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星染ノ幻想譚  作者: 黒意将欺
一章 王位争奪遊戯
3/4

二刻 夢であれ

 何の合図も無しに重い瞳が開く。

 ぐわんぐわんと脳が収縮を繰り返しているかのように、すっきりとした心地がしない。


 目が覚めた、のか。

 それにしては小鳥のさえずりがしない。

 鬱陶しい陽光を感じ取れない。

 目覚まし時計のアラームなどもっての外。


 音がしない。

 ツーと耳の中に空気がたまっているかのように、何かに遮断されている。


 もしこれが目覚めたという意味を持つのなら、この天井、いやこの空はどこの空だ?


 辺り一面が真っ白い、処女雪のような純白の空間。

 冷気は感じられないし、そもそも温度すらも認識することができない。


 目が覚めた俺は仰向けになっていた体を起こす。

 この表現が正しいのかなんてわからない。ただ、この知らない空の下で寝ていたのは確かだと言わざるを得ない。


 やけに体が重い。倦怠感は確かに感じられた。

 風邪で幻覚を見ているのか。

 そういうわけではないだろう。


 空の下は同じように白で溢れかえっていた。

 どこを見ても白。

 頭を振って、もう一度瞳を強く見開く。


 まるで、新品のキャンバスでも見ているかのように唯々白い。

 色を付けることを忘れてしまった世界のように。

 それとも俺が色なのか。


 視線を落とし、掌をくるくるとちらつかせる。

 仄かに赤色を帯びた肌色。

 薄っすらと青い筋が浮かび上がっている。


 確かに見える。

 色がある。

 俺には色がある。

 しかし――


「なんで裸……」


 生まれたままの姿で俺はこの奇妙な空間に立っていた。

 それでも恥ずかしいという気持ちは沸いてこなかった。


 これから何が起こるのかという恐怖とほんのちょっぴりの好奇心。

 科学変化など起こらない。


「誰かいませんか?」


 思わず声をかけた。

 誰もいないのは火を見るに明らかだ。


 それでもいてほしいと、心底から沸き上がり始めた寂しさが一縷の望みを込めて吐き出した。


 ・・・


 何も聞こえない。

 当然かもしれない。


 聴覚を遮断されたような感覚のあるこの耳ではきっと何を聞いても聞き取ることなんてできない。


 いや、そう思ってしまうのは、誰もいないということを確定させるのが怖いからか。


 ペタペタと限りなく長いこの空間を彷徨う。

 そもそも進んでいるのかも怪しい。


 俺は本当に歩いているのか、まさに錯覚というやつか。

 何も理解しえない。


 どこで、何があって、誰がいて、誰がいなくて、何が聞こえているのか。

 どれもわからない、と考えることを放棄せざるを得ない。


「誰か、誰かいないのか!」


 今度は語気を強めてみた。


 ・・・・・・


 相も変わらずだ。


 そもそも声が出ているのかもわからない。

 でも感じる。

 声を出した時の、喉がガラガラと振動する感覚。

 肺、腹から空気が抜ける息苦しさ。


 例に自分の頬を叩いてみた。


 痛くない。

 そう、痛くないのだ。


 ピリピリと疼くような痒さも、瞬間的な衝撃による痛みも。

 まったくもって感じない。


 この空間は感じられないものばかりだ。


 目は見れて、たぶん体も動けて、声も出ている?


