シークレット5
麻子にとってよく分からない機械が並んでいた。
刻まれる一定のリズム。
ここはクローンを作っている研究所の一室。
彼女はそこから、抜け出して昴に会いに行ったのだ。
彼に会いにいったのも、興味本位だった。
やはり、自分と同じからっぽの瞳。
似たような人がいるのだと嬉しかった。
自分の居場所はここではない。
広い外の世界だ。
ならば、その居場所を守らなければ。
全力で戦わなければ。
もし、昴が殺されてしまえば、何もかも終わってしまうような気がしていた。
麻子は隠していたナイフを取り出す。
自分の命は自分で守る。
「コピー」や「オリジナル」など関係ない。
そう思ったのは、自分の「オリジナル」である加奈を家族として昴が接してくれたから。
愛してくれたから。
もう、両親に順応な自分を演じる必要はない。
自分は自分の人生を生きる。
だから、あの雨が降りしきる葬式の日。
昴に会いに行ったのだ。
――殺すしかない。
「何だ? やるのか?」
麻子はナイフを振りかざした。
「――くっ」
それも、簡単に丸め込まれてしまう。
「所詮、お前は「コピー」でしかない」
「「コピー」でも生きる権利はあるわ!」
ここまで、麻子に抵抗されるとは思ってもいなかったのだろう。雄二が驚いて動きを止める。キラリとナイフが電気を浴びて光る。
「その言い方、むかつくな」
「あなた、やめて!」
バンッと部屋の扉が開いた。みずきが乱入してくる。その横には警官が立っていた。
「母さん」
「麻子、大丈夫だからね」
怖かったねと、みずきが麻子を抱きしめる。けれど、彼女も雄二の実験に加担していた。
その部分では同罪だ。
雄二はクローン研究者の第一人者として。
みずきは政治家の娘として。
元々、二人は政略結婚である。みずきと雄二の間に愛情などなかった。お陰で彼の実験は軌道に乗り、政府に認められるようになったのである。
結婚してもなかなか子供ができなかったこともあり、桜井加奈と麻子のクローンを作ったのである。実験の毎日で血を吐くような思いをした。そのあと、加奈を自分たちと同じく子供ができなかった桜井家が引き取ったのだ。
そのこともあり、麻子は早くに大人になるしかなかった。
「私の気持ちを知らずに、今更、母親面しないでよ!」
「ああ。かわいそうなあーちゃん。桜井昴と加奈に感化されたのね」
私の大切な子を誑かして! とみずきが憤慨する。
「私は感化されてなんかいないわ! これが、本心よ!」
「あなたはそんなことを言う子じゃないわ!」
これは、もうダメだ。
麻子の言葉を聞かない。
雄二に心酔しきっている。
「みずき、煩いぞ。そいつを連れていけ」
裏切り者! 絶対に許さない! と叫びながらみずきは連行されていった。
みずきに待っているのは精神科の隔離病棟の世界。
今後、会うことはないだろう。
雄二は溜息をついた。
「父さん」
麻子は部屋を出て行こうとする雄二を呼び止めた。彼は足を止めて彼女と向き合う。
向けられる瞳。
その瞳は真っ直ぐで引き込まれそうになる。
「何だ?」
「どうして、私を助けたの?」
「理由などない。お前はお前の道をいけばいい」
思いもよらない応援の言葉。
優しい瞳。
さっきまでの態度とは全く違う。
まるで、別人。
先ほどまでの殺気が嘘のようだ。
他の人の魂がのり移っているみたいだった。
雄二は「裏」と「表」。
二つの顔を使い分けている。
どちらが、本当の雄二なのだろうか?
何を隠しているのだろうか?
父親には変わりないだろうが、何を考えているのか麻子には分からなかった。ここまで、性格が読みづらい人は初めてである。
それに、変に緊張していた。
手にじっとりと汗をかいている。
「私は私の道を?」
「そう。決まっているのではないか?」
その言葉で浮かんだのは、初めて会った時の昴の顔。
どうして、昴に会っていたことが、彼にばれているのだろうか?
それでも、雄二は麻子を責めようとはしない。どちらかといえば、傷つけないように丁寧に言葉を選んでいる印象だった。
「――あなたは何者なの?」
麻子は直球で聞く。
聞いても返事がないことは理解している。雄二はまだ内緒だよ、いずれ分かるさと笑う。麻子は呆然として彼が出て行った扉を見つめた。