽろっとつい口から出てしまった。
「そんなん言って何してほしいん?」
唐突に右手を掴まれすぐに離された。
「そういうこと言ってたらこっちが温めてあげないとって思うでしょ。」
健太はそう言ってにやっと笑った。
私は離された手をもう一度握った。
「じゃあ温めて。」
「悪い女やなあ。」
そうにやにやしながらもぎゅっと手を握ってくれる健太にどきっとしてしまった。このときからだ。私の中での健太への気持ちが変わったのは。
「はい、とうちゃーく!」
健太の声ではっと我に返った。健太といるとついつい昔のことを思い出してしまう。
車に乗り込んでから目的地を入れようとすると
「あー、ちょっと待って。先に行きたいところある。あ、でも目的地入れたらわかっちゃうか。」
そう笑いながら健太が目的地を入れだした。
「六甲山ガーデンテラス。」
「そう。たしか、20:30が最終とかだったと思うから余裕で行けるね。」
そう言って健太がアクセルを踏んだ。
ブーンと軽快な音を立てて車は動き出す。
健太と車に乗るのは初めてだ。
信号で止まるとふと思ったことを口にしてしまう。
「歩行者信号めちゃ長いよね。」
「いいなあ。」「いいなあ。」
2人で顔を見合わせて笑ってしまった。こんなしょうもないことでも笑い合えるところがいいなと思ってしまう。
しばらくしたところで健太が言い出した。
「俺最近別れたんだよなあ。」
私もそろそろそれに触れようかなと思っていたところだ。
「別れたって言うとよく心配されるけどそんなんじゃないんだけどなあ。」
「だって健太から言ったんでしょ?」
「そう。やっぱりりっちゃんにはお見通しかあ。」
健太が彼女と別れたと聞いたのは1ヶ月ほど前のことだ。すごく驚いたが、前々から彼女の不満は聞いていたので、なんとなく予想はついていた。
「りっちゃんはいい感じ?」
私の話に持ってくるか。
「うん。私は別れることはないよ。」
少し隣でため息が聞こえたような気がしたのは気のせいだろうか。
「ほんと、悪い女だねえ。君は。」
隣を見なくてもわかる。どんな顔をしているかくらい。
「はいはい。私は悪い女ですよ。知ってますよ。」
自分でこんなことを言っているが、罪悪感はない。本当に悪い女だ。
そうこうしているうちに目的地に着いた、と思ったら
「うわ!雨降ってきたで!」
という健太の声で雨が降ってきたことに気がついた。
「えー!最悪じゃん。せっかくの夜景が。」
「でも雨上がりの方が綺麗らしいで。ラッキーってことでいいじゃん。とりあえずトイレだけ行きたい。」
そう言って健太はトイレに走っていった。ついつい笑ってしまう。
車に帰ってくると
「雨やんでるよ!」
とすごく嬉しそうに教えてくれた。
駐車場から一緒に展望台へと向かう。
「うわ…。」
思わず息を呑んでしまうような光景が広がっていた。
「こんな綺麗だと思わなかった。」
お互いあまり言葉を交わさないまま景色を見入ってしまった。健太の言う通り、雨上がりだからこその綺麗さがあったと思う。
展望スポットはいくつもあったので、歩いて行ってみたが
「やっぱり最初のところが一番だね。」
と健太が言うのもわかるくらい同意見だった。だから、最初のところからまた夜景を見て車へと戻った。
「さ、次どうする?このまま山の方に行くか、海の方に降りるか。」
健太が私に委ねてきた。こういうところで決めるのが苦手なのだが、ここで決めないのも違うと思い、
「じゃあ海の方いこう。」
と海の方に行くことにした。
しばらく車を走らせていると、途中の信号待ちのときに、突然右手が温かくなった。私はびっくりしてその手を見つめていた。健太が私の手をにぎにぎしている。
「りっちゃん怒らないんだ。」
そう言ってきた。だから私も言ってやろうと思って
「抵抗してほしかった?」
我ながら嫌な女だなと思う。案の定隣で健太はにやにやしている。
「その方が燃えるかもね。」
平然を装っているが、私の心臓は今にも飛び出すんじゃないかというくらいどきどきしている。
「お!海が見えてきたぞ。」
そう言ってぱっと手を離された。手に寂しさを覚えながらもほっと一息つく。
海辺はカップルがたくさんいた。流石、デートスポットだけに夜でも人が多い。
私たちもカップルに見えてるかな。そんなことを思いながら階段に腰をかけた。
「最近仕事はどうなん?」
少し真面目な話でもしてみるかと思い聞いてみた。
「んー。なかなか思うようにはいかないけど、なんとか踏ん張ってるかなあ。いずれは転職もするつもりだし、それまでに少しでも実績作っときたい感はあるし。でもやっぱりまだまだだなって思うことは多いよ。」
結構真面目な回答が返ってきて驚いた。案外ちゃんと仕事してるらしい。
「りっちゃん、物思いに耽るなら今は絶好のときやで。」
どうしてこっちの気持ちがわかるのだ。ちょっと悔しくなってくる。
「私だってこれで本当にいいのかなあって思うよ。今、この瞬間もそうだし。やっぱり悪いことしてるっていう意識はあるからね。」
「今は俺とおるんやからそんなこと言わんとってよ。」
「うん。そうだよね。」
なんだ、案外真面目に返してくるじゃんと言って後悔した。
でも、やっぱりこの居心地の良さはなかなかないレベルだとも思う。
私たちは車に戻ってちょっと休憩することにした。
「りっちゃん。眠たかったら寝てていいからね。でも寝てたら何するかわからないからね。」
