バス停
……今日も僕は、バス停でバスを待つ。
6時45分のバスに乗らなければ、会社に間に合わない。
絶対に乗らなければいけないので、早めに並んでおく。
……何年も、乗り続けてきた、始発のバス。
思いのほか、毎日乗車するものはいない。
思いのほか、運転手はコロコロと変わる。
……顔なじみは、特にいない。
社会人になれば、気軽に知人を増やすことは難しいものだ。
意味もなく、気軽に声をかけたりかけられたりすることが、ほぼ、ない。
……みんな、仕事や目的を持って、同じバスに乗るだけのこと。
無関係の人たちが集まり、バスを待つ。
バスを運転する仕事をするものが、やってくる。
……バスが、遠くに見えた。
バスカードの準備を、しなければ。
会社の社員証の裏に入っている、バスカードを。
バスカードを……。
……ああ、そうだ。
僕はもう、バスに乗らなくても…よくなったのだった。
つい、つい…いつもの癖で、ここに来てしまったな。
……僕は、戦力外通告をされたんだった。
慣れない 仕事を与えられて、心が摩耗して。
働けないと判断されて、会社にもう来なくていいと言われて。
……目の前で、バスが止まった。
バスに乗り込まない僕をよけて、他人が乗り込んで行く。
バスは、定刻通りに、発車していった。
……今日は違うバスに、乗ってみようか。
もしかしたら、気分が晴れるのかもしれない。
そんなこと思いながら、ベンチに座ってバスを待つ。
……次のバスが、やってきた。
このバスは、駅前行きか。
駅に行けば、たくさんの人がいるだろう。
……人ごみに紛れて、疲れるのも嫌だな。
バスを見送ると、次のバスがやってきた。
このバスは、テーマパーク行きのバスのようだ。
……思い切って、テーマパークではしゃいでこようか。
だめだ、こんなに混みあうバスに乗り込む気力はない。
僕なんかが乗り込むスペースは、どこにもない。
……バスを見送ると、次のバスがやってきた。
市内で一番大きな病院に行くバスの中には、体調の悪そうな人がたくさんいる。
病人が溢れている場所に行っても、気が滅入るだけだろう。
……バスを見送ると、次のバスがやってきた。
次に来たのは、スクールバスだった。
老いてしまった僕が乗り込むわけにはいかない。
……バスを見送ると、次のバスがやってきた。
バスというのは…、こんなにも色々と通っているのだな。
自分の乗るバスしか知らなかったから、新鮮だ。
定時にやって来ては、他人を積み込み発車していく。
その几帳面な様子が、愉快で仕方がない。
……ついつい、バスを見送っていたら、こんな時間になってしまったよ。
「どうです。気は…すみましたか? 」
突然声をかけられて、慄いた。
いつの間にか、バスを待つ僕の隣に……人がいる。
「もうここには、あなたの乗るバスは来ないんですよ」
……そうだな。
僕にはもう、バスに乗る必要が…ない。
「居座られると困ってしまいますのでね。ご移動をお願いしたいのです」
……ああ、そうか。
乗りもしないのに、ずっと待ってるのは迷惑でしかないもんな。
「すみませんでした。今すぐ、移動します」
頭を下げながら、立ち上がって…移動をしようと。
……移動を、しようと。
「あなたは、この場所に長く居すぎたのですよ」
……僕は、ベンチから腰を浮かすことができない。
どうしたことだ……?
「申し訳ないのですが、強制退去となります」
強制退去と言われても、体が動かないのだから……仕方がない。
「意固地になってしまったんですね、たぶん」
……意固地?
誰が?
なんのために。
「あなたはもう、バスに乗らなくてもいいんです。バスを待つ必要はないんです」
……僕は、どうしてこんなにも。
バスを……待ち続けていたんだろう。
バスを……見送り続けてきたんだろう。
「そろそろ、ご自分を解放してあげましょう。……ね?」
……ベンチに座ったまま、僕は。
……僕、は。
………。