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3話 秘密基地でカレーはお断りしております

 文化祭前夜、俺――野口和彦のぐち・かずひこは柄にもなくドキドキしていた。それは、自分が生徒会長として行う文化祭が楽しみで仕方ないというポジティブなものではい。あるいは夜の学校に女生徒と一緒に泊まり込んでいるという青春の甘酸っぱいいちページにときめいているわけでもない。


 もっと根本的なものだ。


 放課後に俺を見つけた瀬田菊せた・きくは、目に悪い紫のリボンに眼帯で左目を隠したイタイタしい姿で秘密結社を見つけるための張り込みを提案した。その言いようはひどく自信に満ち溢れ、いかにも最適な場所で最適な方法を用意したと言いたげであった。


 だから、魔が差したのだ。


 本来なら確認するべきことも確認せずに乗ってしまった。その浅はかさが若さというのなら俺は大人になりたいと願いたい気持ちになる。瀬田が張り込みのために用意した秘密基地を目にした俺は背中から流れ落ちる汗を止めることはできなかった。


 二年五組と慣れ親しんだクラス名が書かれた教室の窓際に違和感の塊のように置かれた段ボールハウス。明日からの文化祭に備えて片付けが進み、展示物が並べられた教室にそれはあからさまに「誰か潜んでますよ」と言いたげなフォルムとサイズだった。


「このなかなら外からは見えないし、多少灯りを使っても外には漏れない」


 これでもかと自慢げな表情をする瀬田に俺はどう声をかければいいか分からなかった。いまからでも別の場所で隠れられるようにするか。いや、もう帰宅しようか。様々な考えが頭をめぐる。


「まぁ、中に入りなよ」


 おそらく、カッターナイフで切込みを入れて作ったと思われるドアを開けて瀬田が段ボールハウスに俺をいざなう。「あああ」雑につけたRPGの主人公のような言葉を吐いて俺は、膝をついて狭い開口部から中に入った。なかは大きな段ボールを四つほどガムテープでつなげ合わせたらしく立てないにしても屈んでなら二人が入れる大きさだった。


 クラスメイト達は明らかにクラス展示には関係ない段ボールハウスが製作されるのをどのような顔で見ていたのだろう? その疑問はそのまま瀬田がクラスで浮いているという悲しい現実をつきつけるので、俺は頭を物理的に振って散らした。


「あれそんなに埃っぽかったかな?」


 あとから入ってきた瀬田は俺の心配など分からないとばかりに小さな鼻をひくひくさせたが、全く意味のない行為だった。


「もう大丈夫だ。で、張り込むにしても当てはあるのか?」

「当り前さ。ボクは会長が生徒会にかまけている間にも校内を歩き回り秘密結社につながりそうなものを探していたわけだよ」


 俺が生徒会に勤しむのは義務であると思っていたのだが、世界は瀬田を中心に動いているらしい。きっと俺と瀬田では天動説と地動説くらいに世界についての感覚が違うのだろう。


「それはすごいな」

「だろ? もっと言っていいんだぜ」


 満足げに微笑む瀬田に追加で誉め言葉を放り投げると、彼女は本当にいい笑顔を見せた。


「で、どんなことが分かったんだ?」

「うん、文化祭準備期間中はクラスや部活動がそれぞれ準備していて、誰がなにの準備をしているかパッと見て分からない」

「そうだろうな。俺たちの四之山高校は一学年八組の三学年で全二十四組。それに加えて部活動が体育会系が十七団体、文化系が二十二団体だ。すべてが文化祭に参加するわけじゃないにしてもかなりの数になる。それで見た目で分からないものをどう見分けることにしたんだ?」

「ん?」


 俺の問いに何かを問うように瀬田が右目で見つめる。俺はその意味が分からず首をかしげる。すると瀬田も同じように首をかしげる。俺たちは互いに右に傾いたままニコニコ微笑んだ。


「会長。ボクは分からないことが分かった。と言ったんだよ」

「おう、そうだな。分からないことが分かった……。なら、俺たちはどうして徹夜で張り込んでいるんだ?」

「決まってるじゃないか。秘密とか悪のとかいう連中は夜の闇に紛れて蠢動するもんさ。だから、ボクらはこうやって夜の学校で奴らが動き出すのを待つのさ」


 俺は右に傾いたまま瀬田の話を聞き終えると五秒後にそのまま右に倒れ込んで段ボールハウスに崩れた。段ボールは床からの冷気を抑えてくれるのか思ったほど冷たくなかった。


「……そうか。そういうことな。分かった。うん。分かった」


 寝転がったままの俺を瀬田が不思議そうに見ている。暗がりのなか見る彼女の瞳は真っ黒で俺は異星人とコンタクトしているような感覚に陥った。


「分かってくれたなら、腹ごしらえをしよう」


 そう言って瀬田はカバンの中から何かを取り出した。

 こういう場合でも女の子の手作り料理だと思うと男子的には気分が盛り上がるのだが、俺は目の前に多かれたブツを見て瀬田はどういう生活をしているのか心配になった。目の前に置かれたレトルトカレーとパック入りの白米。そして、カセットコンロ。


