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スマホガン  作者: ヨシカワつよし
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第一話『右十字のアリサ』 その①オレンジ色の教室

 

  負け犬。貧乏人。チビ。売女。糞ガキ。アホ。バカ。不良。女泣かせ。スマホ依存症。雑魚。貧乳。底辺。カス。ブラコン。腰抜け。ブス。クズ。クソ店員。乞食。ゴミムシ。


 そんな数々の罵声や汚い言葉を浴びせられ続けるようなオレの人生だったが、その中でもとりわけ深く心に残っているのは〝欠陥品〟という言葉だった。


「あなたは欠陥品ね甲本(こうもと)さん。大切なものが心から欠けてしまっているの」


 新人の女教師。名前はもう覚えちゃいないけど、二十歳そこらでこんな荒れ果てた中学に派遣されるだなんてお気の毒だなと、当時のオレは上から目線にそう思っていた。


「それ三者面談で言うことかよ先生。って言っても親も来てねぇし二者面談か。もう放課後なんだし口には気をつけなよ? ここじゃ教師だろうと怪我すんのは珍しくねぇんだ」

「大丈夫。私、見る目だけはあるから。だからあんまりこの仕事向いてないんだけどね」


 そう自虐的に笑った先生は、確かに翌年からいなくなっていたような気がする。いたとしても記憶に残ってないってことは、お互いにとってどうでもいい関係だったってことで。


「甲本さん。あなたの欠けている部分を埋めるのは何なのかしら? 大きな将来の夢? 素敵なお友達や恋人? 部活動での輝く青春? それとも一流を目指すためのお勉強?」

「なんだよそれ。そんなのオレにはないよ」


「ごめんね。それをあなたの代わりに答えてあげられる先生じゃなくて」


 やや申し訳なさそうに謝るもんだから、未だにこうして思い出してしまうのだ―――。





「おい聞いてんのかよ甲本!さっきからEmとAmの繰り返しループだけじゃねえか! そのコード2つでロックができるとおもっとんのか!!」


 耳元で叫ばれ、オレの時間が数年前から現在へと飛んできた。


 そう。四月のまだ七日。月曜日だ。それも春風が気持ちの良い昼休み。


 中学からのダチ、佐久間大介(さくまだいすけ)と一緒に屋上でギターを弾いていたのだそういえば。


「うるせえなぁ大介は。ボロンボロンとギター弾いてりゃおセンチにもなるだろうが」

「お前がバンドやりたいって言い出すから教えてやってんだぞこら! そのギターだって兄貴に無理言って借りたやつなのによぉ」

「ただの思い付きだろ。ボーカルだって決まってねえんだ。お前の兄貴だって人にギター貸す余裕があるくらいじゃねえか。誰だって若気の至りでバンド始めようとすんだよ」


 オレが言うと、大介は納得いかないようにジャムパンをやや乱暴に食べた。


 屋上の柵を越えて足をプラプラとさせながらギターを弾き、たまに思い出したかのように摘んで弁当を食い、今日も荒れに荒れた校内の喧しい昼の声を聴く。


 今のオレにはただの日常でも、数年後にはこういう時間を青春だったとボヤくのかもな。


「午後はこのままふけちまおうぜ」


 言うと、大介は返事の変わりにベースをブベっと鳴らした。


 なんやかんや中学からのダチはこいつだけなのだな。地元なので同じレベルの落ちこぼれはこの高校に進学してきてはいるのだが、一言二言喋ったことがあるか、はたまた泣かせたことがあるか程度で、長い付き合いの人間はオレのそばにはいないのだった。


 なんてまた少しばかりおセンチな気分になって弦を弾いたら、後方の鉄扉がものっそい勢いで蹴り開かれた。そしていつもの甲高いキリキリ声が鼓膜に響く。


「なにまたバカやってんのよ! 危ないから柵は越えるなって何回も言わせんなっ!!」


 ビビビと脳にまで達する声にオレも大介も両耳を塞ぐ。かえって危ないっての、、


 クラスメイトの松島優妃(まつむらゆうき)。二年連続で同じクラスになったとはいえその付き合いはまだ一年と一ヶ月にも満たない。そのくせオレを見つけ次第、まるで幼馴染ですみたいな顔と態度でガミガミ言ってくるやかましい女だ。


 そして最悪な事に、そんなガミガミ似非幼馴染がオレのバイト先、個人経営のコンビニ店のオーナーの一人娘だったりしやがる。

 それを入学当初に知ってたら応募しなかったよあんな時代遅れのコンビニっ!!


 まぁ実際、彼女の親御さんにはもう一年以上とても良くしてもらっているのだが……。


「軽音部でもないくせに屋上にギター持ち寄って、昼間っから愛のセッションかっての!」


 オレの高校生活はつまるところ、彼女に罵倒されようと奥歯を噛み締めるしかないのだ。


「やめろよ俺と甲本だぜ? 今までそんな噂一度も立ったことねえっての」

「立つ前に潰してたしな」


 いえーいと無駄にハイタッチしたところで優妃のイライラが頂点に達したのか、柵越しにでも蹴りを入れてきた。緩い柵なので押し出されるように届くし、超危ない。怖っ。


「わかったからやめろよ優妃! それよか考えてくれたのかよ、ボーカルの件。ドラムとキーボードは当てがあんだけど、やっぱボーカルは可愛い奴がやるべきだろ?」


 なるべく機嫌を取るような口調でオレが言うと、優妃は「じゃあ人違いじゃないの?」と、相変わらずのめんどくさい返事を寄こすのだった。


(この女は自分が人気もあって、結構な美女なのを知っているだろうにっ!)


 顔もスタイルも髪型も理想的な女子高生というか、あえて言うならおっさん受けが良さそうな、長い黒髪の出るとこ出てるのが優妃だ。オレか? 言わせるな。


「で、何の用なんだよ松島。わざわざ屋上まで来て音の苦情って訳じゃねえんだろ?」


 柵をよじ登り、制服を叩きながら大介が訊く。優妃相手に吃らずに話せる男子はこいつくらいなものか。今時の男には珍しく総合格闘技のジムに通っているお陰なんだろうが。


 優妃も物珍しい対等な異性として、適度な声の強さと距離感で答えた。


「佐久間は明日までに男共の提出物まとめてアタシのとこまで持ってきなさい。アリサはお客さんが校門に来てるわよ。大事になる前に済ませたほうがいいんじゃないってだけ」


 アリサ。

 そのカタカナ三文字がオレの名前だ。



「甲本アリサ~~!! さっさと下りてこいや~~!!!」



 さっそく呼ばれた。


 声の方を見下ろす。校門前に赤いスカジャンを着た長い金髪ポニーテール女、と他四名。

 平日の昼なのにモロに私服の集団が、屋上のオレを威嚇してきていた。


「大して気に入ってもいないフルネームを叫ばれるといささかムカつくものだな」


「手ぇ貸そうか?」

「馬鹿。オレがそんな男々(だだ)しいことできるかよ」


 オレはギターを大介に投げ渡し、ちゃんと午後の授業は出なさいよとか優妃に釘を刺されながらも、特に急ぐこともなく屋上を後にするのだった。



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