何をするのかはだいたい予想がつくが、聞いてみる。
「えー。何するつもり?」
「知りたかったら寝てください。寝たふりでもいいけど。」
「寝ないとしてくれないの?」
あー。つくづく自分が嫌になる。
「起きてくれてたらなお嬉しい。」
やっぱりそうなるよねと思った。
「絶対寝ないからね。」
と座席を倒しながら言った。
健太は何もしてこなかった。彼も眠たかったのだろう。しばらくして
「ちょっと腹減ってこん?ドライブスルーでなんか買おう。」
そう言って車を走らせる。
「りっちゃんなんかいる?」
別にあまりお腹は空いていなかったが、アップルパイをお願いした。
「ポテトMとシェイクのいちごとアップルパイお願いします。」
と注文してくれた。
車を路駐させて各々食べている間は無言だった。私はずっと外を見ていた。
食べ終わってからもしばらく外を見ていると、急に顎を掴まれ、健太の方に顔を向けられた。
私は慌てて顔を下げる。
「ダメ?」
「ダメ。」
健太が何を聞いてきているかくらいわかる。
「何でダメなの?」
私はただずっと下を向いていた。これがせめてもの抵抗だと思っていた。
「何でダメなの?」
健太がまた聞いてくる。私はここで用意しておいたセリフを言う。
「健太にまた会いたくなるから。」
健太の目を見て言ってやった。
「じゃあいいじゃん。」
軽くキスをされ、全てを見透かしたかのように
「わかってて言ったでしょ?」
と言われたから、私は小さく頷いた。
1回されると何回も欲しくなってしまう。だからダメだって言ったのに。
何度かキスを交わし、また車を走らせる。
「どこか休憩しに行こっか。」
私はどきっとした。正直、頭の中で何回も練習はしていたが、いざ、となると緊張してしまう。しかし、健太はなかなか車を止めようとしない。
「どこ向かってるの?」
「とりあえず適当に走ってる。」
健太も流石に躊躇しているのだろうか。私には彼氏がいるのだ。そのことを少しは気にしてくれているのかもしれない。もう今更だが。
「シャンプーしたいな。」
本当に頭が痒くなってきたところだったので、ぼそっと呟いた。
「おっけー。」
そういうと、ラブホテルに入った。やっぱり行きたかったんじゃんと思ったが、わざわざ言うことでもないと思い、言わなかった。
彼氏以外とホテルに入るのは初めてだ。どこに座ったらいいかもわからず落ち着かない。やけに落ち着いて見える健太に腹が立つ。
健太がお風呂のお湯を入れてくれている。その間、私はベッドに腰をかけて心の準備をしていた。
健太が戻ってきたと思ったら、私はベッドに押し倒されていた。あまりの展開の速さに驚く。先ほどよりも激し目にキスをされる。
「べーってして。」
健太にそう言われるが、私は首を横に振った。
「ダメなの?」
拍子抜けしたように健太が声を出す。
自分でも驚いた。何度も頭の中でシュミレーションをしたはずなのに、頭から大輔が離れない。大輔への後ろめたさ、罪悪感が大きすぎた。
それを察したのか、健太が私を抱き抱えて起こしてくれ
「先シャワー浴びておいで。」
と促してくれた。
シャワーを浴びながら、私は葛藤をし続け、覚悟を決めた。
お風呂を出てから部屋に戻るまで健太はこちらに来なかった。これが健太の優しさなのだと思う。
健太がシャワーを浴びている間、私はソファーの隅で携帯を触っていた。ほどなくして、健太が部屋に戻ってきた。私は顔を上げる。
「そんな暗い顔してどうしたん?」
携帯を置いて私は答える。
「暗い顔なんかしてないよ。」
それが合図だったかのように私はベッドに押し倒された。そして激しくキスをされる。覚悟を決めたはずなのに、やっぱり頭には大輔が浮かんでくる。健太が私の横に寝転ぶ。
「りっちゃんのことを考えたら、この辺でやめてた方が良いのかな。」
私は何も言わずにじっと健太を見つめていた。こればっかりはどうするのか健太に委ねたかった。
そして、健太は電気を消し、慣れた手つきで私のパジャマを脱がし、ブラジャーのフックを外した。それからしばらく、おっぱいを揉まれたり、乳首や首、耳を舐められたが、私の体は何も反応しなかった。
そのときに悟った。私は大輔が大事なんだと。体は正直だった。健太に体を預けているときも、不安と罪悪感は消えなかった。それが健太にも伝わっていたのだろう。申し訳ない気持ち、健太を傷つけてしまったということ、謝ることもできず何も言葉が出てこなかった。
お互い服を着て布団に入った。
「ねえ、健太。」
「ん?どうした?」
「…もう…2人で会うの、やめよう。」
「…うん。」
そのあとは何も喋らなかった。眠気なんてとっくに吹っ飛んでたし、この状況で寝れるわけはなかった。それは健太も同じだっただろう。
朝になってからもお互いあまり言葉を交わすことはなかった。
レンタカーを返し、駅までの道で私は健太に聞いた。
「なんでさ、私と会ってくれてたの?」
健太はしばらく考えたあと、
「言葉で言うのは難しいけど、たぶんりっちゃんと同じ理由じゃない?」
やっぱり濁すんだ。少しがっかりした。
本当は「私のこと好きだった?」と聞きたかったけど、敢えて聞かないことにした。
しばらくは会えなくなるだろうなと思った。それは寂しいことだけど、お互いその方が良いのだろう。
「私が言うのも違うかもしれないけど、幸せになってね。」
そう言って、私たちは別れた。
私は振り返らなかった。
また戻らないために。




