シークレット10
――りさん、―りさん、愛理さん。
――私を呼んでいるのは誰?
愛理は真っ暗な場所で目が覚めた。
光も何もない。
あるのは暗闇だけ。
自分は精神病棟の鎖につながれていたはずなのに。
なぜ、ここにいるのだろうか?
この場所は何のだろうか?
すると、光の粒子が集まって人に形になった。
暖かな光。
この人なら大丈夫。
なぜか、そんな安心感があった。
姿を見せたのは中田麻子の「オリジナル」のクローンである桜井加奈。
学校の制服を着て。
髪はお団子にしてある。
恐らく、死んだ時の姿なのだろう。
「桜井加奈?」
「私のことを知っていてくれて嬉しいわ」
加奈はにっこりと笑う。
無邪気な笑顔は小学一年生そのもの。
「あなたが私に何の用なの?」
麻子と昴と重なってしまいむかつくが、話を聞いてみようと思った。不思議と話を聞いた方がいいと本能がいっていた。
加奈に誘導されて椅子に座る。
なんだか、丸め込まれているような気がした。
「愛理さんは人間としていきたくない?」
「どういう意味?」
「私はここの番人なの」
加奈曰くここはクローンが人間に戻れる場所なのだという。
それが、何なのだというのだ。
精神病棟に入れられて食事も喉を通らないし、まともに眠れていない。
あとは死を待つだけ。
「だから、何なのよ? 何のために私を呼んだの?」
「何とね!」
加奈がピッと指を立てる。
もったいぶる言い方にイラッとくる。
「早く言いなさいよ」
「クローンとしての記憶を消して、人間として生まれ変われるの! お兄ちゃんたちもあなたのことを覚えていないわ」
「――は?」
予想外の言葉に愛理は間抜けな声を出した。
私に赤ん坊からやり直せというのか?
聞き間違いではないだろうか?
「あれ?」
ここに来た場合、皆食いついてくるというのに。
何か気に食わないことでも言っただろうか?
加奈は瞳を瞬かせた。
「私には無理よ! だって居場所がないのだもの」
「うん。だから、生まれ変わって新しい家族と幸せになるの!」
「勝手に決めないでよ!」
「大丈夫! 次は必ず幸せになるから」
不意に空間が歪んだ。
浮かんでくる映像。
――ねぇ、あなた!
私、妊娠したわ!
――男の子か? 女の子か!
――女の子よ!
――よっしゃ、よくやった!
――名前を考えないといけないわね。
――俺、つけたい名前がある。
――聞いてもいいかしら?
――海を元気に走り回れる意味を込めて「渚」。
――渚か。
――いい名前ね。
――三人で幸せになろうな。
――楽しみだわ。
映し出されたのは、二人の夫婦。
嬉しそうで幸せそうな家族だった。
キラキラとして希望に満ち溢れている。
ここの家庭の子供に生まれ変われるのだろうか?
どちらにしろ、眩しすぎて見ていられない。
自分の居場所とは違いすぎる。
愛理は視線を逸らした。
いつの間にか、映像は消えていた。
「それに、今の私はどうなるのよ?」
「見て!」
再び映像が映し出された。
鎖につながれている惨めな自分が見える。
次の瞬間――愛理の体がサラサラと崩れていく。
まるで、最初からいなかったかのように。
魔法を見ているようで彼女は目を見張った。
「き……えた?」
「そう。これで、あなたのことは誰も覚えていないわ。だからね――」
力を使って麻子、昴、琥珀、幸美、雄二の記憶を消したのだという。
加奈が愛理の背中をドンッと押す。
――幸せになって!
愛理はぽっかりと開いた大きな穴に飲み込まれていった。
それから、一年後――。
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ!
一人の女の子の産声が響いた。
「お父さん、お母さん、おめでとうございます! 元気な女の子ですよ」
女性が子供を抱っこする。
彼女の名前は「野田渚」。
渚と名付けられた女の子が、今、ここに誕生した。




