最終章‐2
一か月後、朝――
昴は無事に退院し今日から学校復帰が決まっていた。中田家にある自室に入ると戻ってきたのだと実感をする。
「おはよ、昴」
「おはよ、麻子」
二人は鞄を持って部屋を出る。リビングに入るとパンを焼くいい匂いがした。
サラダとゆで卵。
飲み物にはカフェオレ。
デザートにはリンゴとバナナ。
ヨーグルトが並んでいる。
すでに、雄二が朝食の準備を終わらせているようだ。
それぞれの席に座る。
いつもの変わらない日常にほっとした。この日がずっと続けばいいと願わずにはいられない。
「おはよう、麻子、昴君」
「おはよう、麻子、昴君」
「おはよう、雄二さん」
「昴君。無理をしてはいけないよ」
「ありがとう」
席についていただきます、と食べ始める。食べてある程度片づけが終わると昴と麻子は鞄を持った。いってらっしゃいと雄二が見送りにきてくれる。
「麻子」
昴は麻子に手を差し出す。
「ねぇ、昴」
「どうした?」
「私、昴が好きだよ」
「僕も好きだよ」
お互いの気持ちの確認。
彼は彼女の手をとる。
昴は麻子の薬指に口づけをした。
君を守るという誓い。
未来への予約。
なんだか、プロポーズを受けているみたいだ。くすぐったいような、照れくさいような気がするが、それをやってのけるのが昴である。
「行こうか」
そんな二人を包み込むのは夏の日差し。
それが、いつも以上に輝いて見える。
その日差しに瞳を細めながら昴と麻子は歩き始めた。
*
一年四組
「麻子、大丈夫か?」
自分が入院している一か月間、彼女はほとんどクラスメートと話していないみたいである。彼女を気にしてくれた子たちも同情の思いが強いようだった。
麻子の本質を見ようとはしない。
結局、自分自身が大切なのだ。
「うん。大丈夫」
麻子と昴は四組の前に立っていた。
深呼吸をする。
クラスメートは自分のことをどう思っているのだろうか?
だが、逃げてばかりだと何も変わらない。
それに、一人じゃない。
昴がいる。
こうして、手を握ってくれている。
心配をしてくれている。
愛する人となら困難にも、何があっても乗り越えていける気がした。今後、昴と麻子も自分を見失うことはない。等身大の自分でいい。
自分自身を作り上げる必要はなかった。
そのことに、気が付かせてくれたのが昴だ。
愛の力は偉大である。
ガラリ。
手をつないだまま教室のドアを開ける。
すると、クラスメートたちが駆け寄ってきた。ごめんなさいと頭をさげる。
僕たち、私たちが悪かったという謝罪の言葉。
ポロポロと泣いている人もいる。
きっと、謝りたくてもタイミングを逃してきたのだろう。ようやく、聞けたクラスメートの本心に昴も麻子も安堵する。
そのあと、体制を立て直すために、雄二、琥珀、幸美が派遣された。
今までにない明るい雰囲気。
手に入れた自由。
彼女と手下たちと解放したような気がした。
初めての文化祭に体育祭。
野外活動。
遅れてしまった青春はこれからだ。
そして、雄二は児童養護施設から、昴と麻子を引き取った。親として少しでも、まだ幼い二人のことを見ていたかったからだ。
麻子と昴の関係についても何も言わない。
付き合いを認めてくれている証拠だろう。
その思いに麻子も昴も甘えていた。
琥珀も幸美もよく遊びに来てくれる。
――二人とも元気?
無理をしないでね。
いつでも、話を聞くわ。
――私たちがいることを忘れないで。
気が付けばお姉ちゃん的存在となっていた。
一緒にゲームをして。
料理をして。
本を読んだり
テレビを見て。
他愛ない話が幸せだった。
血のつながりはないが、一つの家族のようだ。これが、昴と麻子にとって自慢の家族でもある。
手に入れた自分たちの居場所。
これを、手放したくなかった。もし、この場所を奪おうとするものが現れた時は全力で戦うだろう。
守る人がいれば強くなれる。
「ううん。私の方こそ隠すようなことをしてごめんね」
麻子はいつもの眼鏡をとり、前髪をセットした状態で登校していた。
「なんで、中田さんが謝るの! あなたは何も悪くないわ!」
「受け入れてくれてありがとう」
嫌われたかと思った。
麻子は涙を流す。
昴がハンカチを渡した。
「中田さんを見て思ったの。クローンも人間も関係ない」
「これから、よろしく」
クラスメートの女子が麻子を抱きしめる。それを、昴が引きはがす。
どうやら、嫉妬をしたらしい。
その姿は毛並みを立てて、警戒している小動物を連想させた。
「男の嫉妬は見苦しいですよ? 桜井先輩」
「僕はまだ君たちを信用したわけじゃない」
何かあったら、分かっているな?
あとはないぞ? という意味を込めて昴は麻子のクラスメートを見渡す。
その圧力に負けて下級生たちは反射的に頷く。
「昴。止めてあげて。皆が怯えているわ」
麻子が昴の制服を引っ張った。
彼が一歩後ろへと下がる。
「中田さん。桜井先輩の愛、重くない?」
「そう? 私たちにとって、これが日常よ」
「中田さんが幸せならそれていいよ。終わりよければ全てよし」
「――そうね」
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
ホームルームを知らせるチャイムが鳴る。
「じゃあ、また昼休憩に」
「そうだ、昴」
「どうした?」
「お昼は私のクラスメートと一緒にどうかしら?」
麻子のクラスメートたちと彼の交流も、こうして増やしていけばいい。そうすれば、警戒心もなくなるし、クラスメートたちの素直さも受け止められるようになるだろう。
ただ、彼の場合に独占欲が強いだけだ。
ゆっくりでいい。
心を開いてくれればいい。
自分がいればできるだろう。
学校でてきない分、家でイチャイチャする時間を増やせばいいだけだ。
それで、少し、様子を見てみようと思った。昴はというと、諦めたように溜息をついている。麻子が楽しいならそれでいいと思ったのだろう。
「好きにすればいい」
昴は麻子の額に口づけを落とした。
きゃあ、と女子から黄色い声が聞こえてきたが気にしない。
自分たちなりのスキンシップ。
最近、二人が取り入れた通常の「サイクル」。
お互いの愛情を確かめ合う方法。
少し違い歪んだ「愛」の形。
これが、二人がたどり着いた「シークレット・ラブ」。




