シークレット2
ポツリ、ポツリ
降り続く雨の中昴は傘もささずに立っていた。喪服を着た大人たちがせわしなく動いていた。
今の昴にそれを見る余裕はなかった。
両手を握りしめ唇を噛みしめて。
小学校三年生の自分よりも、二歳年下の妹・加奈の葬式だ。学校前の横断歩道で脇見運転の車にひかれて死んでしまった。
大人しくて本ばかりを読んでいる自分とは違い、加奈は活発的で料理クラブに入り、友達も多かった。いつも、笑顔がはじけていて人の輪がたえなかったのである。いつも、周囲には正反対の兄妹ねと言われていた。
――お兄ちゃん、大好き!
大丈夫よ! 私がいるわ!
加奈の笑顔と声を思い出す。
記憶に残っている。
彼女の心臓マッサージを止めた日。
あの時の自分は大丈夫だと思っていた。
予想していた以上に心の傷は深いらしい。
母を失い、加奈もいなくなって。
自分はどうして生きているのだろうか?
何を目標にすればいい?
それすら、分からない。
考えることができない。
――苦しいよ。
誰か助けて。
昴の心の叫びは誰も気が付かない。
気づく者はいなかった。
気丈に振舞ってきたが、それも疲れてしまった。心身ともに限界だった。
力尽きてしまいそうになる。
一層、このまま、ひっそりと消えてしまおうか?
いなくなってしまおうか?
何もかも捨てて逃げることができたら、どれだけ楽なのだろうか。
自分のことを誰も知らない場所でひっそりと暮らしたかった。
負の感情が昴を襲う。
挫けてしまいそうだった。
踏ん張っておかないと膝から崩れ落ちてしまいそうだ。加奈や七海がいないと自分がこんなに脆くて弱かったとは予想もしていなかった。
その場に蹲る。
人の声が頭に響く。
――気持ち悪い。
吐こうとしたが出てくるのは、胃液だけだ。
――しっかりしろ。
お母さんと加奈の分まで生きないと。
立て、立てよ。
情けない。
立ち上がろうとするが体に力が入らない。
パシャリ。
水溜まりを踏む音。
すると、雨が遮られた。
視界に入ったのは女性ものの靴。
赤い色をしたハート色の柄。
サイズからして子供だろう。
顔を上げると一人の女の子が傘に入れてくれていた。
ブラウンの瞳。
漆黒の髪。
ピンク色の唇。
その容姿は加奈にそっくりだった。最近、日本では人口減少が続いていた。恋愛や結婚をする若者たちも減っている。出生率も下がってきていた。それを、食い止めるために政府が打ち出したのがクローンの増産。だから、加奈のクローンがいてもおかしくはない。
加奈が「オリジナル」ならこの少女は「コピー」だろう。
それでも、彼女と加奈が別人ということが分かる。
少女は笑うと唇にソっと指をあてる。
周囲には内緒だよと言っているかのように。
それはそうだろう。
加奈の「コピー」がこの場に現れたとなれば、周囲が混乱するはずだ。
よかなることを考える者も出てくるだろう。
「もう、分かっているよね。私は麻子。中田麻子」
中田といえば、クローン政策に関わっている第一人者である。
そんな彼女がなぜ、自分の目の前にいる?
昴の体を支えて誰もいないところへと誘導した。
差し出されるハンカチとペットボトルの水。
彼はそれを、一気に半分飲んだ。
やっと、体調が回復してくる。
「僕と会っても大丈夫? 君、加奈の「コピー」だろう?」
「桜井昴君ね」
「どうして、僕に会いに来たかを教えてもらおうか」
「加奈を愛してくれた人を見てみたかったの。それと、泣いていいのよ。あなた、我慢しているでしょう?」
「父さんも母さんも何で加奈まで!」
昴の両親は仲が悪く仮面夫婦だった。
父親の拓は浮気をして家を出て行ってしまい、母親の七海は昼夜問わず働いて加奈と昴をここまで育ててくれた。だが、職場で倒れて過労死してしまったのである。
その後、加奈とともに児童養護施設に入ったが本当に一人になってしまった。この葬式も児童養護施設のスタッフが手配してくれたのである。
「大丈夫。私がいることを忘れないで」
甘い声と言葉。
それは、昴の心に入ってくる。
麻子は彼を抱きしめた。
抵抗はない。
きっと、誰かの体温を欲していたのだろう。
彼女の腕の中で昴は泣き続ける。張り詰めていた糸が切れたようだった。
心からの叫び。
落ち着いたのか麻子の腕の中から離れた。
「情けないところを見せてごめん」
昴は冷静さを取り戻していた。
「なぜ、謝るの? 大切な人を失ったのだから当たり前のことだわ」
「君は「コピー」として生きることが嫌ではないのか?」
「私は私よ。それ以下でもそれ以上でもないわ」
「また、会えるかな?」
「あなたが望むならね」
昴君、と遠くから呼ぶ声がする。施設の人が捜しているようだ。麻子から離れて式場へと戻る。式場に入る前に振り返ったがすでに麻子の姿はなかった。