シークレット3
いーち、に、さーん、しー、ごー、ろーく、なーな、はーち、きゅう、じゅう。
もういいかい。
昴の声が公園に響く。
まだだよ。
昴の声に加奈が答える。
ベンチには赤と黒のランドセルが置かれている、ようやら、学校帰りに遊んでいるようだ。
もういいかい。
昴はもう一度、尋ねた。
もういいよ。
加奈の返事が返ってくる。昴は加奈を捜すために立ち上がった。
木陰になっている場所。
遊具の中。
フェンスの後ろ。
隈なく捜していく。
「見つけた」
加奈は丁度、陰になっている木々の隙間に隠れていた。
「お兄ちゃん。捜すのがうますぎだよ」
「そうかな? 加奈こそ隠れるのが上手じゃないか」
彼女の髪を乱暴にかき混ぜる。加奈はくすぐったそうに笑った。
その笑顔はどこか影があるものだった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「――ん?」
「お兄ちゃん、大好き!」
加奈が昴の手を握る。
その手を握り返した。
――あったかい。
伝わってくる温もり。
加奈が生きているのだと実感をする。
「急にどうした?」
「言いたくなっただけだよ」
「でも、寂しいな」
昴は瞳を伏せた。
愁いを帯びた表情を見せる。
「寂しい? 私がいるじゃない」
「でも、加奈もいずれ独り立ちをするじゃないか」
「まだ先の話だよ。私、お腹がすいた。早く帰ろう」
加奈がぐいぐいと手を引っ張ってくる。昴は苦笑すると歩き始めた。
吹く風が冷たいねと加奈と話す。
吐く息も白い。
もうすぐ、七海が亡くなって二回目の冬がやってくる。
特に加奈と昴は雪が苦手だ。
好きにはなれない。
どうしても、七海のことを思い出す。
彼女の葬式で雪が降っていたから。
それだけで、心が締め付けられる。
呼吸が苦しくなる。
肩で息をしてようやく呼吸ができるぐらいだ。それだけ、弱っていることを、二人は理解している。施設の人にそれを悟られないために、加奈は料理クラブでお菓子作りに没頭をした。
「加奈。あまり急ぐと転ぶぞ」
「お兄ちゃん。パソコンができたよね?」
「うん」
昴の自慢できる特技は携帯でゲームを作ることである。独学で学び携帯を使いゲームの製作をしている。内容は加奈に合わせて算数や漢字のパズルなどだ。分かりやすくて解きやすいと評判である。
施設の子も楽しみにしているぐらいだった。昴のその真摯な姿を見て、施設側が中古のパソコンを購入してくれた。
兄妹で楽しめるように。
少しでも、気分転換ができるように。
環境を整えてくれた施設長に感謝しかない。
「今度、私にも教えて! 私もお兄ちゃんみたいなゲームを作ってみたいの! それで、一緒に遊ぼうよ」
「いいよ」
可愛い妹に言われて嬉しい。
断る理由などない。
「約束ね!」
加奈が指を差し出す。
「指切り拳万嘘ついたら針千本飲ます指切った」
昴はその指に小指を絡ませて指切り拳万をするのだった。
翌日――。
「パソコンを教えて!」
宿題を終えた麻子がパソコンを、持って昴の部屋にやってきた。やる気満々である。すぐにやってみようというところが彼女のいいところだ。
そのいい部分を伸ばしてあげていきたいなと思う。シスコンと言われようが別によかった。
「――おいで」
「え―と、ここをこうして」
「そうそう。いい感じだ」
ゆっくりと分かりやすく子供でも理解できる入門書で加奈に教えていく。一生懸命、頑張る姿がいじらしいい。
「あー、もう、分からない!」
加奈がポイッと本を投げた。どうやら、幼い彼女にはまだ難しかったようだ。
昴は彼女が投げた本を取りに行く。
「もう少し、大きくなってから、またチャレンジすればいい」
「お兄ちゃん」
加奈が彼の膝の上に頭をのせた。
「――ん?」
「お兄ちゃん、時々、ママみたいだよね」
「お母さんに?」
「うん。そう。瞬間的にママに見える時があるの」
彼と七海が重なって見える。そう感じてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
自分は七海の血を引いている息子なのだから。
これは、加奈の本音だろう。
本音を聞けてよかった。
その気持ちが聞けたことに昴はほっとする。気持ちをため込むことはよくないと思っていたからだ。家族だからこそ話してくれたのだろう。
「寂しいのか?」
「私は一人じゃないもの。お兄ちゃんがいるわ」
「ごめん。加奈が寂しいと思うなら、僕の責任だ」
力不足だと昴は言う。
「力不足なわけがないじゃない! 私にとって心強い味方だわ!」
「ありがとう」
「うん。謝るよりも――」
そっちの方がいいよという加奈の言葉は続かなかった。何事かと彼女を見ると、膝の上で眠っている。今日も外は寒くて疲れたのだろう。
昴は時計を見る。
現在の時間は二時半。
先生たちの都合で四時間だったために、晩御飯で呼ばれるまでに時間がある。
それに、膝上の加奈の体温が気持ちよかった。昴も眠くなってくる。
彼女を起こさないようにベッドに寄り掛かった。
――お休み、加奈。
昴も休むために瞳を閉じた。