「瀬田。カレーは匂いでバレる」

「えっ? アウトドアと言えばカレーだろ?」

「張り込みはアウトドアじゃありません」

「えー、カレー食べようよ」


 この狭い段ボールハウスでカレーなんて食べた日には痕跡は明日までしっかり残るだろう。もうそうなれば秘密結社どころの話ではない。


「瀬田。外に食いに行こう」

「別にここでもいいじゃないか? カレー美味しいよ」

「そうだな。カレーは美味い。だが、校内は火気厳禁だ」

「……仕方ないね」


 俺は瀬田が理解してくれたことに喜びを覚え、彼女はやや名残惜しそうに学校指定のカバンに二人分のカレーとカセットコンロを押し込んだ。段ボールハウスの開口部を開いて外にでる。何とも言えない解放感と夜の学校という非日常感が一気に返ってくる。


「意外と暗いな」

「そうだね。まぁ、ボクにとっては夜の闇はトモダチみたいなもんさ」


 そう言って瀬田は眼帯をつけていない右目の前に手を当てて見せる。


「とりあえず、一階のどこかの窓の鍵を開けてそこから出るか。出入口はきっとセキュリティーがついてるだろうからな」

「あ、靴。下駄箱で回収しないと」

「それは忘れてたな」


 教室棟二階から階段を降りて一年の教室がならぶ一階は、しんとした沈黙が漂っていた。下駄箱とは反対側に廊下を進み窓の外を確かめる。購買部と食堂のある建物が見えるが人の気配はない。そっと廊下の窓を開ける。警報が作動する様子はない。俺は胸元くらいの位置にある窓枠をつかむと身体を持ち上げて外へ降りる。クッション性のない上履きでは少し足が痛い。


 一応、周囲を確認するが教師や生徒の影はない。


「いけるぞ」


 俺は押し殺した声で後ろの瀬田を促す。窓に手をかけた瀬田は何度か乗り越えようとピョンピョンしていたが登り切れない様子だった。


「……引っ張ってくれないか」


 俺は瀬田の手を取って引っ張る。ようやく上半身が窓脇を越えたところで瀬田は足をバタバタさせながら窓枠に足をかけて飛び降りた。


 思いっきりスカートが広がっていたが、瀬田的にはエレガントに行けたという自信があるのか「ふう」とキザっぽく息をついて見せた。


「どうやらいまのところ外も動きがないようだね」

「そうだな。それでも用心はしよう」

「まずは靴を回収しないとね」


 瀬田は忍者のように校舎の壁に張り付きながら教室棟の端に駆けると、きょろきょろとあたりを見渡してこちらにハンドサインで「来い」と合図を送った。下駄箱で靴を履き替えたあと上履きはもう一度履くので教室棟の近くの植木に隠した。


 正門から出るわけにはいかないので、教員用駐車場の脇にある裏口にまわる。こちらは生徒が来ないと思ってか。予算が足りないのか昔ながらのチェーンによる封鎖なので超えることは簡単だ。教員用駐車場には一台の高級車が残っているだけだった。おそらく、文化祭前夜ということもあって残っているのだろう。


「教頭か学年主任ってところか?」

「あれは松岡教頭の車だね。校長の車よりいい車なんだ」

「どうしてそんなこと知っているんだ?」

「言っただろ。文化祭の準備期間中、ボクは校内を探索しつくしたのさ」


 俺は瀬田がクラスの展示を一切手伝わずにいるほうがまずいのではないかと思いながら、彼女の行動力に驚いた。考えてみれば、あの毒々しい装いも眼帯も行動力がなければできないに違いない。


「じゃ、見つかる前にさっと飯を食いに行こう」

「はい、お好み焼き食べたい」

「カレーはどうした?」

「校内で食べるからいいんだよ。外で食べるなら刑事ものでお好み焼きつつきながら捜査会議やるやつやりたい」

「分かったよ。刑事長」

「いい感じだ」

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