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短編まとめ

原産地が同じでも結果が違ったお話

作者: よもぎ

なんと言えばよいのでしょうね。

わたくし、三十五年生きておりますけれど、本当は……というか、精神的に?魂的に?どちらでも構いませんけれど、もう少しばかり年が上になるのです。


ええ、わたくし転生者です。

異世界の日本産。

記憶を思い出したのは随分昔のことですけれど、その時分の――日本で生きたわたくしの自我は今のわたくしに負けてしまったようで、記憶しか残っておりませんの。

もしもかつてのわたくしが残っていたら大変だったでしょうね。

記憶を紐解く限り、日本ではコメなる主食を食していたことですし、パンと馬鈴薯を主食にするこの地で生きるのはつらかったでしょうし。

何より貴族の暮らしなんて、平民だったかつてのわたくしでは不可能です。


一応ね、わたくしも記憶を活用しておりましたのよ。

農業や土木技術、治水に至るまで。

ヒントがあれば開発が進むものを発展させましたわ。

コンクリートは父から雑談で教わって覚えていたので再現できたものです。

活用先は難しいけれど、役立っていることは確か。

消え去ったかつてのわたくしも草葉の陰で喜んでいることでしょう。



話が逸れましたわね。

困ったことに、わたくしの娘が悪役令嬢に育つと分かってしまったのよね。

夫が名付けたヘンリエッタという名前。髪や瞳の色。長じては顔立ち。

そういったものから、記憶に残った乙女ゲームの悪役令嬢だと気付きましたのよ。


さすがに公爵家の跡取り娘が処刑されるのはちょっと。

一応下に息子も娘もおりますけれど、跡取りとしては育てておりませんもの。

「そう」だと断言できる段階ではもう、跡取りとしてしっかりしてきていましたし。



ご明察、と言って差し上げるべきかしら?

そうよ、だからヘンリエッタには婚約者を付けなかったのです。

跡取りである娘を立てて仕事の出来る殿方を望むので、早いうちから決めるつもりはございません、と。

そのように広く伝えましたの。

無論王家にもそのように。

例え王子であっても婿入りする身分ですものね。

飛びぬけて優秀であるなら考慮致しますと跳ねのけましたのよ。


ですから、あなた。ヒロインさん。

攻略、しやすかったでしょう?

本来婚約者候補として娘に侍っている男たちがフリーなのですもの。


格下ながら同じく跡取りであるヒロインさんと結ばれるのも悪くないなと思わせて次々篭絡していかれた。

その手腕には脱帽でしてよ。

おかげでヘンリエッタを蔑ろにしかねない男たちと縁がなくなって清々しております。

もしあなたの誘惑を拒んで己を磨けるのならと期待していたのですが全滅ですもの、ねぇ?



……?別にヘンリエッタの婚約先には困りませんけれど?

あなたに篭絡される程度の男しか候補に考えていなかったわけではありませんわ。

もっと優秀で誠実で、ヘンリエッタが好みそうな殿方はきちんと調べ上げております。

穏健派派閥の長となるヘンリエッタに婿入りしたいと自己研鑽を続ける殿方は決して少なくないのですよ。

あの男どもを除いたとしてもね。



そういえばご存じじゃないかもしれませんけれど。

あなたは姦淫の罪を犯しましたわ。

日本にはなかった罪ですが、普通に生きていれば犯すことのない罪ですのよ。

ええ、複数の異性と閨を共にするような、ふしだらな者に与えられる罪です。

娼婦や男娼は職業上許されますが、そうでない者には罪となります。


平民であれば罰金程度で済みますけれど、貴族は処刑ですのよ。

だから今、あなたは牢におりますでしょう?

知らされておりませんの?そう……。常識ですから誰も言いませんわよね。



姦淫の罪での処刑は火炙りですのよ。ご存じ?

炎により魂を浄化し、生まれ変わった時には罪なき者となるようにと願っての刑なのですよ。

ただ死なせるのではなく、次の生へのステップとしての処刑なのです。

ですから教会が関与してきているのですけれど、あなた本当に何もわかってらっしゃらない?

どの段階で日本でのことを思い出したか知りませんけれど、あまりに無知ではなくて?


……まさかとは思いますけれど、この世界での自我を食いつぶして、日本での自我のみが残りましたの?

あら…………それは、また。

それにしたってあなた、それは…いわゆる、ビッチというものではなくて?


何もひどいこと言っておりませんわ。

だって、十数人と寝たのでしょう?