 それ以外はこれといって感じられない。

 まるでそれ以外は不必要なようで。


「――夢みたいだ」


 ぽつりと零してみた。

 そしたら、脳が勝手にそのことに意識し始めて可能性を探り出す。

 だからこの状況を鮮明に夢なのではないかと思い込んだ。


 もしこれが夢だとしたら、明晰夢ってやつなのかもしれない。

 痛みがないが意識はある。あるいはそう錯覚している。


 そして、現実では起こらない現象。


 これらの証拠によりこれを夢だと認識してもいいんじゃないか。

 なにより、漫画っぽいし。


 もしかしたら神様みたいなのが現れて俺に特殊な能力を授けてくれるかもしれない。

 はたまた異世界に転移したり。

 あるいはお告げなんかされてラブコメ展開にとか。


 別に調子に乗っているわけでも緊張感がないわけでもない。

 そう思っていなければ精神的に辛い。


 いつ現実に戻れるのかもわからない状況で肩肘張って居続けるのには忍耐力が必要だ。でも無尽蔵じゃない。少しは忍耐力というゲージの減るスピードを下げる必要がある。

 だから馬鹿みたいに妄想を膨らませるのだ。


 それが俺というオタクにできる唯一のこと。

 なんてかっこつけちゃったりして。


「オタクというものは能天気なのだな」


 後方から声がした。


 不気味な現象に体の筋肉が強張って動けない。

 小刻みに両足が震えている。

 明らかに怯えている。

 わかっている。


 今まで何もなかった場所に唐突に声が響いたのだ。

 それも誰かも知らない、少なくとも俺の声ではないものが。


 驚かないわけがない。

 冷たい何かが背筋をゆっくりと撫でるような気持ちの悪い感覚。

 本能的に身構えるしかなかった。


 それでも確実に聞こえた。

 酷く低い貫禄のようなものを感じられる男の声。

 日本語だ。


 共通言語であることを認識すると、少しだけ体が軽くなった。


「どちら、さまですか?」


「その目で確認してみればいいのではないか」


 もし背後に人ならざる者が立っていると考えると、早々顔を向けられたものではない。

 下手をすれば石に変えられてしまうかもしれない。

 そんなメドゥーサがいればの話だが。


「何かされたりとかは」


 相変わらず背を向けたまま震える声で聞いてみる。


「そうであるのなら、声などかけず襲っている」


 それもそうだ。

 そう考えると相手はただ単に俺を殺す意思はない。

 話しかける必要性があるということ。

 会話を望んでいるのではないか。


 悩みながらもゆっくりと振り返り、いるであろうその人物に目を向けた。


「どうかな?」


 男はそう言った。

 叫ぶでもなく、起こるでもなく、悲しむでもなく、ただ平坦に。


 どうかな?と言われても。


 一言で表すのならば白骨遺体だ。


 骸骨がふさわしくない絵に描いたような王冠とマントを身に付けている。

 それ以外の何物でもない。


 他にあるとすれば人骨であること。

 まるで崩御した王国の王の亡骸とでもいえるだろうか。


 不思議と恐怖や怯えはなかった。

 それは相手が元人間だったからかもしれないし、すでに不可思議な現象にあっているからかもしれない。


「もしかして、この骸骨があなただったりします?」


「これが、今の私の姿だ」


 骸骨は滑らかに口を開き、声を発した。

 どういう原理なのかはわからない。

 舌はないし、肺もない。

 ましてや脳みそもなさそうだ。

 臓器一つ無いその体でどう動いているのだろうか。


「我は現王――リドル=ウォーリア。貴様をここへ導いた招待主とでも言っておこうか」


 ここへ導いたってことはこいつのせいで俺はこんなところにいるってことか。

 ならこいつが、元の居場所へと戻す手段を握っているに違いない。


 って、待てよ。

 ここに導いたのなら、これは夢じゃないってことか?

 あれ?夢って一体何だ?


「ここが夢であるかなど、些細なことにすぎぬ」


 まるで俺の心を見透かしたかのようにリドルは答えた。


 夢かどうかなど些細なことらしい。

 ならここは一体どこなんだ?


「ここは――そうだな。何と言えばいいのやら。

 強いて言うのであれば終着点だな」


 明らかに俺が口にする前にリドルは疑問の答えを述べてくれる。

 見透かしているというよりは聞いているのか。


「その通り。我にはお前の心が読める。ゆえに、口にする必要などない」


 リドルは髭など生えてないであろうに自身の顎を撫でた。


 だったら何を言っても偽ることはできないってわけか。

 それに終着点って、こんな殺風景なんて天国か何かかよ。


「どうとるかなど貴様の勝手だ。私が話したいのは結果ではない、これからの話だ」


 これから?


