シークレット4
三年二組
「ねぇ、桜井君、カッコいいよね」
「あのクールな感じがいいのよ」
「彼女いるのかな?」
「どうだろう? 聞かないわ」
「告白しちゃえばいいのに」
「ええ! できないよ!」
「今がチャンスよ!」
「もう! 他人事だからと言って好きなことを言って!」
「あなたのために言っているのに!」
キャアキャアと騒ぐ声。
昴が教室に入ると女子生徒たちが遠巻きに見ているのが分かった。彼はその視線を無視して本を読み続ける。好奇心の視線には慣れていた。三年生に進級しクラスメートたちがざわめきたっている。
ざわめきたつのは仕方がないことなのだろう。
話題の人物と同じクラスになったのだから。
だが、昴にとってそんなことはどうでもよかった。どうせ、これも一時的なものだろう。授業やテストが始まれば興味は薄れるはずだ。
しかも、進路が絡んでくるとなれば集中せざるおえなくなる。
落ち着くまで待つことにした。
あとは、ただ、淡々と学校生活を送るだけである。
キーンコーンカーンコーン
そこで、チャイムが鳴る。
「お前ら、席につけよ」
教室のドアが開き担任が入ってきた。友達と話していた生徒たちが慌てて着席をする。一人一人の名前が呼ばれていく。
いつもの日常が始まる。
彼女が再び姿を見せるまでは。
*
翌日――。
一年四組
昴は乱暴に教室のドアを開けた。憧れの先輩の登場に後輩たちが色めきたつ。教室での麻子は眼鏡をかけて、前髪で顔を隠していた。
目立つことを嫌ったのだろう。
昴は麻子の腕をとると教室を出た。彼女は何を言わずについてくる。使われていない教室に入ると鍵をかけた。周囲に聞かれていい話ではない。
クローンなど気持ち悪いと思っている生徒もいるはずだ。
良い感情をもっていない人もいるはず。
お互いの衝突を防ぐためである。
今は下手な波風を立てない方がいい。波風を立ててしまえば麻子の居場所がなってしまうだろう。
麻子を守るためだった。
「どういうつもりだ?」
「あら、忘れたの? あなたがまた会える? と聞いてきたのよ。私はそれを叶えたまでだわ」
彼女がくすりと笑う。
そういえば、初めて会った時に、そんな会話をしたことを思い出した。麻子が覚えていたとは昴は、思ってもいなかったのである。
「本気で会いに来るとは思ってもいなかった」
「あなたはどうしたいの? 私のことを「妹」としか見られないかしら?」
彼の顔から表情が消えた。
「だから、何? 中田さんに関係があるのか?」
「麻子でいいよ。あるわ。私もあなたと一緒だから」
「一緒?」
彼が瞳を細める。
その場の空気が凍り付いていく。
「そう。からっぽの瞳が一緒なの。「お兄ちゃん」」
――お兄ちゃん!
その呼び方が加奈と重なる。
思わず重ねてしまう。
オリジナルのクローンと人間。
加奈とは「兄妹」であり「兄妹」ではない。
家族としての不思議な縁はあるなと思ってはいたが、まだ振り切れていない。
心の中に加奈は残っている。
生きている。
理性で分かっていても感情が追いついていかない。
整理ができていない。
「中田さん?」
「麻子でいいと言っているでしょう? あなたは一人でよく頑張ったわ。これからは、一人で頑張らなくてもいいのよ。私がいるわ」
初めて会った時と同じ言葉。
「どうして、そこまで、僕に優しくしてくれるの?」
「加奈を愛してくれた人よ。これは、嘘じゃなくて私の勝手な判断。それにね。あなたといると私が落ち着くの」
最初から一緒にいたかのように。
長い間、共に過ごしてきたかのように。
そんな彼に自分は惹かれたのだ。
不意に麻子が昴の頬を両手で包み込む。
昴が傷つかないように優しく。
彼がピクリと体を震わせる。
幼子にするかのような仕草。
別に悪意があるわけではない。
理由なんていらない。
ただ、甘やかしてあげたかった。
冷え切った心に体温を分けてあげたい。
あなたはここにいていいのよ、楽にしていいのよと伝えたかった。
麻子にとってそれだけだった。
「何を――」
するとは言葉にならなかった。
頬を流れる涙。
自然に出て涙だった。
静かに。
とても、静かに涙を流す。
昴は嗚咽を漏らすまいと必死に耐えている。
その姿を見ると胸が苦しくなるのはどうしてだろう?
なぜだろうか?
ああ、そうだ。
この思いは「恋」なのだ。
「昴」は「麻子」を。
「麻子」は「昴」を。
愛しているのだと気が付く。
「愛している」だけでは物足りない。
不足をしている。
一般的な「愛」とは違い比べものにならないほど重いものかもしれない。
歪んでいるのかもしれない。
それでも、二人にとってその関係が心地のいいものだった。
依存気味だと異質と言われようが、ある種の「愛」の一つだった。
心に傷を負った二人がようやく見つけた「愛」の形。
それに、心が。
体が。
彼を欲している。
求めている。
彼は彼女がいると心が潤っていく。
満たされていく。
お互いがいるから強くなれる。
心を通わせることができる。
今日がその第一歩になるだろう。
これからは、前を向いて歩いていくしかない。
麻子は昴もそれを分かっている。
二人の間に生まれた確かな「絆」だった。