日本でも中々いませんわよ、そんな貞操観念のないお方。

殿方でもいないのじゃないかしら。

若いから出来たことなのかしらね……毎日毎日何人もの相手をするだなんて、お元気ですこと。



ああ、そうそう。

あなたが篭絡した方々、どうなるかお知らせいたしますわね。

あなたと一緒に火炙りですわ。

え?元王子もですけれど。

汚らわしくも女を共有することをよしとし、時には複数人であなたに奉仕したのは、まあ、姦淫の罪に値します。

悪魔のような所業に巻き込まれただけとは言い難いですもの、仕方ありませんわ。

ご実家に関しては当分慎ましく過ごす他なくなりますけれど、没落よりはマシですわね。



さて、わたくしからは転生者のよしみで差し上げるものがあるの。

はい、どうぞ。

なにって、睡眠薬ですけれど。

火炙りはどうしようもありませんから、せめて眠っている間に死ねるように、ということですわ。

……これでも大分親切なのですけれど、本当に要りませんの?

強力なものですのよ、これ。麻酔と同じようなものです。

体を切り刻まれようとも目が覚めないものなのですもの。

処刑の準備をされている間にそのお薬を噛んで飲み込めば、苦痛だけは味わうことなく逝けますのに。



はい。差し上げます、と申しましたわ。

ですのでどうぞ、処刑の時までは隠し通してくださいましね。連行前に口に含まれるとよろしいわ。




本当はね、あなた…ヒロインさんがゲームを始めなければ、それとなく手助けするつもりでしたのよ。

あなたに良縁があるよう配慮するとか、ご実家の商売にも売れ始めの商売人を紹介するとか。


けれどあなたは乙女ゲームを始めてしまったでしょう?

悪役令嬢不在のまま。


ええ、あなたが虚言で断罪しようとした娘はね、本当に何もしておりませんわ。

いいえ、むしろあなたのことを認識していたかさえ怪しい。

今日ここに来るのだって不思議そうにしておりましたもの。

お知り合いですの?お母様。なんて言われましたわ。

勉学に打ち込み、良識ある子女との付き合いをこなしていた証拠なので誇らしいことです。

くだらない害虫の噂を長々するような方との付き合いなんて必要ありませんものね。



さて、そろそろ面会時間も終わりですわね。

遺言があれば聞いて差し上げてよ?