「うむ」とリドルは頷くと、王冠を外しこちらへと投げた。


 思わず両腕でかばったがそこまで威力はなく、俺の目の前でカランカランと音を立てて落ちた。


 なんだよ、いきなり。ちょっ、ちょっとだけビビったじゃねぇか。


「お前達にはこの冠を取り合ってもらいたい」


 はっ?お前ら?俺一人しかいないだろ。

 目ん玉ないから何も見えてないじゃんか、アホやな。


「ア゛ァ?」


 先ほどまでの空気と打って変わり、全身が縮こまってしまうほどの威圧感。


 忘れてた。心読めるんだった。


「言ったろう、取り合ってもらうと。お前はこれからここにいない誰かと王の座をかけて殺し合ってもらう」


 殺し合う?


 単純な言葉だ。

 イラついた時に吐く暴言の二文字の矛先を互いに向け合うということ。


 誰かを殺し、あるいは殺される。

 これからお前は戦場に出ろとそう告げられるのと同じ。

 まさにそれだ。


 王の地位を奪い合う政権争いを見ず知らずの人とやり合え、そういうことなのだ。


「そんなのやるわけないだろ!!」


 勢いあまって口から出た。


 当然だ。やるわけがない。

 間接的に人を殺せと言われているのだ。

 二つ返事で了承などできるわけがない。


「タダとは言わぬ。貴様が事を終わらせた暁には、願いを三つ叶えてやろう」


 どこかの魔人のようなセリフだが、確かに魅力的に感じる。

 しかし、人の命は金では買えない。


「それもそうだ。なんせ、()で買おうとしているのだからな。この地位と報酬は命よりも価値がある。ほしいとは思わぬか?富も名声も女もすべて思いのまま。

 星に願っても叶わぬことが、殺せば叶えられるなど、いたって簡単なことだ。これを逃すわけがあるまいな?」


 ククッと笑うかのように喉を鳴らすリドル。


 何が面白いのかよくわからない。

 確かに漫画みたいな展開だ。

 現実かもどうか怪しい。

 どうせ夢なら誘いに乗ってみてもいい。


 でももし、現実だとしたら?

 俺は責任を持てるのか。

 人の願いを踏みにじってまで叶えたい願いなんてあるのか。

 命に見合う願いはあるのか。


 そんなもの、あるわけがない。


「あくまで拒否するか。だが残念なことに貴様の意思など関係ない。これは決定事項だ。貴様に戦う意思はないのかもしれない。しかし、相手は生き残るために貴様に刃を向けるぞ。その時貴様は同じことが言えるか」


 ふざけるなよ!

 誰がそんなこと願った!

 今すぐ撤廃しろ!!


「望みがあるのなら、それを勝ち取ればいいのではないか」


 今度は盛大に、無い臓物を全て吐き出すかのように高笑いを上げた。

 まるで壊れた人形がひたすら同じ言葉を繰り返すかのように、リドルはただただ笑い続けた。


 何がおかしいんだよ。

 おかしいのはお前だろうに。


 人の心を読んでる癖に、何もわかっていないこいつが苛立たしい。

 こいつの頭蓋骨を割り、露出する首の骨をへし折ってバラバラにしたいほどに。


 でも、そんなことはできない。

 それは俺自身に力がないから。

 覚悟がないから。


 だから人の命を奪うことも決められない。

 決められる筈がない。


 だとしても、誰も待ってはくれない。

 見つければ襲い掛かり、隠れれば探し出す。


 一体何人が俺を殺そうとするんだよ。


「このゲームは100人で行われるバトルロイヤル。参加者にはそれぞれ生き残るすべが与えられる。その一つが貴様の右腕に巻かれた【トロイ】だ」


 リドルは自身の手首をトントンと指さす。


 すっと自分の右手首を見ると、黒い腕時計が巻かれていた。

 時計部分が液晶になっている。


 ていうか、いつの間に巻かれたんだ?

