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魔窟と冒険者  作者: ルト
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第九話

 私たちは夜を徹して洞窟を歩き、魔物を時に退け時にやり過ごしながら登っていって魔窟から外界に出た時は、すでに明け方になりつつある頃だった。

 街に戻り、クイーンゴブリンの臓腑骨肉皮膚その他ほとんどのパーツを商店に持ち込んだ。禿頭の店主は目を丸くして驚き、また大慌てですがるように大枚はたいて買い取ってくれた。魔窟近くの街だったので他にも買い取ってくれそうな店がいくつもあったから、よその店に行かれてしまうのは嫌だったのだろう。まさか途中で別れたミツキヤヨイ姉妹が、他の店で同じ肉を売り払っている最中だとは夢にも思っていないに違いない。

 懐が途端に暖かくなった私たちは利用している民宿「柳亭」に向かい、オバちゃんにツケをまとめて払って、最後の宿泊をした。といえども朝からベッドに飛び込み爆睡しただけなのだが。

 そして夜になって目が覚めた私たちは遅まきながら入浴をして夕飯を取り、出立の準備に表を回ったり仮眠を取ったりしながら翌朝を迎えた。

 窓が明るみ始め、私はゆっくりと目を覚ます。横様に寝転がっていたせいか、首も変に凝ってしまっていた。

 浅い眠りを繰り返したせいで泥のように絡みつく睡魔と頭痛を抱えたまま私は体を起こす。寝癖でボサボサ具合に磨きが掛かった金髪が垂れる頭をかいてベッドから立った。


「……あれ、ガンナ起きてたの? 普段は寝坊なのに珍しい」


 ガンナは部屋の隅に運ばれた机で銃を分解整備していた。無数のパーツに分かれた銃は一つでもなくすと使い物にならないと言うのだからシビアだと思う。

 タンクトップとショートパンツにカーディガンを羽織っただけの彼女はチラリと私を一瞥して部品をいじっている。


「昨夜は寝てないのよ。クイーンゴブリンを殺す時に予備部品袋を開けちゃったから、砂埃でも入ってると嫌だし、全部整備してるの」

「へえ……」


 私はいつも通りストレッチを始めながら聞いていた。予備と言っているくせにほとんど全パーツそろえているのだから、つまり単純に普段の二倍整備しているのだ。銃ってやっぱり煩雑で大変である。

 散らかして私にはどれが何だか分からないパーツの山を迷う様子もなく予備だけ袋に詰めて、似た形の部品も名前が書いてあるかのようによどみなく組み立てていく。彼女はやっぱり銃士だ。

 足の筋を伸ばしながら眺めているうちにバラバラだった金属部品の山が見慣れた銃の形になっていく。ちょっとした感動モノである。


「よし!」


 完成した銃をホルスターに仕舞い、机の上にゴトリと置いた。整備道具を片付け、彼女はショートパンツからしなやかに伸びる足を回して椅子に横座りになる。それは立ち上がるための前動作なのだが、私は彼女のほっそりとした餅のように白い足を食い入るように見つめ、そして自分の足を見下ろした。

 畑から抜いた大根……


「ガンナ!」

「わ、な、なによ?」


 一瞬で駆け寄って彼女の両肩を掴んだ。勢い余って立ち上がったばかりの彼女を椅子に押し座らせる。

 ガンナのほのかに桃色に色づいた白い肌と透き通るような空色の瞳に目を近づける。


「どうしてそんなに肌が綺麗で脚も細いの? 同じもの食べて同じトコ行ってるのに。なんで? ねえなんで!?」

「ちょ、リーダー近い! 鼻息荒い! や、いやあああああああああッ!!」


 ヴぉぬしッ! と顎を殴られ、私は二回転半して床に倒れ伏した。黙してそのまま床に沈む。

 うつ伏せて動かない私を心配して、恐る恐る歩み寄るガンナ。床板の軋みが近づいてくる。


「り、リーダー……? 生きてる?」


 私は声を震わせてつぶやいた。


「ヒドイよ……殴られるほどのことをしたの……?」

「男が同じことしたら殺してもいいくらいだったと思うわ。でも、ええと、ゴメンなさい。やりすぎたわ」

「じゃあ教えて! 秘訣!」


 飛び起きた私は彼女を見上げて問いかけた。ガンナは額を抱えて溜め息をつく。


「あのね、別に私は秘訣なんていうほどの特別なことはしてないわよ」

「寝坊したあー!」


 布団を跳ね飛ばしてマットレスを蹴る音と、床を抜く勢いで蹴った音が重なる。

 私の伸ばした腕はマーガレットの襟首をつかみ、扉に駆け寄ろうとした彼女を引き止めてそのまま脚の踏ん張りをバネに見立てて解放、腕力だけで引き倒す。床板に叩きつけられる小柄な少女の体。


