プロローグ
いつのことだろうか。
どこの書庫だっただろうか。
なぜその書物を手に取ったのだろうか。
そのどれもが不明瞭だ。
意味なんて分からない。
けれど、こうして思い返すということは何かしらに関係するのだろう。
それが、どんな結果に陥っても――。
◇ ◇
『悪魔と神の戦争が長らく続いた時代。
互いの力を求め、争い合う。
悪魔の力と神の翼。
地を統べる悪魔は空を望み、天空を統べる神は大地を望み、睨んだ。
互いの王は軍勢を用いて領土へと進行していった。
王同士の邂逅の果て、多くの命を散らし、犯し、隷属させていく。
燃える炎のように赤く染まる大地と青空を覆い隠すように広げられた天使の翼が凄惨な時代を常に覆った。
あるものは兄弟の名を。
あるものは最愛の名を。
あるものは切り飛ばされた仲間の首を。
あるものは折れ曲がった自らの足を。
叫び、喜び、怒り、激高し、絶望し、希望し、地に落ちて、自決する。
勝者はいない。
敗者のみが積み上げられる、終わり無き屍の山の創造。
誰しもが自分の死を信じたその時、終刻の鐘が鳴る。
どちらかの王の首が掲げられる、誰しもが自身の勝利を望んだ。
しかし、告げられたのはあってはいけない、始まってはいけない、終わりなき終わりの始まりの宣言だった。
王同士で子をなす。
新たな種族を生み出す。
さすれば、互いの力は交わり、地も空も共に歩むことができると。
だから――お前達は諦めろと。
死んでいった者達は無駄死にだったと。
これが互いに望んでいた結果なんだと。
だから――お前達は戦う必要はないと王は告げる。
この戦争を始めた者はそう言った。
やるせない感情を押し殺して、互いに手を取っていけとそんな残酷なことを民に押し付けた。
後に悪魔と神の王の間に二人の子供が生まれた。
1人は力と翼を授かり、もう1人は才能を受け継がずに生まれた。
相反する2人の子を授かった王らは力と翼を持った子に「魔神」と、何も持たぬ子に「人間」という新たな種族を拝命した。
これで、すべてが治まると王は肩の力を抜いたその時、反乱が勃発した。
王の自己中心的な行いが争いの火種となった。
後の者に世界を求めた王の行いは先人の逆鱗に触れたのだ。
忠誠を誓った王の裏切りは、民衆を絶望へと追いやった。
だから、始まったのだ。
たった2人を敵とする、いや、全生命体を敵とする戦争が。
この戦争は長らく続いた。以前の戦争とは比べ物にならないほどの犠牲を出して。
ここで、ある目的を持った組織が生まれる。
ひとつは王の首を取り、悪魔と神の戦争を再開させる《保守会》。
もうひとつは魔神を手にし、その力を我がものとする《革命団》。
この2つの組織は互いに争い合い、中立とするものを理不尽に殺し、戦況がどのように進んだのか誰もわからぬまま、殺し合いを続けた。
結果的に他惑星アイゼンが衝突、ビッグバンが起こることによってすべてが白紙になり終焉を迎える。』
◇ ◇
今思い返すと、これはライトノベルのプロローグだったのではないだろうか。
もしこれが神話であるならば少し、いやかなり痛い。
こいつはどんな結果に陥っても関係がなさそうだ。
悪魔と神の戦いによって、地球は消滅の一途を辿る。実際に消滅へと誘ったのはアイゼンではあるが。
戦争の過程で人間が生まれたのはわかる。
森羅万象の証明として造られた創造神話として妥当な展開ともいえる。
でも、ビッグバンで人間もろとも消滅とは、証明できたものを無碍にするアホなのだろうか。
しかも、それぞれの王の生死は不明。まさに爆発落ちというやつだ、笑える。
にしても、王はなぜ最初からその結果に至らなかったのか頭が痛くなる。結果的にそうなったのであれば、互いの関係に亀裂があったわけではあるまい。嫌々体を重ねるという発想には早々至らないはずだ。
でも、そうなった。
つまりは、何かしらの障害が二人の間にあったと考えるのが早い。
禁断の恋ってやつがあったのかもしれないし、戦っている間に好意を抱くようになったとか。二人の繋がりを断ち切るために何者かが暗躍していたとか。
そもそもこの戦争を仕組んだのは二人じゃないとか。
いくらでも想像は膨らむのだが、結果的に爆発したのだから今更確認のしようがない。
それに、アイゼンという惑星の衝突。惑星が軌道を逸れて地球に衝突なんてそうそうあり得る話でもない。眉唾物と言っても過言ではない。まさに、創造神話のなせる業というわけだ。
だから余計気になってしまう。
始まらせるための終わりだというのに、この物語は終わりの一途を描いているだけに過ぎない。
悪循環なのはわかっている。答えのない問いに挑み続ければ永遠に謎が増え続けるのだ。そんなのは百も承知。
ここまで俺の探求心をくすぐるとは。
やはり、小説として誰か投稿するべきだ。書いてくれるのであればいくらでも読んでやろう、体力の続く限り。
まぁ、こういう物語はマンネリ化してくるし、当然別れが訪れるのだろう。
その時はすまない。素直に謝っておこう。俺には無理だと、続かないと言ってあげるのも読者の義務だ、たぶん。
俺が作者だったら泣くけど。
そういえば――俺は誰なのだろう。
顔を触ってみてもよくわからない。
声を出してみてももちろん誰なのやら。
作家だったとは到底思えない。
武闘家?それとも画家?音楽家かもしれない。
どれもピンとこないのだから違うのだろう。
なら俺はいったい誰?
俺なのか?
僕なのか?
私なのか?
自分の性別も年齢さえもわからない。
ましてや人間なのかも怪しいところ。
もしかしたら人間ではなく神なのかもしれないし、悪魔なのかもしれない。はたまた異星人という可能性もある。
興味が絶えないね。
でもこれも、きっと答えなんて出ないのだろう。
俺の頭にあらゆる情報が存在しない。
俺の頭こそ白紙状態なのだが、これもまた俺自身の特徴なのか。それとも、今の俺自身がそうなのか。俺は初めから俺だったのか。
考えても何の答えも出てこない。ほとほと嫌気がさす。
これは嫌気なのか――おっと、このまま続けていると崩壊しそうだ。やめたほうがいいだろう。
結局、俺が誰であろうと目的は変わらない。
きっと、この目的が俺の存在理由。
中二病?なんとでも言ってくれ。
今の俺にはお前達の言葉が理解できないんだ。
ごめん。
ただそれだけ、言いたい。
謝意があるのかはわからない。
でも、ごめん。
口が勝手にそう動く。
喉が勝手に音を流す。
ごめん。
ごめんなさい。
俺にもよくわからないんだ。
なんでこんなに――。
こんなに――。
――。
―。
教えてくれ。
俺は、俺は誰なんだ?
なんでこんなにも――。
言葉が出ない。
何も浮かばない。
わからない。
何であの書物を思い出したのか。
あぁ、関係ない。
俺はただ、目的を遂行するだけ。
それだけでいい。
だから忘れてくれ。
――のこと。
――という――を。
だから俺に、その手を伸ばさないでくれ。
止めてくれよ。
――したくないんだ。
俺を、お前たちを。
――したくないんだ。
お前たちを。
だから、もう。
もう、――てくれ。
――てくれ。
殺してくれ。