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2話 生徒会とは権力がないと心得よ

 秘密結社といえば、世界征服と考えるのは幼いころに見た戦隊ヒーローの影響だろう。


 だが、それ以外で秘密結社を知っているかと言われれば、ない。学園祭になぞの企画を生徒会に内緒で行う秘密結社がいるとして、わざわざ俺――生徒会長野口和彦のぐち・かずひこに犯行予告をする意味はなんだろうか?


 生徒会長になにか遺恨がある人間による嫌がらせ。


 文化祭の企画としては、不適切な企画であるが、一応は生徒会に報告しておこうという律儀な行い。


 生徒会という権力者への反発あるいは愉快行為。


 ざっと思いつくのはこの三つだが、あまりピンとこない。


 一つ目は、俺が誰かの恨みを買っているということになるのでそうは思いたくない。さらに俺個人への恨みなら文化祭ごとに犯行が行われていることの説明ができない。二つ目は、そこまで律儀なら公式に企画を生徒会に持ち込むに違いない。三つ目はいかにも瀬田が好きそうな理由であるが、高校の生徒会が反発されるような強権を有しているはずもない。そもそも生徒会長選も候補者二名という選挙で、落ちた候補はそのままスライドで副会長になっている。


 面白いのは副会長が俺に反旗を起こしてこのような行いに及んだという話だが、残念ながら彼にそれはできない。なぜなら、彼は多忙だからだ。


「軽音楽部のやつら、またグループ変更とかありえんだろ」


 怒気を発しながらスケジュール表に変更のペンを走らせる副会長――五木清二いつき・せいじを眺める。彼は持ち前の親分肌と俺の五倍の責任感で文化祭準備を遂行してくれている。実に頼もしい限りだ。もし、彼が俺の怠惰に怒りを覚えて反旗を翻して、文化祭準備の後ろで秘密結社を結成していたとしたらその事務能力と実行力に脱帽するところである。しかし、目の前の彼は、秘密組織どころではないほどに忙しそうだった。


 俺は生徒会室に据え置かれたケトルで湯を沸かすと、インスタントコーヒーを作って五木に手渡した。


「ご苦労さん。まぁ少し休んでくれや」

「……余裕だな」

「俺以外の役員が優秀なおかげで」

「そうだな。お前はもっと働け。一年の絹旗や江川が困っていたぞ」

「俺が働くとダブルブッキングや忖度が横行するがいいか?」

「……なんでお前が生徒会長なんだ?」

「有権者に甘い言葉を吐くから」

「腐ってるな」

「底が見えなくていいだろ?」

「普通は透明であるべきだろ。砂糖とミルクもくれよ」


 俺はステックシュガーとミルクポーションを投げた。五木はそれをすべてコーヒーの中に注ぎ込んだ。真っ黒なコーヒーが灰色と茶色の混ざった泥色に変わる。


「それと一緒だよ。透明な水だと味がない。コーヒーだけだと苦い。底が見えないくらい濁ってるくらいが一番うまい」

「口だけはうまいな」五木は濁ったコーヒーをすすると「コーヒーの量が多くないか?」と文句を言った。俺は自分のために淹れたコーヒーをすするが、こんなもんだろという無難な濃さだった。五木は意外と甘党なのかもしれない。

「こんなもんだろ」

「そうか?」

「そうだ。段々とボール団って聞いたことがあるか?」


 五木の表情をじっとみつめる。五木は少し考えたあと「そんなグループは軽音部の登録には入ってないな」と二重三重に変更が書き込まれたタイムスケジュールをこちらに見せた。表情は揺るがない。やはり五木は秘密結社については何も知らないように見える。


「そうか。解散したのかな」

「文化祭の前日に解散したり結成するバンドがいい演奏するとは思えない」

「そこは音楽性の違いがあるわけよ」

「前日までに気づけないのがおかしい」

「まぁ、そりゃそうだ」俺はコーヒーを流し込む。苦味が喉の奥に広がる。秘密結社というやつでも方向性の違いとかはないのだろうか。「文化祭もう、明日なんだよなぁ」

「学校に掛け合って一週間ずらしてでもくれるのか。俺は楽になるんだがな」

「無理だろうな。生徒会長に権力はなかりきに。まぁ、ここまでくればなるようになるさ」

「生徒会長は気楽でいいな。俺は不安でたまらない。ここまでしても何かぬけてるんじゃないか。当日に何かトラブルが起きるんじゃないかって」


 実に真面目だ。うちの副会長は真面目なのである。正直、文化祭のことよりも秘密結社に興味が移っている俺からは眩しすぎる。


「トラブルが起きたら俺の軽い頭をさげるだけだ。それくらいしか価値がないのが生徒会長だからな」

「なら、なにかあれば頼むよ。生徒会長」

「おまかせあれ」


 そう言って俺は飲み終わったコーヒーの容器をゴミ箱に放り込んだ。丁度、そのタイミングで生徒会室の扉が開いた。


「あれ、今日は正副そろい踏みじゃない」


 最初に口を開いたのは会計の江川理沙えがわ・りさだった。彼女は俺と五木と同じ二年生である。陸上部に所属しているが、練習にはあまり出ていない。本人曰く「ダイエットレベルで参加したい」というわがままさで部活動に参加しない理由を生徒会役員に求めたワルである。要するに「生徒会あるから、今日は部活行けないわ」というダシに使っているのである。


「珍しいですね。なにか問題でもあったんですか?」


 あからさまに顔を曇らせたのは唯一の一年生で書記の絹旗あいり(きぬはた・あいり)だ。彼女はいかにも委員長肌ですという生真面目な性格とやや押しに弱い性格で、書記に立候補したのも教師や周囲の勧めによってである。その彼女が顔を曇らせるのは生徒会役員のなかの実務が副会長>書記>会計>会長の順番で多いからである。