「っリーダー! なにすんのさ痛いじゃん!」

「マーガレットー、今日は朝鍛錬禁止だって伝えたはずだよね?」


 マーガレットの上に馬乗りになった私は彼女とゆっくりと話をする。

 彼女の浅黒い顔が途端に青ざめてくる。私は嗜虐的な笑みを浮かべながら彼女の頬を優しくなでた。


「もし万が一、約束を忘れて朝鍛錬に行こうとしたら、罰があるって言ったよね?」


 私の手が彼女の頬から離れて、ゆっくりと降りていき、首、鎖骨を過ぎてさらに下へ。

 マーガレットの顔が引きつって、恐怖に染まった目には涙が浮かんできている。


「や、リーダー……ごめ、許して……!」

「罰は、そう……『くすぐりの刑・三十分』」


 私は微笑みながらマーガレットの脇に手を差し込もうとして、ガンナに止められた。


「やめなさい、どうせもがいて抵抗するマーガレットに蹴られてつかみ合いの喧嘩になるんだから」

「罰は執行しなきゃ罰にならないでしょ? いいから退」


 言葉が途中で切れたのは、押しのけようと何気なく触れたガンナの太ももがあまりにもスベスベだったから。絹布をなでているような心地よい手触りとひやりとしたなかに感じられる人肌の温かさ。そしてほどよい弾力が柔らかく私の手を押し返し……


「ちょ、なに偏執的な手つきで人の足を撫でくり回して、や、くすぐった……私に執行してどうすんのよ! ひ、この、はな……離せばか―――――ッ!!」

「グゥっ!」


 悲鳴を上げて蹴倒された。命からがら抜け出したマーガレットが、赤い顔で息を荒くしているガンナに礼を告げている。

 あまりの騒がしさに起き上がったビオラが、横様に倒れている私はどういうわけかとガンナに問うて、ガンナは冷たく「蹴り倒されて当然のことをしたの」と投げつけるように言い放った。私は起き上がれない。

 事情を察したビオラはおっとりとした声で言った。


「大丈夫だよ、リーダーのヘンタイモードはガンナちゃんに対してしか発動したことないし」

「なおさら困るわ」

「生脚隠せば解決するよ?」

「……マジで?」


 いそいそと衣擦れの音がして、私は起き上がった。ビオラが穏やかな笑顔で「おはよー」と声を掛けてきたので「おはよう」と返しておく。ガンナに目をやると、彼女はいつもの長いスカートをはいて脚を隠していた。先ほどまでの興奮が嘘のように引いていく。


「ガンナ、後でやっぱりその脚をキープする方法、教えてね」

「ほ、本当だわ……自分の足をちょっぴり気にしてるだけのいつものリーダーに!」


 なんだか不愉快な言われようだが、まあただでさえ人との交流が得手ではないガンナにいきなりスキンシップを求めたのだから動揺しても仕方がないか。

 朝っぱらから騒動を起こしたせいで、軽く頭痛をぶり返しながら部屋を出る。食堂に向かうと先客が二人並んで御飯を食べていた。

 黒髪と漆黒の瞳の姉妹。


「おはようございます」

「おはようございます。朝から元気でしたわね」


 私は驚いて彼女たちに近寄りながら尋ねる。


「おはよう。二人ともここに泊まってたの?」

「まさか、私たちは野宿ですわ。たまたまこの宿のそばを通りがかったら、皆さんのアホみたいに騒ぐ声が聞こえまして」


 なるほど。……背中に突き刺さる視線を強いて無視して、私は二人の食べている朝食をさした。


「じゃあなんで朝食を?」

「皆さんの知り合いだとこちらのオバさまに申し上げましたらば、是非にとご馳走してくださったのですわ。久々の白米、涙が出そうなほど美味しいですわね。毎日こんなものを食べていただなんて、羨ましい限りですわ」


 そういえば、彼女たちはパンの耳が主食だって言っていたな。

 私は朝食を運んできてくれたオバちゃんに挨拶と礼を告げて、大テーブルのヤヨイの対面に座った。


「そういえば、クイーンゴブリンは売れた?」

「バッチシですわ。私の上品な風格に騙されて懇意になろうと割高で買い取っていただきました」


 上品なのは口調だけ、しかも変な形に、と訂正しようかと思ったが、御飯を食べるのが大変だったのでやめた。

 ふと顔を上げるとヤヨイが箸をうまく扱えない私を不思議そうに見ていたが、私だけでなくガンナも食べられないはず。そう思って横目でうかがったらガンナはマイスプーンマイフォークを持ち込んで楽して食べていやがった。

 箸を扱えるはずのマーガレットも箸を両手で一本ずつ持って焼き魚を切り開いているし、実はこの面子はマトモに箸を使える人物がビオラだけだった。


「箸のほうが便利ですのに。適当な木を削れば作れますし」


 私と同じようにみんなの食事風景を見回していたミツキがぽつりとつぶやいた。

 間が持たなくなってきた私は話題を返るよう水を向ける。


「そういえば二人はこれからどうするの? まだ魔窟を探索するの?」

「いいえ、城下町に向かって魔鉱物を売りますわ」

「そっか、私たちもそのつもりで、昨日のうちに馬車を借りておいたんだ。よかったら相乗りする?」


 私の提案に、ミツキは箸を止めて硬直する。彼女はゆっくりと深呼吸し、目を伏せて煮物をつまみつつ答えた。


「馬車を借りるなんて、考えてもみませんでしたわ……お願いしてよろしいですか?」

「どうぞ。その代わり運賃は貰うけどね。馬車代の二割」


 アコギですわね、と呆れられたが、無償で許可できるほど馬車は安くないのだ。

 ミツキは文句は言ったものの本心からのものではないようだ。ヤヨイを見、みんなを見回して、味噌汁を飲むふりをして椀で口元を隠しながら、とても楽しそうに柔らかく微笑んだからだ。

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