……リセット?うふふ、おかしなことおっしゃるのね。

あなたはこれから人生をリセットなさるのよ。

来世では変な記憶を思い出したりしないよう、しっかり浄化していただいてくださいましね。

それではごきげんよう。良い終焉を。







----------



お母様に内緒にしていることがある。

わたし、転生者なの、なんて、とてもじゃないけど言えないわ。

小さな頃に鏡を見て思い出したの。日本で暮らしてたこと。

だけど正気を疑われると思ってひた隠しにしたの。


何がきっかけかは分かりきっているわ。

青みがかった銀髪に、深い青の瞳。

強気とか勝気ではないけれど意思の強そうな顔立ち。

そして、ヘンリエッタ・オルディントンという名前。

日本でプレイしたことがある乙女ゲームの悪役令嬢だ、って、気付いてしまったの。



思い出してからは悩んだわ。

でもね、本来なら婚約者候補がたくさん居るはずなのに、お見合いの席も何もなかったの。

ただお勉強をしたり、実際に領地に行ったり。

関わりのある商家との話し合いに同席したりもしたわ。

だけど、婚約に関することは一切起こらなかった。


不思議に思って、その時一緒にいたお父様に聞いたわ。

そうしたら、もっと大人になって、その時一番優秀で適切な殿方を選んで決めるのだよ、と、言われて。


なんとなくだけれど、気が付いてしまったの。

お母様も転生者なのでは?って。

考えてみると、お母様が主導した開発は日本で暮らしていた当時の文明レベルのものだったわ。

さすがに工業まではいかなくても、雑学を応用して文明を進めているような感じで、コンクリート建築なんてものも最近になって根付いてきたようなもので。

ともかく、お母様はわたしのために婚約者を定めるどころか候補を作ることさえ後回しにしてくださったのだわ、と気付いたの。



だからわたしは何も知らないふりをして、娘として頑張ることにした。

お母様はご存じじゃなかったらしい雑学を幾つか開発部に流してあげたし、製塩も一時期流行ったネット小説のものをおぼろげに覚えていたからその技術のプロットも組んで。

砂糖や香辛料は量産されていて庶民にも手が届くものになっていたから、シェフと一緒にあれこれ考えてカレーは開発したわ。

お母様がこれで喜んでくれたから、西洋風のこの土地でも再現できるお料理を幾つか考案した体で作っていった。

おかげでわたしは美食令嬢だなんて言われるようになったそう。

……ほんとに偉大なのはね、前世のわたしと、そのわたしにレシピを教えてくれた人たちよ。ネットで検索をかけたレシピを覚えてたんだもの。

でも、こんな露骨なことしても気付かないお母様って……。


もちろんお料理の事だけしてたわけじゃないわ。

法律のお勉強も面白くてのめりこんでしまったのだけど、日本……どころか、あの時代の地球ではないような罪がいくつもあって。

この世界、いえ、国では、不倫は罪になるのよね。

ハーレム、あるいは逆ハーレムは違法ということ。

だから王であっても王妃と側室の二人だけしか娶れない。

それ以上の女性に手を出すとなれば、王であっても罰を受けることになるなんて厳しいわよね……。

これは宗教観もあってのことだからどうしようもない。


炎は浄化。これは欲望に負けたが故の罪全てに関係してくる。

金欲に負けて脱税、横領、汚職をした者も火炙りだし、賄賂を渡して不適切な地位を得ても火炙り。

こんなに炙られることある?ってくらい、いわゆる七つの大罪的な行為に火炙りがついて回る。

さすがに食べ過ぎて太ったら火炙りはないけれど。




そんなわけだから、もしヒロインが現れてもわたしは婚約者もいないし放っておいて、専門性のある学科で未来を見据えて学んでいこうと決めていたの。

ネット小説ではお決まりじゃない?悪役令嬢が転生者ならヒロインも転生者。おまけに逆ハーレム狙い。

そんなことしたらこんがり焼かれるって、常識なのだし、ねえ?

だから一人に絞って攻略するでしょう。

でもそれわたしの相手じゃないからお好きにどうぞ、ってそれだけのつもり、だったんだけどなあ。





さすがにね、噂になったのよね。

攻略キャラの十人をコンプリートしただけじゃなくて、気に入ったのもまとめて攻略して合計なんと十数人を手玉に取って、人目も気にせず逆ハーレムを謳歌していたら、ね。


わたしは別にどうでもよかったのだけど、友人たちが見ないでいいようにって移動の際は気を付けてくれたから、直接は見たことないのよね。

まだ攻略途中の段階からそうだったから、クラスで他の令嬢がたが噂しているのに聞き耳を立てないと情報が入らなくって。

それで内心指折り数えて人数が分かった時には「なんてタフな方なのかしら」って感動さえしたわ。

学生業をこなしながらそんな大人数を完璧にコントロールするのも無理だし、なんていうか、……学生業、ほんとにしてらしたのかしらね。



あまりの爛れっぷりに、学園側と生徒の何割かが通報をして、その結果ヒロインさんは逮捕された。

その噂は聞き耳を立てるまでもなく、あちこちで激震ニュースとして話されていたわ。

ヒロインさんだけでなく、侍っていた殿方たちもまとめて逮捕というのもその時に知ったの。

……姦淫の罪よね、あれ、って思っていたから、ああそうなるんだ。って自然と思ったものだわ。

同世代から火炙りされる人が物凄い人数出るのはショックだったけど、現場を見なければ無いも同然だから。



処刑は見に行かなかった。

表向き、というか実際にわたしはヒロインさんとも逆ハーレム構成員たちとも無関係だし、処刑を見学して楽しむ趣味もないし。

いつもどおり勉学に励み、有用そうな情報が記憶にないかを探し、寝たわ。



だから、いまだにちょっと、乙女ゲームが終わったという現実がふわふわしているのだけど。

そろそろ婚約者を付けようか、なんて話をお父様からされたので、さすがに実感しつつはあるのよね。

入学して学ぶうちに才覚は数値化されているのだし、両親がそれを参考にしないわけがない。


両親は厳しいけれど、わたしを愛していないわけじゃないって分かってる。

だから、安心して任せていいと思ってるの。

日本の記憶では親任せの結婚なんて前時代的だけど、今のわたしにとっては当たり前のことだし。

あの二人がろくでもない人物を公爵家に迎えるとも思えないし。




いつか、お母様に言ってみようかな。

わたし、日本って国で生きた記憶があるんです、って。

驚くかしら。それとも、カレーを出した時点で気付かれているかしら。

どちらもありそうだから楽しみ。

ああ。

破滅を恐れる必要がない日々って、こんなにも落ち着くものなのね。

どういう縁が紡がれたのか分からないけど、お母様とわたしに記憶をくださった、多分……神様? 感謝します。

お礼にこの国を発展させていきますから、見ていてくださいね。

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