 つまりなにか問題があった場合、最初に派遣されるのが絹旗か五木だと考えているのである。


 俺はケトルに残っていたお湯で温いコーヒーを作ると二人の前にステックシュガーとミルクポーションを一緒にしておいた。こういうサービスは珍しいので二人は目を白黒させて疑わしいという顔をした。


「えっなに? 生徒会長死ぬの?」

「待ってください。相当ヤバい感じなんですか? 私、クラスの方も見に行かないといけないんですけど」


 二人の反応は過剰だと思うのだが、五木はそうだろうな、という分かりきった様子で頷いた。


「死なないし、ヤバくもない。働く役員に対してのサービスだよ。サービス」

「嘘でしょ? 会長がサービスなんて。あれでしょ? まだ明日の開会式の言葉ができてないから考えろとかそういう話なんでしょ?」


 確かに開会式の挨拶はまだできていない。あれは今夜てきとうにでっちあげる予定だ。


「いや、ほんとうに私もう手一杯なんです。これ以上は」

「なにもないよ。本当にただのサービスだ」

「うさんくさ」


 江川が切り捨てながらコーヒーにステックシュガーを二本流し込む。絹旗が「私の砂糖は?」と聞きたそうに顔を歪ませるが江川に気にする様子はない。それどころか「ぬるくない?」と文句をこちらに飛ばす。


「一杯目はぬるめがいいって石田三成もいってるだろ」

「ぬるいくらいならアイスにしてくれればいいのに。生徒会室から三階降りて中庭に抜けたら購買室があるらしいよ。部下をいたわるならつめたーいアイスティー買ってきてよ」

「会長をパシらせるとかお前は関白か」

「普段は私たちが役員としてパシらされてるんだからいいんじゃない? 絹旗もそう思うわよね?」


 急に話を振られて絹旗は困った顔を左右に揺する。


「絹旗が困ってるだろ」

「そんなんだから関ケ原で裏切られるのよ」


 裏切りか、と二人を見比べる。どちらが秘密結社っぽいかといえば江川である。コイツならば俺を裏切ることもあるかもしれない。


「それはそうと江川、段々とボール団って聞いたことないか?」

「なにそれ?」


 江川が首をかしげて五木が「音楽性の違いで解散したバンド」と間違った補足をした。「解散したバンドなんて知るわけないでしょ。それよりもアイスティー買ってきなさいよ」江川が関白ムーブで机をたたく。この様子では江川も違うようだ。


「いや、違う。段々とボール団という謎の秘密結社から犯行予告が届いた。それで有名なのか知りたかった」


 俺が言うと絹旗がむせこんだ。どうやら犯行予告という言葉が彼女には過激だったらしい。居並ぶ生徒会役員に犯行予告を回覧させる。三人の反応は三様だった。


「えっどうするんですか? 巡回を増やすべきですか?」


 絹旗はひどく真っ当な反応で犯行予告に対処しようとしていた。「ほっとけばいいでしょ」と馬鹿らしいと予告状を机に投げたのは江川だった。彼女の顔にはあからさまにメンドクサイということが浮かんでおり、文化祭の企画が闇で一つくらい増えようが構わないという様子だった。


「さすがに巡回を増やすというのは、人員的にもスケジュール的にも難しいだろう」


 五木が進行表を指さしながら冷静に言う。やはり、五木のほうが生徒会長らしい雰囲気があると俺は苦く笑った。


「じゃーどうするのよ?」


 江川が尋ねると五木が俺を指さして「開会式のあとから生徒会長は基本トラブル対応で空けてあるから丸投げだ」と俺に投げてきた。


「投げてくるな」

「仕方ないだろ? 先代生徒会からの引継ぎにも当日の生徒会長の予定はできるだけ空けておくこと、となっているからな。まぁ、いざとなればどっかの委員会とか部活から人を借りるようにしよう」


 まさか、そんな引継ぎがあるとは知らなかった。

 生徒会長にナイショの引継ぎがあったの同様に他の役員にもナイショの引継ぎがあるのかもしれない。


「……ということは俺はほぼフリーということか。文化祭を満喫できるな」

「予定が空けてあるのと遊べるのとは別だからな。生徒会長は生徒会室で待機だよ。異常があれば出動されたし」


 甘い状況から一気に落とされた気分だった。俺はやや気落ちして「はーい」と五木に答えた。

 時刻を見ると下校時刻である十八時を回っていた。


「そろそろ、追い出しに回るか」

「もうそんな時間か。では俺は二年のクラスを回るよ。江川と絹旗は一年を回ってくれ」


 文化祭直前ということもあり校内にはまだ多くの生徒が残っている。それを追い出すために俺たちは各学年を回ることになっている。俺は一人くされた気持ちで三年のクラスを回る。三年は受験が迫っているため文化祭への参加は自由であり、残っている生徒の数は少ないが、流石に凝った企画が多い。


 すべてのクラスを回って生徒会室にもどるために昇降口を登っていると見慣れた毒々しい紫が見えた。


「おい、瀬田。もう下校時刻を過ぎてるぞ。帰れよ」


 俺が声をかけると瀬田はビクッと肩を震わせたあと、何でもない顔をつくって「帰る? 何を言ってるんだ。いまから張り込みをしないとね」と声をわざと低くして答えた。 


「それは勇ましいな。頼んだぞ」

「何を言ってるんだ。会長も一緒に決まってる」

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― 新着の感想 ―
[一言] 瀬田ちゃん楽しそうでいいですね・・・
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