シークレット11‐1
麻子はちらりと腕時計を見た。ホームルームが長引いているのか、昴はまだ出てこない。
「中田麻子か?」
すると、麻子は突然声をかけられた。
サングラスに黒いスーツ。
明らかに一般人とは違う。
反射的に身構えた。雄二には護身術を小さい頃から叩き込まれている。
これぐらい大丈夫だ。
麻子は拳を振り上げた。
「――触らないで!」
だが、簡単に受け止められてしまう。触れられただけでぞわぞわと鳥肌が立つ。この男は危険だ。今まで、会った中で強い中に入るだろう。
それでも、麻子は男に立ち向かっていく。
予想通り、男は強かった。
彼女は劣勢に追い込まれる。ただ、ここで止めると逃げ出したようで嫌だった。それに、食い止めることができるなら、食い止めておきたい。
「随分、威勢がいいな」
「何よ! あなたに何ができるというのよ!」
「それはこちらのセリフだ。お前一人で何ができる?」
「分からないわ。ただ、私一人では弱いのかもしれない。でも、皆で戦えば強いわ」
「その仲間は誰も来ないじゃないか」
「私は皆を信じているわ」
「少し、おしゃべりをしすぎたな」
男に腕をとられる。
ギシギシと骨が軋む音がする。
体が悲鳴をあげていた。
それでも、彼女はもがき続ける。
男は麻子の口をハンカチでふさいだ。
ふわり、と漂う甘い香り。
睡眠薬でも染み込ませてあったのか麻子は意識を失った。
*
「所長、連れてきました」
所長と呼ばれた男が振り返った。この男に名前はない。ベッドに麻子を寝かせると逃げられないように鎖で手足を拘束する。
「ああ。美しい」
最初は麻子のことを殺す気でいたが気が変わった。彼女の記憶を奪いクローンと人間の戦争を起こすつもりでいた。そして、自分たちが日本を支配するのだ。
そこに、麻子をたてて戦うつもりでいた。
「戦闘の女神」として。
あの英雄のジャンヌ・ダルクのように。
自分たちの思い通りに国を動かせたらどれだけ楽しいだろう?
操ることができたらいいだろうか?
国民が泣き叫ぶ姿を見たいという衝動が止まらない。
絶望をする声を聞きたい。
その後、勝利宣言をして麻子と祝杯をあげるのだ。
お酒も進むはず。
その日が来る時が待ちどうしい。
男の目は爛々と輝いていた。
「この女役に立ちますかね?」
「役に立ってもらわないと困るな。我らとともに戦ってもらうのだから」
男は実験装置から薬を取り出した。ちゃぷり、と音を立てて薬が揺れる。
その色は怪しげな紅色。
この薬を作るのに一年はかかった。
つい最近、出来上がったのである。
ずっと、寝ずに作り続けた薬。
麻子のその被験者の第一号になる予定である。ようやく、使いたいと思える相手に出会えたのだ。神様が連れてきてくれたのだろう。
利用しない手はないはずである。
「その薬は?」
「記憶を消す薬だよ」
「ついに完成したのですね」
「一年かかった」
「使いますか?」
「いや、まだ、使わない」
使うのは麻子が目を覚ましてからだ。彼女がどんな反応をするか見てみたかった。
恐怖に染める顔。
それに、期待しわくわくしている自分がいる。男は麻子の髪をさらりとすくった。
手触りがいい髪に口づけを落とす。
「あなたも性格が悪いですね」
「お前だって期待をしているだろう?」
「まぁ、一年待たされましたから。それよりも、抱かないのですか?」
「薬を投入する前に壊れたら、面白くないだろう?」
じわじわと追い詰めていきたい。自分の思うように調教をしたかった。男は持っていたボールペンをくるくると回す。彼は飽きたのかボールペンをポイっと机の上に放り投げた。テーブルの上の書類の山が崩れたが誰も気にしない。
「確かに。今度、私にも抱かせてくださいよ」
「そのつもりだ」
約束ですよと、研究者仲間が部屋を出て行く。男は再び研究に戻った。