 さっきまでは確かに不快感も何もなかったのに。

 リドルが告げた瞬間、唐突に現れた。


 これが、こいつの力か。

 リドル、お前は一体何なんだ?


「我は我だ。貴様らを導くものでしかない」


 何がしたい?


「先も行ったであろう、王位を奪い合ってほしいと。相応しいものにこの地位を与えたいのだよ」


 そのあと、お前はどうなる?

 王でなくなったお前は何になる?


「我も聞いてみたいさ。我はただこの役を与えられたにすぎない。もし、その任が解けるのであれば、この体もろとも消えるのであろう」


 その言葉に一切のブレはない。

 悲しみも何も、覚悟のできたというような意志の強い言葉。


 だからと言って同情などできない。

 身勝手なんだよ。


「ふっ。……そのトロイには多種多様な機能が備わっている。今でいうスマホとやらとたいして差はない。加えて言うのならば、トロイ専用の機能がいくつかある。一つは武器管理。言葉通り、お前たちに支給される武器を保管、管理する機能。

 二つ目は自己確認。貴様らには一つ異能を授けることになっている。それを確認する機能だ。さらには、ホームに常に残りの生存者の人数が記されている。このくらいだな」


 いや待て。

 異能ってなんだよ。さらっと言いやがって。1ミリも聞いてなんかないぞ、そんなこと。


「わあわあ五月蠅いガキめが。そんなもの、あとでトロイに確認しておけ。貴様らだけでは時間がかかりすぎるゆえ、手助けをしてやったに過ぎない。今後はそいつを活用して、スピーディに事を進めていけ。

 しかし、ゲームを進めるうえで要注意するものがある。一つは無理にトロイを外そうとするとトロイに仕込んだ毒針が刺さり死に至らしめるということ。もう一つは、非参加者にばれてしまった場合ペナルティが発生すること。これらをよく覚えておけ。

 我から伝えることは異常だ。質問は……無いな」


 あるに決まっているだろうが!!

 無理に参加させといて降参(サレンダー)はごめんて、ふざけんじゃねぇぞ!!


「そういうから、強制的に切ったのだが。我も何が叶えられるかわからぬが、願ってみればいいのではないか?死んだ人を生き返せと」


 それは……。


 リドルの言う通りかもしれない。

 命以上の価値があるとすれば、対等なものを取り戻すことも可能なはずだ。

 ただしそれは勝ち上がった場合の話。

 もし、途中で命が尽きれば努力は水の泡となる。

 明らかに見合わない。


「願いは三つと言ったであろう」


 そう、願いは三つ。

 一つは生き返らせること。

 残りはいくらでも考えようがある。

 世界の半分や巨万の富とか、世界中の女性を手籠めにするとか。


 オタクへの認識を書き換えるとかも。


「決まったか?」


 そう聞かれると答えづらい。

 覚悟なんてできるわけがない。

 何かしらの踏ん切りがなければ、きっとこのままうじうじしたままなのだろう。


 だから、妄想することにした。


 俺が戦っている姿を。

 誰かを救っている姿を。


 どの姿の自分は格好良く見える。

 憧れの的だ。


 誰からも認められる、そんな自分の姿。


 ありえるはずのない、ありえるかもしれない、そんな未来を。


「やってやる」


 覚悟は決めた。

 一時的に命を奪うだけなら、まだ。

 俺自身のためにも。


「なら良い。ゲームは明日からだ。本来の目覚めを体感し、精々足搔くといい。

 気づくはずだ、己がどれだけ愚かだったかを」


 そんなこと百も承知だ。

 薄っぺらい覚悟ならいつだって持ち合わせてる。

 見栄を張るのにももう慣れた。

 勝手に主人公演じてやるよ。


 それがオタクってもんだ。


「武運を祈っているぞ、罪人よ」


 リドルの言葉を皮切りに意識が遠退いていく。

 急速に眠気が襲ってきたのだ。


 グラグラと力が上手く入らず舟を漕ぐ俺は、最後に言い残していた言葉に引っかかっていた。


「罪人」って……俺、のことか……。

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