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シークレット・ラブ  作者: 朝海
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シークレット4

 三年二組

「ねぇ、桜井君、カッコいいよね」

「あのクールな感じがいいのよ」

「彼女いるのかな?」

「どうだろう? 聞かないわ」

「告白しちゃえばいいのに」

「ええ! できないよ!」

「今がチャンスよ!」

「もう! 他人事だからと言って好きなことを言って!」

「あなたのために言っているのに!」

 キャアキャアと騒ぐ声。

 昴が教室に入ると女子生徒たちが遠巻きに見ているのが分かった。彼はその視線を無視して本を読み続ける。好奇心の視線には慣れていた。三年生に進級しクラスメートたちがざわめきたっている。

 ざわめきたつのは仕方がないことなのだろう。

 話題の人物と同じクラスになったのだから。

 だが、昴にとってそんなことはどうでもよかった。どうせ、これも一時的なものだろう。授業やテストが始まれば興味は薄れるはずだ。

 しかも、進路が絡んでくるとなれば集中せざるおえなくなる。

 落ち着くまで待つことにした。

 あとは、ただ、淡々と学校生活を送るだけである。

 キーンコーンカーンコーン

 そこで、チャイムが鳴る。

「お前ら、席につけよ」

 教室のドアが開き担任が入ってきた。友達と話していた生徒たちが慌てて着席をする。一人一人の名前が呼ばれていく。

 いつもの日常が始まる。

 彼女が再び姿を見せるまでは。



 翌日――。

 一年四組

 昴は乱暴に教室のドアを開けた。憧れの先輩の登場に後輩たちが色めきたつ。教室での麻子は眼鏡をかけて、前髪で顔を隠していた。

 目立つことを嫌ったのだろう。

 昴は麻子の腕をとると教室を出た。彼女は何を言わずについてくる。使われていない教室に入ると鍵をかけた。周囲に聞かれていい話ではない。

 クローンなど気持ち悪いと思っている生徒もいるはずだ。

 良い感情をもっていない人もいるはず。

 お互いの衝突を防ぐためである。

 今は下手な波風を立てない方がいい。波風を立ててしまえば麻子の居場所がなってしまうだろう。

 麻子を守るためだった。

「どういうつもりだ?」

「あら、忘れたの? あなたがまた会える? と聞いてきたのよ。私はそれを叶えたまでだわ」

 彼女がくすりと笑う。

 そういえば、初めて会った時に、そんな会話をしたことを思い出した。麻子が覚えていたとは昴は、思ってもいなかったのである。

「本気で会いに来るとは思ってもいなかった」

「あなたはどうしたいの? 私のことを「妹」としか見られないかしら?」

 彼の顔から表情が消えた。

「だから、何? 中田さんに関係があるのか?」

「麻子でいいよ。あるわ。私もあなたと一緒だから」

「一緒?」

 彼が瞳を細める。

 その場の空気が凍り付いていく。

「そう。からっぽの瞳が一緒なの。「お兄ちゃん」」

 ――お兄ちゃん!

 その呼び方が加奈と重なる。

 思わず重ねてしまう。

 オリジナルのクローンと人間。

 加奈とは「兄妹」であり「兄妹」ではない。

 家族としての不思議な縁はあるなと思ってはいたが、まだ振り切れていない。

 心の中に加奈は残っている。

 生きている。

 理性で分かっていても感情が追いついていかない。

 整理ができていない。

「中田さん?」

「麻子でいいと言っているでしょう? あなたは一人でよく頑張ったわ。これからは、一人で頑張らなくてもいいのよ。私がいるわ」

 初めて会った時と同じ言葉。

「どうして、そこまで、僕に優しくしてくれるの?」

「加奈を愛してくれた人よ。これは、嘘じゃなくて私の勝手な判断。それにね。あなたといると私が落ち着くの」

 最初から一緒にいたかのように。

 長い間、共に過ごしてきたかのように。

 そんな彼に自分は惹かれたのだ。

 不意に麻子が昴の頬を両手で包み込む。

 昴が傷つかないように優しく。

 彼がピクリと体を震わせる。

 幼子にするかのような仕草。

 別に悪意があるわけではない。

 理由なんていらない。

 ただ、甘やかしてあげたかった。

 冷え切った心に体温を分けてあげたい。

 あなたはここにいていいのよ、楽にしていいのよと伝えたかった。

 麻子にとってそれだけだった。

「何を――」

 するとは言葉にならなかった。

 頬を流れる涙。

 自然に出て涙だった。

 静かに。

 とても、静かに涙を流す。

 昴は嗚咽を漏らすまいと必死に耐えている。

 その姿を見ると胸が苦しくなるのはどうしてだろう?

 なぜだろうか?

 ああ、そうだ。

 この思いは「恋」なのだ。

 「昴」は「麻子」を。

 「麻子」は「昴」を。

 愛しているのだと気が付く。

 「愛している」だけでは物足りない。

 不足をしている。

 一般的な「愛」とは違い比べものにならないほど重いものかもしれない。

 歪んでいるのかもしれない。

 それでも、二人にとってその関係が心地のいいものだった。

 依存気味だと異質と言われようが、ある種の「愛」の一つだった。

 心に傷を負った二人がようやく見つけた「愛」の形。

 それに、心が。

 体が。

 彼を欲している。

 求めている。

 彼は彼女がいると心が潤っていく。

 満たされていく。

 お互いがいるから強くなれる。

 心を通わせることができる。

 今日がその第一歩になるだろう。

 これからは、前を向いて歩いていくしかない。

 麻子は昴もそれを分かっている。

 二人の間に生まれた確かな「絆」だった。




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